005.気紛れシェフのフルコース
巽ナガレは、首都の消防局に勤める研究員兼消防隊員である。
開発と現場を行き来する二束の草鞋を履きながら、決してどちらの仕事も手を抜くことなく真面目にこなす様は、部下からは尊敬の、女性達からは憧れの視線を向けられていたりする。男盛りの年齢で未だ独身、中々の美丈夫であるということも相俟って。
そんな彼が、何故か朝からずっと時計を見つつ、そわそわと腰の落ち着かない風にしていれば、誰もが気になるもので。
「隊長、今日何かあるんですか?」
人当たりの良いナガレには、部下達もこのように気さくに声をかけてくる。しかし当の本人は、今までの態度などまるで気付かない風に、不思議そうに首を傾げて見せた。
「え? 何がだ?」
「いえ、今日朝からずっとそわそわしっぱなしだったじゃないですか。デートですか?」
不躾な部下の言葉に、周りの人間が色めき立つ。目を一瞬瞬かせたナガレは、部下の言葉をその回転の速い頭で吟味し終わったらしく、はっと息を飲んだ。ごほん、と咳払いをしてから、動揺を堪えている顔で言う。
「いや、大したことじゃないんだ、うん」
「え〜、何ですか。隊長も隅におけませんねぇ」
すっかり当りをつけたと言いたげににやにや笑う部下を睨みながら、本当になんでもないんだ! と主張するものの、周りの人々はすっかり、堅物な隊長のお相手に思いを馳せていた。そういえば昔隊長の意中の相手だという女性がいた、とか古株の部下が言い出して、ナガレは更に焦りを隠せなくなる。
「だから違うって! その、今日は家族全員揃っての食事会なんだ」
「なんだ、そうなんですか」
巽家の今時珍しい大所帯と、紆余曲折を経て取り戻した一家団欒を知っている部下達は、半分納得半分呆れの溜息を吐いて引き下がった。更に突っ込まれなかった事に内心安堵しつつ、ナガレはこう言って言葉を結んだ。
「だから、今日は残業せずに早く帰るから、そのつもりで」
えーっ、と不満げな部下達の声に溜飲を下げ、ナガレは定時帰宅を目指すために作業に没頭することにした。
巽ショウは、消防局の腕利きヘリパイロットである。
負けん気の強さは人一倍だが、決して人当たりは悪くなく、同僚や先輩達との交流も明るい。
だから週末には、こうやって声をかけられることも決して珍しくはなかった。
「よう巽、今日一杯どうだ?」
「あー……すいません。今日はちょっと、用事が」
「なんだよ、つれねぇなぁ」
次は必ず埋め合わせしますから! と本気で頭を下げてくるショウに、良いってことよ、と気のいい先輩は返したが、普段付き合いが良い後輩の行動が気になり、ついつい勘繰ってしまう。
「なんだよ、女か? 羨ましい奴め」
「そんなんじゃありませんよ!」
僅かに頬を赤らめて慌てるショウに、照れるな照れるな、と先輩達は笑って往なす。ムキになればなるほど突っ込まれるのは解っているのだが、そこで引き下がれないのがショウである。
「違いますってば! その、食事に」
「ほー、女とか」
「だからー!」
言葉を紡げば紡ぐほどどつぼに嵌るショウを、先輩達は面白がってついついからかってしまう。真っ赤になってそれを追いかけつつ、ショウは今日の晩餐会を思った。
この年で家族揃って食事、だけでもかなり恥ずかしく、他人にはそうそう言えないのに。
更に恥ずかしいのは、その事実を心待ちにしている自分がいることで。
「……ちくしょー! マトイ兄の野郎ー!!」
思わず、今回の発案者に対する悪罵を放ってしまうショウだった。
巽ダイモンは、都内の派出所に勤める警察官である。
