時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

037.関白宣言

「おう、バランス。ちょっと良いか?」
「え?」
 そんな風に、黒光りの大きなボディが逞しい戦闘用ロボットに問われて、機械生命体ではあるがあまり荒事、もっと言うなら肉弾戦は得意ではないバランスは、一瞬ちょっと戸惑った。自分の軽さを見せる言動や行動が、誰かの神経を逆撫でしていることはたまに――もしかしたらもう少し多く――あるので、それについて責められるのかな、それはちょっとやだな、という戸惑いである。
 しかしとうの相手もそんなバランスの僅かな葛藤に気づいたらしく、いつもの豪快さはなりを潜めたまま、ぼそぼそと呟いた。
「ああ、違ぇ。別に因縁つけるつもりじゃねぇんだ。……ちょいと、プットオンの事について聞きたいことがあってな」
 いいか? と言いたげに、太い親指を立ててくいと外を促された。メンバーの半分以上がいつも集まっているこのブリッジでは、ちょっと憚られることらしい。その行動を鑑みて、バランスも何となく彼の目的を察した。齢300、否400は伊達ではないのだ。
「ハーイ、オッケーでぃ〜ッス! ナーガ、ちょっと待っててねぇ」
「……わかった」
 隣に座っていた相棒に向かってちょいと手を立てて謝ると、恐らくチャンプの言葉の中で意味が解らなかった単語を聞こうとしていたのだろうナーガは、ほんの少しだけ残念そうに頷いた。感情出てるよ良い感じ、とこっそり思いつつ、上機嫌でバランスはチャンプと連れ立ってブリッジを出た。
 廊下の途中に設えられた、大きな窓がある休憩所まで軽い足取りで辿り着き、他に誰もいないことを確認してから、バランスは「で、どんな改造したいんですかぁ?」とあくまで明るく問うた。
 先刻チャンプが発した「プットオン」という単語の意味は、簡単に言うなら、機械のボディに対する自主的な改造を指すスラングである。必要な機能を付属させるのも、不必要な昨日を取り払うのも、勿論その是非については個人の意見差はあれど、機械生命体やロボット、アンドロイドにとっては生活するための手段の一つであり、常識でもある。仲間といえど有機生命体にはぴんとこない単語だろうし、ラプターではなくバランスに聞くということは、リベリオン本部ではあまりしたくない、ほんのちょっと後ろ暗い改造なのだろうというところまでバランスは察していた。
「あー……それがだなぁ……」
 豪放磊落を絵に描いたような、という表現が相応しいチャンプにしては随分と歯切れが悪い。珍しいもの見たなあと思いつつ、元々話を聞くより喋る方が好きなバランスは次々とお勧めを上げていく。
「戦闘機能なら惑星ルピがオススメですけど、正直リベリオン本部の方がもっと上等な部品で出来そうですネ〜。レーダーやセンサー系なら惑星エメスの方かなぁ、あそこらへんの連中にはプライバシーなんて無いレベルですしぃ。あとはそうだなぁ、惑星サフィの繁華街には、生殖機能付属のスペシャリストが」
 最後の言葉に、チャンプの肩がぴくんと反応したので、バランスも思わず言葉を止める。僅かな沈黙の後、バランスの優秀な電脳はあっという間に彼の目的とその原因まで導き出した。
「あー、あーあーあーあーあー! なるほど了解、スティンガー絡みってことね〜!」
「ぐっ……なんでそこまで気づきやがる……!!」
 きっと彼に血液があったとしたら顔が真っ赤になっていただろう慌てぶりに、バランスはにんまりと視覚センサーの形を変える。
 目の前のロボットと、その彼が相棒と認めた蠍座系のヒューマノイドが、色々な柵が解決した後めでたくそういう関係になった。仲間内に宣言したわけではないので気づいているのは半分ほどというところだろうが、当然バランスは察している方だった。
 そして、機械の体の持ち主が有機生命体をパートナーに選ぶ上で、重要なのが生殖機能の可否についてだ。
 ロボットやアンドロイド、機械生命体に対する生殖機能の付属は、AIが発達する前から様々に行われてきた。元々は有機生命体の生殖衝動に同調し、解消する為の改造が一般的だったが、今や種族も嗜好も全宇宙に広がって多岐に渡り、個人の希望により様々な機能が開発された。肉体の改造、表層組織の軟化や硬化、はたまた感覚強化あるいは鈍化、それによる快楽刺激の有無なども思うままだ。勿論現在ジャアクマターによる支配が広がり、表立っての改造は中々難しいが、バランスが昔取った杵柄で集めた裏の技術者へのコネはいくらでもある。
「そりゃあもう、年の功っていうかぁ? で、どんなのがお好みです? ボルトの方? ナットの方?」
「ナットなわけあるか! ボルトだボルト!!」
 これも少々下世話なスラングになるが、まあつまり、ボルトは刺す方でナットは刺される方の改造的な隠語である。
