時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

025.久しぶり

「おい、てめぇら。何やってんだ?」
 三文判ビンタが、教室で何やら怪しげな行為をしていた男子生徒たちに声をかけたのは、別に彼らを止めようとしたわけではない。
 既に掃除が終わった教室の床に小豆色のジャージを放り棄てて、数人で寄ってたかって踏みつけている様が怪しげという以外に形容が出来ず、思わず問うてしまっただけである。
 しかし、血の気の多さと喧嘩の強さは既に学年内では有名で、金髪をリーゼントに固め、眉を全て剃り落したベタベタな不良ファッションで決めている、ヤクザの息子という噂もある――噂ではないのだがそれを指摘されるとビンタは容赦なく切れるので非常に信憑性のある噂のままだ――彼に声をかけられて、平静を保てる同学年の生徒はそういない。
「な、なんでもねえよ! お前にゃ関係ないだろ!」
 という捨て台詞だけ吐いて、あっという間に教室から逃げ出してしまった。そんな反応はビンタにとっても日常茶飯事なので特に感慨は無い。
「だっせぇ奴ら……」
 呆れたように、ふんと鼻を鳴らす。後ろめたい事ならばやらなければいいし、やりたいのなら後ろめたく思うことなどあるまい。ビンタは本気でそう思っている。大抵の人間はそこまで開き直れないということを、若さゆえにまだ実感出来ていなかった。
 ふと、足元のジャージを見下ろす。埃まみれの足跡がいくつもついたジャージの胸元には、「守田」という名前が入っていた。
 誰だったか、とほとんど覚えていないクラスメイトの顔をいくつか浮かべてみるがピンとこない。そうしているうちに、がらがらと控えめに、教室の扉が開いた。
 ひょこりと顔を出したのは、鬱陶しいぐらい黒髪を伸ばして眼鏡をかけている、クラスで所謂オタクグループの一人だと認識されている少年だった。反射的に顔を見て、彼の制服に刻まれたネームも見て、もう一度ジャージを見下ろして。
 ――あ、こいつか、守田。
 曖昧な記憶がひとつの線にぴんと繋がり、すっきりすると同時に眉間に皺が寄る。今の状態は、このジャージの惨状の下手人が自分であると名乗っているようなものではないか。
 面倒臭い、騒がれたら一発ぶん殴ろうか、と非常に建設的でない対応をビンタがしようと考えているうちに、少年はすたすたとジャージまで歩み寄り。

「……ポルターガイスト現象だああ!」
「――はぁ?」

 分厚いレンズの下の目がきらきらと輝き、そんな世迷言を叫んだ少年に対し。
 全ての毒気を抜かれてしまったビンタは、ぽかんと口を開けて佇むことしか出来なかった。
 ――勿論、この数分後にビンタに対し、ポルターガイストという現象とそれが起きやすい場の因果関係について滔々と語り出した少年に対し、「うるせぇ黙れ」と結局拳を一発お見舞いすることになったのだが。


