時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

293.深夜0時

 半スリープの終了時刻と同時に、チャンプの電脳は再起動した。
 大多数の生命体がある程度の訓練を要とし、絶対に出来ないものも存在する「規則正しい睡眠と正確な覚醒」は、ロボットにとっては得意分野だ。毎日数時間の休眠を取り、メモリのデフラグ等を行うだけで良い。更に緊急時は先刻までのように、警戒を保ったまま充分な休眠を取ることが出来る。
 現在、アントン博士の敵であるスコルピオを追って、潜入捜査を続けている中、まともな休息を取らなければ体調が崩れてしまうヒューマノイドに対し、ロボットは理想的な短時間の休眠で事足りる。
 だからといってチャンプ自身、睡眠を貪ることを否とするわけではない。ヒューマノイドが苦手なことをロボットが行えば済むだけなのだから。
 故に――向かい合った焚き火の残り、その向こう側に蹲って眠っているスティンガーを、チャンプは興味深げに覗きこむ。
 最初の数日は、チャンプの代わりに見張りを買って出ていた。休眠時間が自在である自分の方が適切だと言えば、合理的ではあると踏んだのか渋々矛を収めた。それでも眠るときは座り込んだまま目を閉じるだけで、僅かな物音がすればすぐに目を覚ます。そんな寝方で大丈夫なのかと塔手も無言を返されるだけだった。
 いつから変わったのだろう。武器を抱き込んだままとはいえ、横になって眠るようになった。危険が及ばない物音なら、目を覚まさないようになった。……チャンプが見張りをしている時は、特に。
 細心の注意を払って、相棒――チャンプの方からの一方的な言い草に、応えてくれたことはまだ一度もないけれど――の様子を伺う。己の動きが大味なのは自覚があるし、下手に動けば駆動音が鳴り、何か異変があったのかと彼は目を覚ましてしまうだろう。
 そんなチャンプの葛藤を他所に、スティンガーはどこか幼げな顔で寝息を立てていて、
「……ん?」
 ふと気づいた。地面に敷いた自分の外套に、片頬をつけて眠っているスティンガーの、腰から伸びた尻尾。その先がスティンガー自身の唇に銜えられている。勿論横向きで銜えているので毒針が口に刺さる心配は無いのだろうが、少々危なっかしくも見える。
 だがチャンプには、まるで子猫が自分の尻尾にじゃれ付いたまま眠っているようにも見えてしまった。例えにしては随分と不似合いな筈なのに、チャンプの電脳に僅かなパルスが走る。最近たまに起きるようになったのだが、原因は不明でデフラグしても直らない。この任務が終わったら、一度オーバーホールをかけるべきかもしれないとチャンプはひとり考える。
 外を見る。塒にしている廃屋の割れた窓から見える外はまだ暗い。活動開始時間にはまだ間があることを確認し、チャンプは手持ち無沙汰の解消の為、リベリオンのデータベースにアクセスした。
 ラプターほど情報操作は得手ではないが、キュウレンジャーになった折に必要な情報はすぐダウンロードできるよう、リンクは繋いで貰っていた。膨大なデータを検索するのは骨が折れるが、目当ての情報はそこそこ早く見つかった。――蠍座系惑星ニードルに生息する知性体種族について。
 生まれつき毒針の生えた尾を持つヒューマノイドタイプ。毒性には個人差があるが、神経性の麻痺毒であり、濃淡の調整や解毒剤の調合も可能。武力を尊び、己の力に誇りを持つ戦士の一族である。そんな代表的な情報を自分の視界に流しつつ、更に読み進めて、見つけた。
『――彼らは己の尾が誇りの証であり、同時に多種族にとって恐るべき武器であることを理解している。故に友好的な相手に対する時は尾の先を上げ、毒針は使わないことを暗に示す(攻撃態勢に移る時は、最初に尾を下方に伸ばす動作が必要な為)。また、眠っている最中に尾に触れられぬよう、また相手に触れさせぬようにする為、毒性の未熟な子供のうちに、自分の尾を銜えたまま眠るように躾けられる。勿論戦士として成人した後はその限りではないが、傭兵として他の星座系の生命体と同行する者には、同じような習性が見られる』
「なるほどなぁ」
 納得の声が自然に漏れると、ぴくりとスティンガーの肩が動いた。しまった、と思ったが彼は僅かな身動ぎをしただけで、すぐに眠りに戻ったようだ。
 彼の寝息をたっぷり10回、確認してからチャンプはゆっくりと思考する。得た情報と、自分と共に居る彼の行動の理由を鑑みて、じわじわと沸いてくるこの高揚は何なのか、と。
 つまり彼が――あの秘密主義で警戒心の強すぎる、未だに何を考えいるか良く解らないあの男が――、チャンプのことを、供寝をするぐらいには信用し、尾を向ける相手ではないと認めたが故の、無意識の行動なのだろうか、これは。
 そこまで思考が回ると、高揚が一層強くなる。ロボットプロレスで幾度目かの防衛に成功した後でも、ここまでは無いと言うほどに。
 悔しいが、スティンガーの実力はキュウレンジャーの中でも1,2を争うものであることは間違いない。そんな戦士に、まだ相棒としては無理かもしれないが、仲間として認められたであろうことが、こんなにも心地よいのだろうか。
 それもあるが、それだけではない気がする。しかしでは何なのか、と考えるとまた結論が出ず――チャンプは安らかに眠るスティンガーが早く目を開けないかと思う。
 こうやってひとりで思索するよりも、彼と会話にならずとも言葉を投げ合う方が、もっと高揚するからだった。
 その感情の認識が出来ても、まだ名前をつけることができないロボットは、欲求を堪えてただ夜が明けるのを待つ。彼の眠りを妨げないのは、彼に声をかけるよりも優先するべきだと思ったからだ。