時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

Surprised attack.

ぱらぱらと、雨がトタン屋根を叩くような音がする。
それは自分の意識の覚醒も手伝って、段々と大きくなる。丁度、必死になってタイプライターを叩いているような音になり、ダダダダダダダ!! というまるで銃声のような音になった。いや、勿論そんなものは、テレビの中のニュースやフィクションの中でしか聞いた事は無かったけれども。

「…い! そこの……げろ!!」

それの中から、何やら声が聞こえる。

「何…ってる! ……えないのか!?」

何か厳しく誰何しているらしいが、あまり悠太には関係なかった。だって先程刺されて、




あれ?




がばっ!!

そこまで考えて、悠太は思い切り身体を起こした。意識ははっきりしている。腹を探る。傷も何もない。痛みも無い。
「…生きて、る?」
嬉しさよりも先に呆然としてしまう。夢だったのかとも思ったが、あの体験は信じられないほどリアルだった。
「馬鹿ッタレ!! 伏せろおおおおおっ!!」
「!!?」
突然罵声が聞こえたかと思うと、間髪入れずに体当たりされ、地面に転がった。油臭い水溜まりに身体を突っ込まれ、ぐっ、と沸き上がる吐き気を堪える。
「何………」
ッガガガガガガガ!!
するんだ、と言う前に、自分の頭の上を凄まじい音とともに何かが通りすぎた。それは自分の後ろの路地裏の壁に、びしびしとぶつかり穴を開けた。
「……なっ…な、」
何が起こったのか分からず、ぱくぱくと口を動かす事が出来ない悠太。と、自分を押し倒していた人間が身体を持ち上げ、後ろに向かって自分の持っていた武器を構えた。
…カステラの箱よりちょっと大きいぐらいの黒い身を持つ、重厚なマシンガン。彼は躊躇いなく引き金を引いた。
ダダダダダダ!!
その音に、もしかしてさっきの音はこれだったのか、とどこか頭の端の冷静な部分で悠太は考えた。尤も、考えるだけで身は完全に硬直しているが。
夢なら早く醒めたい。そんな使い古された文句を自分が使うとは思っても見なかった。ぼうっと倒れたままになっている悠太を如何思ったのか、彼に馬乗りになっている人影は苛立ちを隠せない声で悠太を怒鳴りつけた。
「何やってんだ、この馬鹿ッタレ! テメェのせいで、逃げるタイミング逃しただろうがっ!」
「何いって…」
助けられた、という意識も無いので、そのあまりにも高圧的な物言いに悠太は反論しようとし、相手の顔を見て…硬直した。
何故ならそこに、自分がいたからだ。



