時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

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「お〜い、そろそろヤバイって。もう塔のお膝元じゃねぇか〜」
瓦礫とスクラップで出来た山の上に、ハクシがしゃがみこんで麓にいる友人達に声をかける。
「デイ〜、トクヤ〜、ジン〜、帰ろうぜ〜」
呼びかけるにしては随分と間延びした、何とも緊張感の無い声音だ。一番近くで小さいバネを選んで袋に入れていたデイが、かなり擦り切れた小さな膝小僧をぱんぱんとはたきながら立ち上がる。
「も、もうちょっとー。ふくろ、いっぱいになったら、い、いくからー」
どもりがちの幼い声音で、この中では最年少のデイがハクシに向かって答える。残り二人は答えすら返さず、もくもくとジャンクパーツ拾いにせいを出している。
第六都市「パーラムール」では日常茶飯事の光景だった。
遥か昔に起こった大破壊とやらによって、このドーム都市の天蓋は破壊された。街は瓦礫と化し、熱嵐が過ぎ去ったあと残っていたのは、巨大な塔だけ。僅かに生き残った人々は塔の傍に集まりバラックで集落を作り、朽ちかけた身体を生体機械で補って生き延びたという。
現在この街を治めているのは、自ら「伯爵」を名乗る男―――ノマンド。
人の形を模した生体機械=「鎧ガイア」を作り上げ、富を収集する男である。
他の街の人々は皆、「伯爵」に飼い殺されている状況といっても過言ではなかった。税金を納めないもの、迂闊に城である中心の「塔」に近づくものには容赦ない厳罰が食らわされるのだ。
それでも、生きる為に鉄屑を拾い集め、明日を信じている者は沢山いる。警備鎧が飛んでくるギリギリのラインで今、「仕事」をしている少年達もそんな者達だった。
一人離れて不安そうに空を見上げるハクシは、17歳。両足を偽鎧化している。先述の通り現在、生体機械を作り出す設備はノマンドが独占しているので、彼らが着けられるのは皆「偽鎧ギガイア」と呼ばれる、性能では遠く及ばない機械のパーツだけだった。見た目も、装着すれば全く人間の部位と区別のつかなくなる鎧とは違い、只の黒いベルトが何重にも巻きついたような不恰好なものだ。
生まれつき身体のどこかが欠損して生まれてくるのが当たり前のこの街では、偽鎧をつけていない者は存在しないと言ってもよい程だった。
一番小さなデイは、11歳。両手を偽鎧化している。引っ込み思案で気弱だが、手先の器用さは仲間内で一番だ。薄汚れた袋一杯にバネやネジを詰め込むと、それを抱えてハクシのいる瓦礫の山を一生懸命昇り出した。
と、ずるっと足が滑り、バランスを崩した。
「うひゃああ!」
危うく戦利品ごと転がり落ちそうになった身体を、いつのまにか後ろに来ていたトクヤが支えた。
「あ、ありがと、トク兄…」
ほぅっと息を吐いて、デイが空を見上げて礼を言う。トクヤは気にするな、とでも言うふうに小さく首を横に振って見せた。
トクヤは20歳。両目を偽鎧化している。親のいないデイと一緒に暮らしている。小さな頃から無口で、決してしゃべれないわけではないのだが、仲間も半年に一度くらいしか彼の声を聞いたことがない。大振りの鉄棒や壊れたエンジンを小脇に抱えたまま、デイの体勢を立て直させ、一緒に山を昇る。
「ジ〜ン〜! 早く来いっての〜!!」
仲間が傍にきたことに安心したのか、ハクシが立ち上がって最後の一人を呼ぶ。
「ちょっと待てよ! 今―――」
振り向いてこちらを怒鳴ってきた声が不意に途絶えた。一番遠いところで基盤を集めていたジンが、何かを見つけたように振り向き直し、駆け出したのだ。ハクシ達は顔を見合わせ、頷き合うと瓦礫の山を滑り降りだした。