彼のキャリアと実績を考えれば、もう本庁勤めになっても決しておかしくないのだが、彼はとことん「町のおまわりさん」である自分が気に入っているらしく、ずっと出世の道を蹴ってまで、この小さな派出所に勤めている。
そんな仕事熱心な彼も、今日はいそいそと帰り支度を始めていた。
「よう、早いな」
「あっ、お疲れ様でーす!」
本日夜勤の先輩である、かなり年配の警官に笑顔のまま敬礼をする。その顔は本当に嬉しそうで、先輩の顔も思わず綻んでしまう。もういい年である筈なのに、この子供のような笑顔が、地域密着型おまわりさんの人気のひとつであることも良く知っているので。
「今日は家族揃ってご飯なんですよー! 皆忙しいから、こういう機会って滅多に無くって!」
「ほうほう」
まるで子供か孫の他愛ない自慢話を聞くように、先輩も顔を綻ばせる。この人も、巽家の歩んできた激動と、それを乗り越えてきた目の前の彼の強さをちゃんと知っているので。
「だったら、早く帰りたいとこだな……っと」
と、それを遮るような電話の呼び出し音。素早く取り、伝えられた通報に肯きながら冷静に答え、受話器を置くと立ち上がる。
「巽、事件だ! 三丁目で引ったくり発生!」
「ええーっ! い、行きますっ!」
不満の声を上げても、根っからの警察官。最早駄々は捏ねず、自転車で派出所を飛び出していくダイモンは、半泣きになりながらも必死に叫んだ。
「絶対絶対、カレーが冷める前に帰るぞーっ!!」
巽マツリは、都内の病院に勤める救急隊員である。
女だてらにハードな仕事を、その強さと優しさでもってこなす彼女は、同僚や患者達の憧れの的となっている。
先日彼女に命を救われ、未だ入院中の女性を尋ねたマツリは、いつもの制服ではなく、既に私服に着替えていた。
「あら、本日はもうお帰りですか?」
「はい、すいません。でも何かあったら、すぐに呼んでくださいね」
駆けつけますから、と笑顔で言うマツリに、女性の顔も綻ぶ。非番の救急隊員を呼び出すなど、決してそう簡単にはいかないだろうに、それを信じさせてしまうだけの笑顔を彼女が持っているからだ。
「今日はまっすぐお帰りに?」
「ええ。ふふ、今日は家族で食事会なんです」
「まぁ、良いですねぇ」
楽しみで仕方ない、と言いたげに微笑むマツリ。最早ベテランと言っても良い程年齢を重ねてきた彼女の筈なのに、その顔はまるで少女のようにはしゃいでいて。
「うち、五人兄弟なんです。父さん母さん、それに兄が四人」
「まぁ、凄いですね」
「えへへ。皆だらしないところもあるけど、優しい、自慢のお兄ちゃん達です。今日は一番上の兄が張り切って、ご飯作ってるんですよ」
「素敵なお兄様ですね。お献立は?」
微笑んで聞いてくる女性に、マツリは堪えきれない、という風に笑い。
「カレーライスです! それしか作れないんですよ!」
そう言って女性と笑いあう彼女だったが、その顔は本当に幸せそうで。
彼女がどれだけ本日の晩餐を楽しみにしているかは、容易に知ることが出来た。
「マトイ、本当に一人で大丈夫?」
「心配すんなって! 母さんがいない間、これでも家事は立派にやってたんだぜ?」
「でも、調理実習の時にお鍋焦がしちゃった事あるでしょう」
「いつのの話だよ母さん!」
台所を心配そうに覗き込む母の背をぐいぐい押して、マトイは漸く一息吐いた。しかしその顔には堪えきれない笑みが浮かんでいる。こうやって母に心配されることが心地良いのは、巽兄弟全員の共通項だ。一度無くしたと思ったものが戻ってきたのだから、これ以上の嬉しさは無い。
「マトイさん、ごせいが出ますね」
「おうミント! お前も手伝いは無用だぜ。俺がきっちり! フルコースで作り上げるからな!」
「でも、カレーライスなんですよね」
