時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

-8:家族:

「…おーい、ネジ。ちょっとこっち来い」
「なーにー?」
おみやげのおやつを2個ぺろっと食べてしまい(本当は3個渡されたが1個ゼロにあげた)、満足げに温いお茶を飲んでいたネジは、兄の声にとたとたと傍まで寄ってぺたん、と目の前に座った。
「…デイの奴がよ、お前にって」
なるべくさりげなく、を装ってもう一つの土産の箱を無造作に手渡す。それを手に持ったままネジは目をぱちくりさせて、やがてぱあっと花開くような笑顔を見せた。
「あけてもいいっ!?」
「おお」
ぱかっと開けると其処には、綺麗な赤い靴。
「わああああああ〜!!」
「塵、作成したのは泥だガ以来シたのハお前デワないノか?」
「ばっ、余計な事言ってんじゃねーよ!」
僅かに顔を赤らめて、慌てて鎧の頭を叩く兄の顔を見て。
この聡い妹は、兄がとてつもない照れ屋であることも、こんな手の込んだ土産を一朝一夕で作れるわけがないことも、だからこそずっと前から頼んで作って貰っていたのだろうということも解った。
「…おにいちゃん!! ゼロ!! ありがとう――――!!」
だから、両手で同時にジンとゼロの首に抱きつき、自分をサンドイッチした。
「うお、バカ危ねぇ!」
「……………」
「ありがとう! ありがとう! ありがとう〜!!」
「ったぁく……履いてみるか?」
「いいの!?」
「外に出るまではな」
「うん!」
もどかしげに箱から出した靴を、きゅっと履く。右足にも、偽鎧である左足にも、それはぴったりと填まった。
「さっすがデイ。良い仕事してやがる」
「えへへ。みてみてー!」
靴を履いたまま立ち上がり、その場でくるくると回ってみせる。すぐバランスが取れなくなって、よろける所を咄嗟にゼロが支えた。
「わふぅ。ありがと、ゼロ」
「…螺子ハ、そのク都を掃けテ『うれしい』のカ?」
「うんっ! すっごくうれしい!!」
「ソ右か。――良かッ多な、塵」
「うるせぇぞゼロッ!!」
再び始まる漫才を前にしてネジは笑いながら、もう一度立ちあがって踊る様に回って見せた。







ざぱーん、と湯気と共にお湯が風呂釜から溢れた。
「きゃー!!」
「こら、ちゃんと肩までつかれ!」
おおはしゃぎのテンションのまま湯船に飛びこんだ妹を、後から湯に使ったジンが後から抱え込む。この街では水も貴重なので、久しぶりの風呂だった。ちなみにゼロは流石に入れないので、居間で一人待っている。
狭い風呂場のドアの向こうに脱いで畳んだ服の上、ちょんと揃えて置いてある自分の靴を確認して、ネジは笑って腕の中から兄の顔を見上げた。
「おにいちゃん、ほんとにありがとね?」
「だー、もういいっつってるだろ」
ばしゃん、とネジの猫毛の上からお湯を少々乱暴にかける。ひゃあ、と悲鳴を上げて逃げ出しそうになるのを押さえ、今度は丁寧に頭を洗ってやった。
「ねー、おにいちゃん」
「んー?」
気持ち良さそうに目を細めながら、ネジが呼びかける。
「ゼロ、どこかにいっちゃったりしないよね?」
「―――」
ほんの僅かだけ、堪えているけれど震えた語尾にジンは気づいた。我知らず妹の髪に差し入れた指が緊張する。
「ねえ、ゼロはおきゃくさまじゃなくて、かぞくだよね…?」
その緊張に気づいたらしく、ネジが無理やり身体を捩って兄の方を向いた。汗や水滴だけでなく、その瞳が潤んでいた。
「おにいちゃんとゼロと。ずーっとさんにんいっしょでいられるよね?」
大きなその瞳には、離別に対する明確な恐怖が浮かんでいた。
「おわかれするのは、やだよう…」
「―――――バーカ。当たり前だろ?」
俯いたネジの顔がはっと上がる。安心させる様に、ジンは笑ってやった。
「大丈夫だ。ちゃんといる、あいつは」
「…うんっ!」
ほっと息を吐き、満面の笑顔で頷く妹をほら向こう向け、と促してやる。はーいといい返事をして元の体勢に戻った妹の後頭部を見ながら、ジンは既に笑顔を消していた。
(…けど、あいつは――――)
じわりと。インクを水の中に垂らしたような不安が、広がる。
(俺が主だと設定したから――――)
もし、もしも、それが解けてしまえば――――
不安を押し殺したくて、乱暴に顔を洗った。










ゼロは一人居間に座っていた。向こうの部屋から聞こえる僅かな水音が、主の存在を知らせている。
「―――――!!」
ふと、ゼロが目を見開いた。左右を見、間髪いれずに立ちあがり、何の躊躇いもなく玄関に向かって走る。
バンッ!!
もう既に闇に塗れていた外に、センサーの精度を上げて視線を走らせる。
「―――見つけましたわ、お兄様」
「本当に稼動しておりましたのね」
「もうこれ以上お父様の温情は効きませんことよ」
全く同じ口調の、別の声が三つ。
闇の奥から、闇と同じ色の衣装を着けた、美しい娘達が現れた。
「―――二重(フタエ)」
ゼロの声に、ウエーブのかかった赤茶色の髪の娘が一歩前に出る。
「三葉(ミツバ)」
次の声に、ショートボブの黒髪を揺らす背の一番低い娘が一歩前に出る。
「四摘(ヨツミ)」
最後に、ベリーショートの金髪で一番背の高い娘が一歩前に出る。
「「「貴方を、排除しに参りました」」」
美しい三重唱が、恐ろしい言葉を紡いだ。





「ふあー、きもちよかった〜! …あれ?」
「どした、ネジ?」
しっかり身体を拭いて貰い、夜着に袖を通したネジがとたとたと居間に戻ってきた。その両手にはちゃんと赤い靴が握られている。
止まってしまった妹の後からがしがしと頭を拭きながらジンも出てくる。
「おにいちゃん…ゼロは?」
「―――?」
居間にきちんと鎮座していた筈の鎧が、いなかった。
先程の風呂場の会話が蘇り、嫌な予感が肩を竦めさせた。まさかと思いつつ、何気ない風を装って窓の外を見――――
「ッ!!!」
ゼロの銀糸が、僅かに光って見えた。その周りにいる人影も。
「あれ、ゼロ?」
「ネジ! 隠れてろ!」
「えっ…う、うんっ!」
兄の隣から窓を覗き、鋭い声に一瞬びくんと身体を震わせたネジは、それでもすぐに状況を悟り、走って台所まで行くと地下に通じる狭い倉庫の蓋を開け、そこに飛びこんだ。
「俺が開けるまで、絶対声たてんなよ!」
「うん…―――おにいちゃん!」
「大丈夫だ! ゼロと一緒に必ず戻るから!」
妹の不安を孕んだ声に、倉庫を覗きこんではっきりと約束する。靴を抱きしめたまま、ぎゅっと頷く妹に頷き返し、蓋を閉めた。
そのまま玄関を飛び出す。
「まさか――――」
言葉はそれ以上続かなかったが、得体の知れない不安が明確になりつつあった。
(連れ戻しに来たのか―――!?)