時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

Game start.

毎日毎日、ブラウン管の中から飛び出してくるのは、胸が悪くなるような事件の内容。
それに眉を顰め、嘆いてみても、その次の瞬間には流れ続ける時間の中に埋没していく。
無気力な人間達が横行する世界。誰もが無表情の仮面を被り、本心を見せず、日々を生活していく。
それが当たり前になってしまい、誰も疑問と思わない。
これから紹介する青年も、その中の何の変哲も無い人間の一人だった。
阪木悠太。
2001年現在、高校二年生。東京都在住。学業、至って平凡。本当に、どこにでもいる学生の一人。
時たまはっきりしない未来に不安になり、薄っぺらい自分探しの旅などしてみたくなっても、その次の瞬間には忙しさに追われて忘れてしまう―――そんな、ごく普通の青年だった。
そんな彼が、唐突に巻き込まれた悲(喜)劇。神と名のつくモノが戯れに引いた籤の先に縛られていたのだろう彼の運命は、唐突に流転する事になるのだ。
それが幸福なのか不幸なのか、それは誰にも解らない。



2001年6月17日。
何の変哲も無い日だった。
その日、阪木悠太は受験講習会を受ける為、日曜日にも関わらず制服を着て、学校に行っていた。帰り道、人通りの多い繁華街を歩きながら、暇つぶしも兼ねて単語帳を開く。
周りの音の洪水も、あまり気にならない。興味が無いからだ。
(…俺って一体、何してるんだろ)
主に考えるのは、只惰性で生きているような自分に対する自問。このまま、そこそこの大学に行ってそこそこの会社に入って適当に結婚して子供を作って……そんな人生には全く魅力を感じない。それではどう歩みたいのかと思えば、具体的な案を出す事は出来ない。時間がただ流れて行く事に甘え、答えの出ない問いを繰り返して考えている気になっている、典型的な「悩み多き青年」だった。
彼は、「生きること」に魅力を感じていなかった。生まれてからただの一度も。
「どうせ」「結局」「なんでもない」そんな言葉が口癖になっていた。




「キャアーッ!!」
絹を裂くような女の悲鳴、と形容できる音を聞き、ぎょっとなって悠太は顔を上げた。
見ると、アーケード街の向こう、何やら大勢の人が逃げ惑っている。
「何だ?」
若干の好奇心に動かされ、悠太はそちらに足を向けてしまった。危機管理が出来ていない、と彼を責めるのも筋違いだろう。何せ、どんなに残虐な事件が新聞やテレビの上で踊っていても、自分だけは大丈夫だと根拠のない自信を持つのが人間というものだ。そして、悠太の他にも沢山の人間が騒ぎの中心に向かって歩き出し、逃げてくる人達と混ざり合ってアーケード街は軽いパニックに陥った。
「うわわっ…」
人波に流され、足を取られる。よろけた悠太の真正面に、男がドン! とぶつかり、


ずるっ。


「………えっ?」


何かが、自分の腹に刺さって抜ける感触がした。どろっとした赤黒い液体に混じって自分の腹から出てきたのは、鈍く光る金属。
「きゃあああ―――!!!」
また、悲鳴があがる。
「警察を呼べー!」
男の怒鳴り声がする。
「誰か刺されたってよ!!」
無神経な声が辺りに反響する。
昼下がりのアーケード街を唐突に襲った男は、リストラされむしゃくしゃしたからというどうしようもない理由で刃物を手に取り、凶行に及んだ。
しかしそんなことは勿論、刺された悠太には解りかねる事で。
「ぁぅ………」
小さく、悲鳴が漏れた。かくん、と膝の力が抜けて、タイル張りの道路に倒れ込む。
何が起こったのか良く分からない。ただ、お腹が凄く熱くて、頭がぼんやりする。
そして、指先や足先からどんどん冷えていって―――

(う、そ、だろ………………?)

自分だけは大丈夫。高を括っていた。
生きていても意味がない。うそぶいていた。
だって今、唐突に人生にエンドマークを付けられそうになって。
こんなにも、怖い。

「っ…………ぅぅ……」


(し、に、たく、な、い……)


心と裏腹に、意識は薄れていって。




(死にたくない――――――!!)




それは、彼が始めて真剣に祈った、願いだった。