「いいんだよ! あいつら全員これが好きなんだから!」
そう言ったマトイの大言に、首があったらミントは傾げていただろう。兄弟五人で暮らしていた時、いつもカレーしか作れない長兄に不満の声を上げていた下四人を良く知っているからだ。
しかし、マトイは知っている。
母が事故で行方不明になり、父も消えた。絶望に打ちひしがれるまだ幼い兄弟達を、なんとか元気付けたくて。それこそ鍋を焦がしながらマトイが始めて作った料理が、カレーライスだったのだ。
ろくに料理をした事も無い男子学生のカレーは、中々に酷い物だったと思う。ちょっと焦げ臭かったし、野菜も硬かった。ご飯も水加減を間違ったのか、柔らかくて水っぽかった。
それなのに弟妹達は、皆「美味しい」と言ってくれた。ずっと出来合いのものばかり食べて、温かい食事
に飢えていただけかもしれない。それでも皆、泣きながら全部平らげた。
それ以来、マトイの得意料理はカレーライスになったのだ。流石に飽きたと当の弟妹に愚痴られても、撤回するつもりはない。
しかも今日は兄弟達だけでなく、父と母にも食べさせるのだ。これで、気合が入らないわけもない。
「おうっし! 気合だー!!」
狭い台所でマトイはそう叫び、張り切って野菜を切り出すのだった。
もう既に、日が落ちてきた住宅街を、ナガレが歩く。
途中で合流してきたショウと、バスから降りてきたマツリを拾い、三人でのんびりと行く。
やがて後から、全力疾走でダイモンが駆けてくる。間に合わないかと思ったー! と半泣きの弟を慰めつつ、足取りも軽く歩く兄弟は。
巽防災研究所の周りに漂う、スパイスの芳醇な香りに全員顔を綻ばせ。
息を整え、扉を開いて一斉に叫ぶ。
「「「「ただいまーっ!!」」」」
「おう! おかえりー!!」
そう言って出迎えてくれると信じていた、カレーの大きな鍋を抱えて笑う兄へ向けて。
開発と現場を行き来する二束の草鞋を履きながら、決してどちらの仕事も手を抜くことなく真面目にこなす様は、部下からは尊敬の、女性達からは憧れの視線を向けられていたりする。男盛りの年齢で未だ独身、中々の美丈夫であるということも相俟って。
そんな彼が、何故か朝からずっと時計を見つつ、そわそわと腰の落ち着かない風にしていれば、誰もが気になるもので。
「隊長、今日何かあるんですか?」
人当たりの良いナガレには、部下達もこのように気さくに声をかけてくる。しかし当の本人は、今までの態度などまるで気付かない風に、不思議そうに首を傾げて見せた。
「え? 何がだ?」
「いえ、今日朝からずっとそわそわしっぱなしだったじゃないですか。デートですか?」
不躾な部下の言葉に、周りの人間が色めき立つ。目を一瞬瞬かせたナガレは、部下の言葉をその回転の速い頭で吟味し終わったらしく、はっと息を飲んだ。ごほん、と咳払いをしてから、動揺を堪えている顔で言う。
「いや、大したことじゃないんだ、うん」
「え〜、何ですか。隊長も隅におけませんねぇ」
すっかり当りをつけたと言いたげににやにや笑う部下を睨みながら、本当になんでもないんだ! と主張するものの、周りの人々はすっかり、堅物な隊長のお相手に思いを馳せていた。そういえば昔隊長の意中の相手だという女性がいた、とか古株の部下が言い出して、ナガレは更に焦りを隠せなくなる。
「だから違うって! その、今日は家族全員揃っての食事会なんだ」
「なんだ、そうなんですか」
巽家の今時珍しい大所帯と、紆余曲折を経て取り戻した一家団欒を知っている部下達は、半分納得半分呆れの溜息を吐いて引き下がった。更に突っ込まれなかった事に内心安堵しつつ、ナガレはこう言って言葉を結んだ。