「ですよねェ〜。アナタ性別設定的には間違いなくマッチョタイプの男性ですし、わぁ中々にマニアックゥー。いや勿論スティンガーがそういうの好きだっていう可能性もあるから念の為にですね?」
「煩ぇなぁモー!!!」
 羞恥のせいか怒りのせいか、鼻から蒸気を出して憤慨するチャンプに両手を合わせて謝りつつ、改めてバランスは不思議そうに首を傾げた。
「けど意外ですねぇ、寧ろ今までそういうの付けて無かったんです? ロボレスチャンプとくれば、有機体のヒトからそういうお誘いなんて結構来そうですけど」
「あー、まぁな。そういう話は正直あったが、いまいち興味が沸かなくてなぁ」
 がりがりと大きな手指で頭を掻きながら、チャンプはあっさりと語る。彼の快楽はトレーニングと試合と、それから正義にしか無かったのかもしれない。生まれた時点で明確な自我を持っている機械生命体には、一から他者にプログラミングされたロボットの自我についてはいまいち良く理解出来ない。こうやって会話が出来るのだからそれで充分だともバランスは思っているが。
「まぁ、色々考えた上で、そういうモンも必要なんだろうと思ってな。それなら我輩は――うむ。あいつを抱きたいのだろう」
「……わーぉ、情熱的ぃ」
 正義を己の芯にしたロボットが生み出した、あまりにもストレートな愛の言葉に、思わずバランスも絶句しかけて視覚センサーを明滅させてしまう。
 本来不要である為のものを付属させても、という欲求を彼は得たのだろう。あの、腕の立つ戦士でありながら、どうしようもなく他人と触れ合うのが不得手で、放っておくと一人でどこかへ行って、蹲って動かなさそうな男を、何とかしてやりたいと。
 バランスにもその手の機能は当然常備されているが、それは他者との交渉に使える場合がある為、あくまで効率良く生きていくための手段の一つだ。快楽刺激の受容体などゼロに等しいし、生殖行為を率先してしたいとも思わない。チャンプの気持ちはバランスにとっては、やっぱりいまいち良く解らない。
 更にスティンガーに対しては、彼の独断専行のせいで自分の相棒が大怪我を負ってしまったので、その辺は正直もう少し突いてやりたい気もある。本人は海より深く落ち込んで反省しているだろうし、当のナーガが全く怒りを覚えていないようだから、しないけれども。
 自分が相棒に思う気持ちが、実はチャンプがスティンガーを思う気持ちとあまり変わらないことにやっぱり気づかないまま、バランスは努めて明るく声を上げた。
「それじゃ、オススメの技術者何人か見繕って連絡先あげますよ〜。あとはまあお好みで!」
「悪いな、恩に着るぜ」
「んー、後は相手の居る話だからぁ、どんなのが良いかスティンガーと話した方が良いんじゃないかな? って思うんですけどー。ほらサイズとか」
「ム……なるほどな」
 ひょいと作業用の触手を一本伸ばし、チャンプのコネクタに繋げて必要な情報を送ってやりつつ、こっそり余計なアドバイスも入れておく。チャンプは納得して頷いているが、あのシャイな彼の相棒が聞いたら真っ赤になって彼をぶん殴るかもしれない。それぐらいでチャンプが挫けるわけもないだろうし、まあこれぐらいの意趣返しは許されるでしょー、とひとり満足げにバランスが頷いていると。
「バランス。もういいか?」
「へぇあ!!? ナナナナナーガァ!!?」
 不意に後ろから自分の相棒の声が聞こえて、バランスは大変驚いた。ばっと振り向くと、いつの間にか廊下の方からナーガが休憩場をそっと覗き込んでじっと2人を見ている。会話が途切れたことでもう大丈夫かと思ったらしく、つまり、
「えっあっ待って! どの辺から話聞いてたの!?」
「……ボルトとか、ナットとか、いっていたあたりからだな。あまりよく、いみがわからなかったが……」
「ワァー割と前からァ! いいんだよぉナーガぁ、君はまだ知らなくていーのっ!!」
「そうなのか?」
 子供を作ることすら厳密に管理されていたナーガの種族では、当然そんな知識も必要になるまでは教わらなかったようで、更にそれにスラングが混ざるともうさっぱり意味不明のようだ。その辺の情緒については正しく幼子同様すぎて、流石のバランスにも露骨に教えるのは罪悪感が沸いてしまう。
「……我輩としちゃあ、寧ろお前達の方が今まで無かったのか、と思っちまうんだが……」
「何言ってんですかァー!! ボクとナーガはそういうのじゃないんですゥー!」
「おれと、バランスが、することなのか? バランス、おれはなにをすればいい?」
「ほらぁナーガが興味持っちゃったじゃんもぉおー!」
 もっともなチャンプの突っ込みを上擦った声でバランスが否定して、逆に好奇心に目を僅かに輝かせたナーガに嘆き。
 結局この後騒ぎすぎたせいで他の面々もなんだなんだと集まってきて有耶無耶になり――チャンプが自分の相棒に希望を問うたのか、はたまたバランスがナーガの知的好奇心に応えてやったのかは、また別の話になる。