「へっ!!?」
目の前のもう一人の「悠太」もその事に今気付いたらしく、呆然としている。良く見ると黄色人種系日本人の悠太に対し、目の前の「悠太」は銀に近い白髪に薄い青の瞳、幾分こちらも色の薄い肌に血液色のタトゥをあちこちに彫っている。しかし、顔の造作を作るパーツ及び、その並び方、顔のライン等、それら全てが驚くほど似通っている。色さえ同じなら誰にも気付かれずに入れ替われるぐらいに。
「…なんっ…お前…何モンだ…?」
「こ、こっちが聞きたいよ…」
唐突に刺されたと思ったらいきなり無事で、ここがどこだかも解らない、突然撃たれそうになって助けられる、しかもその助けた相手が自分とうりふたつ。
あまりにもいきなり色々な事が起こりすぎて、悠太はパニックに陥った。
「オイ、ダスト! こっちは無理だ、一度戻るぞ!!」
突然路地裏から金髪の男が飛び出して来て、白い悠太の事をダストと呼んだ。無骨な銃器を抱え直し、こちらに走り寄って来て…同時にこっちを振り向いた同じ顔を見て、引っくり返った叫びを上げた。
「げっ!? …オイオイお前、いつスピルクローンなんて高価なモン作りやがったんだぁあ!?」
悠太にはその言葉の内容の半分も解らなかったが、もう一人の「悠太」はあからさまに顔を顰めた。
「馬鹿ッタレ、んなもん誰が作るか!! …立て! 走るぞ!!」
「えっ、あ!?」
目の前の男に罵声を浴びせ掛けると、間髪入れずに立ち上がり悠太を引っ張り上げ、そのまま駆け出した。路地は、二人並んだらもう通る事が出来ないくらい狭い。薄汚れた壁は堆く、この路地を形作る建物が非常に高く聳え立っている事が嫌でも解った。日の光が届かない、油臭い水があちこちに溜まっている所を、スピードを少しも緩めずに青年達は駆けて行く。半ば無理矢理引っ張られる悠太は、ついていくのがやっとだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! ここは一体―――」
「話は後だ、走れぇ!!」
と、自分達が走ってきた方向から、ザッシュ、ザッシュと規則正しい音が聞こえてきた。何か、と悠太は反射的に振り向く。
「!! なぁっ!!」
そこに居たのは、整然と縦横四列に並び、白いプロテクターに身を包んだように見える、機械の兵隊だった。ヘルメットのシェードから、感情のない顔がじっとこちらを見ている。そして16体の彼らは、いっせいに持っていた武器をガチャリ、と構える。
「ヴォーイ、伏せろ!!」
と、悠太は後ろを完全に向いていたので解らなかったが、路地の終りに新しい人影が現れて、金髪の青年の名前を呼んだ。
「シェイド!!」
金髪の青年――ヴォーイは嬉しそうに人影の名を呼ぶと、何の躊躇いも無く路地に伏せる。
「ちっ!!」
もう一人の悠太=ダスト、と呼ばれた少年も、悠太を引っ張り自分も伏せる。しかし悠太は意識を後ろに向けていたので、対応が遅れた。シェイドと呼ばれた黒髪の青年は、後ろの兵隊達が持っているのと似たような武器を構え、躊躇いなく引き金を引いた!
ババババババッ!!
容赦の無い熱線は、路地を焦がしながら白い兵隊達を撃ち抜いた。
「っ、うぅあ!!」
熱線の一本が、動き遅れた悠太の左腕を掠める。熱い、痛い、熱い!! 初めて感じる痛みに、それしか考えられなくなった。
「っぐあ!?」
「…!?」
と、一瞬遅れてダストが左腕を押えてうめいた。彼は完全に伏せていて、熱線に当たらなかったと言うのに。
「………っ、何だっ?」
着ているジャケットの袖も破けも焦げもしていないのに、熱線に撃たれたのと同じ痛みが走って、ダストは戸惑っている。
「え、だって今は俺が…」
何が起こったのか分からない悠太も、きょとんとして間抜けな声を返す。
「何やってる、今の内だ、行くぜ!」
何時の間にかヴォーイが立ち上がる。シェイドはとっくの昔に走り出している。ダストはまた一つ舌打ちすると、ぼうっと座り込んでいる悠太の腕を掴んで再び走り出した。




どこを如何走ったのか、あみだ籤のような路地をぐるぐると潜り抜け、突き当たりの路地に穴をあけていた下水道らしきものに全員滑り込んだ。悠太は一瞬躊躇ったが、油臭さが鼻につくだけで、心配した悪臭ほどでは無かった。誰ともなく冷たい床の上に座り込み、体力回復を計る。実際にはぜぇはぁと息を吐いているのはヴォーイ・ダスト・悠太で、シェイドは疲れた素振りも見せず油断なく辺りを見回している。真っ暗な地下道では肉眼は役に立たないはずなのだが。
と、目の端に光が掠り、ジャッ! とシェイドがそちらに銃を向ける。ヴォーイとダストも同様に武器を構える。悠太は僅かに身体を竦めることしか出来なかった。
「待って待って、撃たないでよシェイド!」
光る棒を振りまわして、暗がりから若い娘が一人現れた。青い髪の、勝気そうな女の子だ。
「んだ、レイかよ」
気の抜けたような声で、ヴォーイが銃を収める。それを見て、シェイドも銃を降ろした。
「お前一人か? マリンを置いてきたのか、この馬鹿!」
「大丈夫よ、あそこならまだ見つかってないわ。早く行きましょ…って、ねぇ。一人多くない?」
苛立ったダストの声にもけらけらと笑って答え、周りを見渡して目をぱちぱちさせた。彼女が知っている仲間は三人だけのはずなのに、確かに一人多い。
「…あれ? ウソォ! なんでダストのクローンがいるのぉ!?」
「だからちがうっつってんだろがこの馬鹿ッタレー!」
金切り声と怒鳴り声がわんわんと下水路に響いた。