「だから、今日は残業せずに早く帰るから、そのつもりで」
えーっ、と不満げな部下達の声に溜飲を下げ、ナガレは定時帰宅を目指すために作業に没頭することにした。
巽ショウは、消防局の腕利きヘリパイロットである。
負けん気の強さは人一倍だが、決して人当たりは悪くなく、同僚や先輩達との交流も明るい。
だから週末には、こうやって声をかけられることも決して珍しくはなかった。
「よう巽、今日一杯どうだ?」
「あー……すいません。今日はちょっと、用事が」
「なんだよ、つれねぇなぁ」
次は必ず埋め合わせしますから! と本気で頭を下げてくるショウに、良いってことよ、と気のいい先輩は返したが、普段付き合いが良い後輩の行動が気になり、ついつい勘繰ってしまう。
「なんだよ、女か? 羨ましい奴め」
「そんなんじゃありませんよ!」
僅かに頬を赤らめて慌てるショウに、照れるな照れるな、と先輩達は笑って往なす。ムキになればなるほど突っ込まれるのは解っているのだが、そこで引き下がれないのがショウである。
「違いますってば! その、食事に」
「ほー、女とか」
「だからー!」
言葉を紡げば紡ぐほどどつぼに嵌るショウを、先輩達は面白がってついついからかってしまう。真っ赤になってそれを追いかけつつ、ショウは今日の晩餐会を思った。
この年で家族揃って食事、だけでもかなり恥ずかしく、他人にはそうそう言えないのに。
更に恥ずかしいのは、その事実を心待ちにしている自分がいることで。
「……ちくしょー! マトイ兄の野郎ー!!」
思わず、今回の発案者に対する悪罵を放ってしまうショウだった。
巽ダイモンは、都内の派出所に勤める警察官である。
彼のキャリアと実績を考えれば、もう本庁勤めになっても決しておかしくないのだが、彼はとことん「町のおまわりさん」である自分が気に入っているらしく、ずっと出世の道を蹴ってまで、この小さな派出所に勤めている。
そんな仕事熱心な彼も、今日はいそいそと帰り支度を始めていた。
「よう、早いな」
「あっ、お疲れ様でーす!」
本日夜勤の先輩である、かなり年配の警官に笑顔のまま敬礼をする。その顔は本当に嬉しそうで、先輩の顔も思わず綻んでしまう。もういい年である筈なのに、この子供のような笑顔が、地域密着型おまわりさんの人気のひとつであることも良く知っているので。
「今日は家族揃ってご飯なんですよー! 皆忙しいから、こういう機会って滅多に無くって!」
「ほうほう」
まるで子供か孫の他愛ない自慢話を聞くように、先輩も顔を綻ばせる。この人も、巽家の歩んできた激動と、それを乗り越えてきた目の前の彼の強さをちゃんと知っているので。
「だったら、早く帰りたいとこだな……っと」
と、それを遮るような電話の呼び出し音。素早く取り、伝えられた通報に肯きながら冷静に答え、受話器を置くと立ち上がる。
「巽、事件だ! 三丁目で引ったくり発生!」
「ええーっ! い、行きますっ!」
不満の声を上げても、根っからの警察官。最早駄々は捏ねず、自転車で派出所を飛び出していくダイモンは、半泣きになりながらも必死に叫んだ。
「絶対絶対、カレーが冷める前に帰るぞーっ!!」
巽マツリは、都内の病院に勤める救急隊員である。
女だてらにハードな仕事を、その強さと優しさでもってこなす彼女は、同僚や患者達の憧れの的となっている。
先日彼女に命を救われ、未だ入院中の女性を尋ねたマツリは、いつもの制服ではなく、既に私服に着替えていた。
「あら、本日はもうお帰りですか?」
「はい、すいません。でも何かあったら、すぐに呼んでくださいね」
