時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

032.涙の理由

 まだ、BN団の二人がヘビツカイ座系から逃げ出して、間もない頃。
 バランスは、ふと空いた時間に、ナーガに対して様々な「お伽噺」を聞かせていた。
 星の河を挟んで離ればなれになった恋人達の話、宇宙に放り投げられた母子熊の話、生贄にされたお姫様を助ける勇者の話。沢山、沢山。
 意味も理由も解らず、無表情のまま首を傾げるナーガに対し、バランスはいつも通り軽い調子で「こういうのも感情の勉強になるかもよぉ〜?」と言っていた。そういうものか、とナーガも思い、素直に聞き続けた。
「物語っていうのは、色々言葉で飾られてはいるけど、中身は誰かの言いたいことの塊だからネ〜」
 そう説明された時は、やはり意味が解らなかったけれど。
「……いまならば、すこし。りかいできる、きがする」
「そーぉ? エヘヘェ、ボクの情操教育も無駄にならなかったカンジ〜?」
 ドン・アルマゲを倒し、宇宙が平和になり始めてから暫く。BN団の二人はバトルオリオンシップを降り、本業である怪盗家業に精を出していた。ターゲットはジャークマターの残党に絞り、彼らが奪ったものを取り返して元の場所に返す。結果、以前よりも義賊として有名になっており、バランスは満足気だ。
 今日も一仕事終えて、スパーダが地球に開いたレストランの開店祝いに向かう航路の途中。小休止中は狭いと解っていてもどちらかのボイジャーで二人過ごすのがいつものスタイルだった。今日はナーガが操縦席に座り、その膝に横抱きになってバランスが収まっている。
 バランスは両腕を躊躇いなくナーガの首に回し、頬が触れ合いそうな位置で、じゃあさ、とご機嫌に囁いた。
「ナーガ、キミもひとつ物語を作ってみたらどう?」
「ものがたりを、つくる……?」
 驚きに、かっと目を見開いたナーガの頬に金色の手が添えられ、バランスはアイランプの光を細めて頷く。
「うん。そんな難しく考えなくてもいいヨ〜、ナーガが今まで思ったこととか、感じたこととかを、自分を主人公にして言ってみるんだ」
「おれを、しゅじんこうに……」
「そうそう〜。ボクナーガのお話聞きたいなぁ〜、終わりはハッピーエンドでシクヨロ!」
「はっぴーえんど……」
 長い宇宙の旅における、暇潰しの提案なのだということはとうにナーガも理解している。狭いコックピットで足をぱたぱたさせながら、ほれほれ早く〜と楽しそうなバランスをみていると、ナーガもちゃんと答えを返したくなる。少し考えて……思いついた。いつか彼に、伝えたいと思っていたことを伝える機会なのではないか、と。
「……むかしむかし、あるところに、へびつかいざけいにうまれたしょうねんがいました」
「おお、ストレートな始まりだねぇ」
「しょうねんは、ちいさいころ、りょうしんにつれられて、べつのほしにいきました」
「へぇー、そうなんだ!」
 目を輝かせたバランスに少しだけ微笑み、ナーガは言葉を続ける。
「そこで、しょうねんは、……うちゅうでいちばんのたからものにであいました」
「えッ……?」
 随分大きく出たような言葉に、バランスの返事が僅かに戸惑う。アイランプに浮かぶ環状は、不安だろうか、悲しみだろうか。判別がつかないけれど、慰めたくて彼の背を支えて、体重を預けさせる。素直に腕の中に納まってきた金色に安堵して、ナーガは口を再び開く。
「そのたからものは、きんいろで。しょうねんがうまれてからみたなかで、いちばんうつくしいものでした。しょうねんはおおきくなっても、そのかがやきをわすれることなく、」
 しっかりとバランスの体を抱きしめて、ナーガは宣誓した。
「あるひ、ぼせいにしんにゅうしてきた、たからものとおなじいろの……きんいろの、きかいせいめいたいに、こえをかけました」
「それって……ねぇ、ナーガ」
「ああ」
 ぱちぱちぱち、とバランスのアイランプがせわしなく瞬く。信じられない、と言いたげに、普段滑らかに告げられる声がおずおずと呟かれた。
「あのさ? すっごい自意識過剰だったら困るから先に確認なんだけど。……その少年、ううん、ナーガが子供の頃、いた星の名前。……聞いても、イイ?」
「わくせいアーエリス、だ」
「……ウソォ……」
「バランス?」
 ずるずる、と腕の中の体が力を抜いていって、両手で顔を覆って天を仰いでしまう。彼の背を支えながら何故、と思ってしまったナーガははたと気づく。
 ……バランスにとってはやはり、思い出したく無い記憶だったのだろうか。
 300年進化し続けた体の殆どを失い、慟哭に塗れた記憶など、思い出したら辛いだけだったのかもしれない。
「バランス、すまな――」
「ナぁーガあああああ!!!」
 詫びは、がばりと身を起こしてぶつかるように抱き付いて来た金色のボディで止まった。輝く雫がふわりふわりと、球体になって辺りに漂う。発生源は、バランスの光るアイランプの縁。
「……バランス? ないているのか?」
「だって、だってさぁ……そんなのズルイよぉ! ボク、そんなの全然覚えてない……!」
「それは……しかたない。たぶん、バランスはおれがいたことにきづいていなくて」
「解ってるよおおお!! だから尚更悔しいよおおおお!!!」
 ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる腕の力は緩まない。どうしたらいいのか解らなくて、せめてと思って自分も腕の力を強める。漸く無重力に漂う滴が増えなくなった頃、バランスがぽつっと呟く。
「……信じられないけど。これ、運命って言っちゃってもいい気がするなぁ」
「うん、めい」
「ウン。ボクとナーガが出会うのは、ずーっと昔っから決まってたってこと。ボクが300年前に生まれて、調子に乗って進化し続けて、全部失ったから、ナーガに出逢えたんだよ、きっと」
「……それは……すまない、バランス。バランスはおこるかもしれないが……おれは、うれしい」
「ン? なんでボクが怒るの?」
「バランスが、つらかったことを、よろこんだら……おこらないか?」
「ン、フフ。怒らないよ、ナーガ」
 バランスの両手が、ナーガの頬を包み込む。ナーガの鼻先がバランスの顔にくっつくぐらいの距離で、泣き止んだ機械生命体は宣言した。
「だってキミに出逢えたって事実だけで、嬉しいのお釣りがきちゃうもの!」
「……バランス、」
 じわりとナーガの視界が歪んだ。何故、と思う間もなく目尻をそっと金色の指で拭われる。ふわりと、バランスが零したものよりは随分小さな雫が、コックピットに浮かんだ。
「もー、ナーガまで泣いちゃったらいよいよボク達、溺れちゃうかもよ?」
「なぜ、なみだがでるんだ……このかんじょうは、かなしい、なのか?」
「ううん、覚えようねナーガ。……嬉しいときも、涙は出るんだよ」
 そう言って、バランスの口蓋部分がナーガの唇に優しく押し付けられたので、ナーガも素直に瞼を閉じる。
 目の縁から零れ出た二つ目の雫が、バランスの零した大粒と重なって、ふるりとひとつになった。