つい最近崩れたらしい小高い山を、この街では珍しい金茶の髪の少年が手で掘り返している。名前はジン。左腕を偽鎧化している18歳の少年だ。負けん気の強さは人一倍の、このグループのリーダー格でもある。
「ど〜した〜!?」
一番足の速いハクシが後ろから間延びした声で呼ぶと、
「手伝え! 大物だ!」
と振り向いて叫んだ。
慌てて全員集まり、瓦礫をどけ始めた。その間から、どう見ても人の腕としか見えないものが生えていたからだ。
それは掘り続けるに従って、肩に繋がり、胸に繋がり――――やがて。
ずるり、と瓦礫の下から引き摺り出されたのは、紛れもない「ヒトの形をしたモノ」だった。
「ふぁ、あ…」
感嘆の呟きをデイが漏らした。
無理も無い、全く無傷の人型の生体機械―――「鎧」を見たことなど、彼らにも数えるほどしか無かった。しかもそれは、税の徴収にやってくるいけ好かない兵隊どもであり、自分達の敵だ。完全に機能を停止している鎧をこんな近くで見たのは、始めてだった。
「ほ、本物、だよなぁ〜…」
ごくっとハクシが唾を飲み込むと、トクヤもこくりと頷く。
「間違いねーよ。しっかしなんでまた、こんなとこに捨てられてんだ? 売っ払われる前に、再利用されるだろこいつらって」
しゃがみこんでその「鎧」を吟味しながら、ジンは首を傾げて塔を見上げた。いくら伯爵のお膝元でも、こんな貴重品がほいほい捨てられているはずが無い。「鎧」というのは、そこまで独占されているものなのだ。
「で、でもこれ…」
袋を抱きしめたまま、独り言のように呟くデイに全員視線をやると、少年はうっとりと、動かない鎧を見つめていた。
「きれい、だねぇ…」
その言葉に再び、青年達は視線を鎧に戻す。
確かに、美しい鎧だった。一般的に知られている鎧は皆、美しい女性を模して作られている。街の者は、皆伯爵の妾なのだと陰口を叩く程に。しかし目の前のこれは、彼らが今まで見たことのある鎧を軽く上回る造形美を持っていた。
銀糸の髪とすらりとした鼻梁、固く閉じられた薄い唇。一見人にしか見えないその顔を、鎧の証である無骨な黒いバンドが何本も取り巻いている。体中も、両手両足の先に至るまで大小さまざまなバンドに巻かれ、皮膚の見えているのは顔しかない。しかしそれが却って、この鎧の美しさを高めているように見えた。
「確かになぁ〜…」
「(こくり)」
「…って、見惚れてんじゃねぇよお前ら」
ひゅるん、と左腕の偽鎧を伸ばし、ぺし、べち、ぽこ、とジンが三人の頭をしゃがんだまま順繰りにはたいた。偽鎧には身体の不自由な部分を補うだけでなく、こうやって意のままに操ることの出来る武器にもなる機能を備えているものもあるのだ。
「いって〜! 偽鎧で殴るこたないだろ〜!?」
「とっとと持ってこうぜ。長居するとヤベーし」
「さっきから俺が言ってるだろ〜!?」
みぎゃーっと叫ぶハクシを放って、ジンが鎧の腕を掴んで担ぎ上げた。重い。危うくバランスを崩しそうになったところを、反対側からトクヤが支えた。
「くっそ…シャレになんねーぐらい重いぞコイツ。起きろー!」
鎧の耳元で怒鳴ってやるが、長い睫はぴくりとも動かない。
「だぁ、このでくの棒!」
「あ、あの、せんせいのところにもってい、いけば、いい、んじゃないかな…?」
おろおろと手をさ迷わせながら、デイが提案する。トクヤもジンの方を向いてこくりと頷いた。
「…しゃーねぇか。よし、先生んとこまで運ぶぞ」
この中の中心であるジンの言葉に、トクヤがもう一度頷く。
「オ〜イ! 話聞けよジン〜!」
「うるせぇ」
未だ無視されていたハクシが大声で叫ぶと、またぺちりと叩かれた。