駆けつけますから、と笑顔で言うマツリに、女性の顔も綻ぶ。非番の救急隊員を呼び出すなど、決してそう簡単にはいかないだろうに、それを信じさせてしまうだけの笑顔を彼女が持っているからだ。
「今日はまっすぐお帰りに?」
「ええ。ふふ、今日は家族で食事会なんです」
「まぁ、良いですねぇ」
楽しみで仕方ない、と言いたげに微笑むマツリ。最早ベテランと言っても良い程年齢を重ねてきた彼女の筈なのに、その顔はまるで少女のようにはしゃいでいて。
「うち、五人兄弟なんです。父さん母さん、それに兄が四人」
「まぁ、凄いですね」
「えへへ。皆だらしないところもあるけど、優しい、自慢のお兄ちゃん達です。今日は一番上の兄が張り切って、ご飯作ってるんですよ」
「素敵なお兄様ですね。お献立は?」
微笑んで聞いてくる女性に、マツリは堪えきれない、という風に笑い。
「カレーライスです! それしか作れないんですよ!」
そう言って女性と笑いあう彼女だったが、その顔は本当に幸せそうで。
彼女がどれだけ本日の晩餐を楽しみにしているかは、容易に知ることが出来た。
「マトイ、本当に一人で大丈夫?」
「心配すんなって! 母さんがいない間、これでも家事は立派にやってたんだぜ?」
「でも、調理実習の時にお鍋焦がしちゃった事あるでしょう」
「いつのの話だよ母さん!」
台所を心配そうに覗き込む母の背をぐいぐい押して、マトイは漸く一息吐いた。しかしその顔には堪えきれない笑みが浮かんでいる。こうやって母に心配されることが心地良いのは、巽兄弟全員の共通項だ。一度無くしたと思ったものが戻ってきたのだから、これ以上の嬉しさは無い。
「マトイさん、ごせいが出ますね」
「おうミント! お前も手伝いは無用だぜ。俺がきっちり! フルコースで作り上げるからな!」
「でも、カレーライスなんですよね」
「いいんだよ! あいつら全員これが好きなんだから!」
そう言ったマトイの大言に、首があったらミントは傾げていただろう。兄弟五人で暮らしていた時、いつもカレーしか作れない長兄に不満の声を上げていた下四人を良く知っているからだ。
しかし、マトイは知っている。
母が事故で行方不明になり、父も消えた。絶望に打ちひしがれるまだ幼い兄弟達を、なんとか元気付けたくて。それこそ鍋を焦がしながらマトイが始めて作った料理が、カレーライスだったのだ。
ろくに料理をした事も無い男子学生のカレーは、中々に酷い物だったと思う。ちょっと焦げ臭かったし、野菜も硬かった。ご飯も水加減を間違ったのか、柔らかくて水っぽかった。
それなのに弟妹達は、皆「美味しい」と言ってくれた。ずっと出来合いのものばかり食べて、温かい食事
に飢えていただけかもしれない。それでも皆、泣きながら全部平らげた。
それ以来、マトイの得意料理はカレーライスになったのだ。流石に飽きたと当の弟妹に愚痴られても、撤回するつもりはない。
しかも今日は兄弟達だけでなく、父と母にも食べさせるのだ。これで、気合が入らないわけもない。
「おうっし! 気合だー!!」
狭い台所でマトイはそう叫び、張り切って野菜を切り出すのだった。
もう既に、日が落ちてきた住宅街を、ナガレが歩く。
途中で合流してきたショウと、バスから降りてきたマツリを拾い、三人でのんびりと行く。
やがて後から、全力疾走でダイモンが駆けてくる。間に合わないかと思ったー! と半泣きの弟を慰めつつ、足取りも軽く歩く兄弟は。
巽防災研究所の周りに漂う、スパイスの芳醇な香りに全員顔を綻ばせ。
息を整え、扉を開いて一斉に叫ぶ。
「「「「ただいまーっ!!」」」」
「おう! おかえりー!!」
そう言って出迎えてくれると信じていた、カレーの大きな鍋を抱えて笑う兄へ向けて。