時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

-0: 死 :

ガッガッガッガッガッガッ!



沢山の鉄屑が散乱する大地を、黒い靴が踏みしめて駈けていく。
後ろからは更に大勢の足音と乗り物らしき排気音が迫ってきている。追われているのだ。
ドシュドシュドシュッ! と鈍い空気音がして、追われる者の影ががくりと傾いだ。
その両手と左足に、鋭利な槍のような棒が突き刺さったからだ。
影はそのままでこぼこの地面に転がり倒れた。



「――――もう逃げられませんことよ。お兄様」



凄惨な現場に不似合いな程、色気のある艶声が空気に溶ける。



「いい加減にお諦めなさって。貴方を不敬罪として、処置いたしますわ」
「まぁ待て。最後にもう一度だけチャンスをやろうじゃねぇか、零」



女の声の後ろから出てきた男が、張りのある声で倒れた影を見下す。
倒れた影は上半身だけ起き上がらせたが、もう観念したのか動く気配は無い。
後は瓦礫で出来た崖だ。どちらにしろ、逃げられない。



「どうだ? 今からでも遅くねぇ、伯爵様に従うと言えばそれで良いんだ。
お前ももうそろそろ限界だろう?」
「…必要ありませんわ。お父様はお兄様を疎んでいらっしゃる。慈悲など勿体ないですわ」



男と女の声を交互に聞いていた影は、ゆっくりと首をめぐらしてこう答えた。






「………何度デも 言う。ワタ志ノ父は、亜ノ男でハ 那イ」





二人とは対照的な、あまりにもたどたどしい言葉の羅列のはずだったのに、
なぜかその声はあたりに凛と響いた。



「―――だから言ったでしょう! この不届き者にはもう、動く権利など与えられませんわ!」



女が激昂し、一筋の髪がシュルルッ!と影に向かって伸びた。
避ける間も無く、その髪は影の額に吸い込まれ。
そして同時に、男が爆薬を放った。
ガギュン!!
爆発は小規模だったが、足場の悪い鉄屑の山を崩すのには充分だった。
ガラガラガラ…!と崩れ落ちるごみの雪崩に影は巻き込まれ、あっという間に見えなくなった。