バラックで出来た街の外れに、地下に下りる階段がある。細くまっすぐなそこをどんどん降りていくと、ジン達が「先生」と呼ぶ男のラボがある。
何年か前に住み着いてから、その豊富な知識で街の人々から尊敬と共に「先生」と呼ばれているのだ。
ごとん、と重い扉を開け、ハクシ、デイ、トクヤと鎧とジンの順でぞろぞろと部屋の中に入る。
「先生〜。いるかい?」
「…見れば解るだろ」
ごちゃごちゃと色々なものが置かれた部屋の中、真中の椅子に座っていた長身の男が振り向き、丸い眼鏡を中指で押し上げてハクシの声に答えた。
全員を見回し、見慣れない顔を見つけ、すぐ得心したように頷いた。
「拾い物か? 随分豪勢な代物じゃないか」
「あー、まぁね。けどこいつ動かねぇんだよ。先生、どうにかしてくんない?」
一つ鼻を鳴らして、先生と呼ばれた男は立ちあがる。薄明るい電球で照らされたオレンジ色の髪を一回掻き上げ、ひょいっ。
と擬音をつけるに相応しい動きで、片手で鎧を持ち上げた。今まで重みにうめいていたジンとトクヤが、眼を瞬かせて―――トクヤは偽鎧だから不可能だったが―――見詰め合う。
ご、とん。
やや乱暴な音を立てて、先生は白い作業台に鎧を放り出した。
「ちょ、先生〜。壊さないでくださいよぉ?」
「こいつらは少なくとも、お前等より数段丈夫だ。気にするな」
ハクシの弱気な声をいなして、近くの作業机からパソコンを引っ張り、色々なコードを接続していく。皆何となくその様子を見ていたが、デイは一番最初に飽きたらしく、きょろきょろと辺りを見回し始めた。
と、もう一つの作業台に、別の身体が寝転がっている事に気付いた。
「せんせぇ! こ、これも鎧?」
「ん? ああ、そいつは違う。この前、外で拾ってきたロボットだ。まだ修理中だからいじるなよ」
「ろぼっと? ろぼっと、ってなんだ?」
「まぁ、鎧と似てるといえば似てる。自己修復機能と変形機能のない鎧だと思えば良い」
「へぇー…」
話をしながらも、先生の作業の手は休まらない。モニターを見ながらキーボードを片手で操作し、情報を読み取っていく。
「さて…ん? こいつ、肝心の『主人登録』が消えてるな」
動かないわけだ、と先生が嘆息する。この街の鎧は全て、ノマンド伯爵を主として動いていて、その管理は厳し過ぎる程の物の筈なのだが。
ふむ、と先生は顎に指を当てる。
「なんだよ、動かせねぇの?」
近づいて来たジンが、ひょいと作業台を覗きこむ。
「…動かしたいか?」
「あ? そりゃもう。街までまた担いで帰るのご免だぜ?」
「解った。…お前等、『絶対』ってものがこの世にあると思うか?
「は?」
唐突な質問に、ジンが眼をぱちくりさせる。周りの面々も同じような反応だったが、無言で答えを促されているような気がして、もそもそと答えた。
「えええ? そうだなぁ〜…」
おろおろと辺りを見まわし、言葉を濁すハクシ。
「あ、ある、とおもいます…」
上目遣いで質問者を見上げながら、おずおずと答えるデイ。
「…………………」
しばし逡巡した後、こくり、と頷くトクヤ。
最後に視線を移されたジンは、少しも臆せずにきっぱりと答えた。
「あるわけねぇじゃん、そんなん」
「…よし、お前が一番相応しいなきっと」
「?」
満足げに先生に頷かれて首を傾げた瞬間、唐突に手袋に包まれた指がジンの頭に伸び。

ぶちっ。

「いってーッ!!」

思いっきり、数本の髪の毛を一編に抜かれ、悲鳴を上げさせた。
「何しやがんだよ先生ッ!!」
「融合するために遺伝子が必要なんだ、我慢しろ」
「はァ!? 融合!?」
焦るジンの声が聞こえないかのように、先生は金茶色の髪の毛を何やらカプセルに入れ、それを鎧の口を抉じ開けて突っ込んだ。
そのまま、再びキーボードを叩く。
「お前の新しい主は決まった。眼を覚ませ。どんな理由にせよ、お前はこの世界に生を受けた。ならば生き続けろ。お前が欲しい答えを、見出してみせろ」
口の中だけで呟かれた祈りのような詰問は、ジン達の耳には届かなかった。
その時まさに、鎧の瞼が開き始めていたのだから。






深い深い、紫色の瞳が見えた。
美しいのに虚ろな、どこか恐ろしい瞳は、寝転んだままゆっくりと辺りを見回す。
「起きたな。―――声は聞こえるか?」
鎧は頷き、ゆっくりと上半身を起こした。
「名前は?」
「―――――――――零ゼロ」
どこか引き攣れたような、不快な音で名前は紡がれた。
「ゼロ、か。…まさかお前、本当に『零』なのか?」
名前を復唱し、何か気づいたように先生が顔を上げるが、その意味が判らなかったらしくゼロと名乗った鎧は反応しない。
やがて、ゼロはその視界の中に、驚きに固まっているジンを見つけた。
ジンは、本当に呆然としていた。今まで、確かに綺麗な鎧だとは思っていたが、動き出した途端その美麗さが数倍になったと思った。今の今まで、只の綺麗なお人形さんだと思っていたものが、眼を開き動き始めただけで、とてつもない『美』を内包したように見えたのだ。
そんなジンの葛藤に気付かず、ゼロはゆっくりと作業台から立ちあがり、床に足をつける。かつっ、と高いヒールが床を叩いた。
かつっ、かつっ、かつっ。
ゆっくりと、ジンの前まで進んだ鎧は。
「―――――――塵ジン」
はっきりと、ジンの名前を呼び。
その細く美しい腕を、ジンの首に伸ばし。
「な…んむぅ――――――ッ!!?」
柔らかな唇を、そのままジンの口に押し当てた。
驚愕に叫び声もあげられず、衝撃と寄りかかってくる重さに耐えきれず。
どった―――――んん!!
と、ジンは後に引っくり返り、重い鎧に力一杯潰された。