×××


 少年の名は、守田狐太郎と言った。前述のとおりオタクであり、しかも専門はオカルトであり、その手のことに一切興味のないビンタにとっては理解不能な趣味だった。
 しかし何故だか、その日以来狐太郎はビンタに懐いた。自分が嫌がらせを受けていることすら気づかない鈍さの持ち主だからか、拳骨一発ぐらいで彼は全く怯まず、顔を合わせるたびに如何にも胡散臭いオカルトの話ばかり振ってくる。
 当然そのたびに、ビンタは肉体的な静止をかけるのだが、そうすれば涙目で黙る割に、その場から立ち去ろうともしなかった。そして少し時間が開くとほとぼりが冷めたと思ったのか、また同じような話で口を開く、その繰り返し。
 ビンタにとっても、彼は不思議な存在だった。そもそも、自分にここまで話しかけてくるクラスメイトなど小学校時代から一人もいない。彼自身の血の気と、大嫌いでも捨てられない血筋のせいで、生徒も教師もどことなく遠巻きにしているのが、彼の日常だった。
 別に誰かを拒絶したつもりもないのに、皆自分から離れていく。ならばそれをわざわざ止める必要もないと、齢15、6でビンタはその辺りを達観していた。その末に自分の周りに誰もいなくなっても、それはそれで面倒が無くていいと、割かし本気で思っていた。
「もー! ビンちゃん喧嘩っ早すぎるよ! ていうかそれ! 銃?! ホンモノ!??」
 だから。
 例え喧嘩に巻き込まれようと、腕っぷしも無くて涙目になろうと、ビンタの後を一生懸命ついてくる彼を――どう扱えばいいのか、ビンタは良く解らない。
 学校からの帰り、何となくゲームセンターに寄ったら当たり前のように絡まれた。人数も多くしつこいし、何より自分が無視しても狐太郎の方に絡み出したので――ビンタは切れて、鞄の中に仕舞っていた粗悪品の模造銃を抜いて、躊躇いなく撃った。威嚇では無く、まっすぐ相手に向けて。当然不良たちはパニックを起こし、その隙に逃げ出したわけだが。
「こんなん、今時女子高生でも持ってるぜ。珍しいもんでもないだろ」
「確かに、なんか凄いデコってるのとか持ってる子もいるけどさ……もおお、うっかり殺しちゃったりしたらどうするのさ!」
 事実、銃の携帯については非常に緩いのがこの大阪ではあるが、それでも目の前で銃の射撃を見たのは狐太郎も初めてなのだろう。僅かに顔を蒼褪めさせて言い募る狐太郎を、どう宥めようかと逡巡し――やっぱり面倒臭くなり。
「殺す気なんてねぇよ。銃で撃っても死なねぇ奴なんて割といるだろ」
「そ、そうかなぁ……?」
 本気で言ったのだが、心底訝しげに首を傾げられた。腹が立ったので、咥えたままだった煙草を指で抓んで相手に向けると、眉間は止めて! ともうこの手の暴力には慣れてしまった狐太郎が額を両手で押さえながら後退る。
 勿論、当たり所が悪ければすぐに死ぬのが銃だ。しかし、当たり所が良ければそうそう死ぬことも無いのを、ビンタは今までそれなりにくぐった修羅場の中で知っている。
「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ、って何かの台詞にあったよな」
「ああ、映画だったっけ小説だったっけ? でもあの人たち流石に銃は持ってなかったんじゃ……」
「バーカ、違ぇよ。つまり、撃たれる覚悟が出来てるならいくらでも撃っていいってことだろ?」
「うわあすごい論理の飛躍を見たよ!」
「そんなもんだろ、銃なんざ。死ぬかどうかなんて、撃たれた奴次第だ。死んだらそいつの運が無かったってだけの話だろうよ」
 ビンタ自身、この考えは非常に筋が通っていると思っているのだが、それを主張すると何故か大抵の奴には引かれた。だからこいつも同じように俺を怖がって距離を置くだろうと思い、煩わしさが減って清々する――と思う前に、何故かぞくりと体が震えて、思考が止まった。
 それが何なのか、感じ取る前に、一度止まっていた狐太郎の足音がたったったっと駆けてきて。
「――もう! ビンちゃんには敵わないなぁ」
 今まで母親でも呼んだことはないのに、既に呼ばれ慣れてしまったおかしな渾名で、ビンタを呼びながら肩で軽くタックルしてきた。その顔は随分と嬉しそうな、まるで心の中の重石がぽろりと落ちてすっきりしたような、随分と軽い笑顔で。
 その時には先刻の一寒気は完全に掻き消えており、ビンタも漸く口の端を持ち上げて笑った。
「何だよ、褒めんなよ」
「呆れてるんだよっ」
「あぁ?」
「だから、眉間は止めて! 暴力反対!」
 そんな風に言い合いながら。まるで、既に随分と長い付き合いのある友人同士のように、肩をぶつけ合いながら繁華街の道を二人で歩いて行った。


×××


 ――そんなことを、ふと思い出した。
 血縁上の父親に無理やり押し付けられた、ぼろいビルの事務所にて。
 これだけは用意されていた事務机の椅子に踏ん反り返りながら、ビンタは懐かしい記憶を掘り起こす。
 高校卒業後、気が付けば連絡一つ取っていなかったけれど。一度たまたま聞いた話では、大学の土木課だかに受かったんだと言っていた。最初から大学など行くつもりも頭も無かったビンタは、そうか、と言っただけ。その後進路の話を向こうから聞いてくることもなく、卒業式の後も仰々しい別れの挨拶などもしなかった。いつも通り、また明日と別れれば、何事も無く会えるのだと、根拠も無く思っていたのかもしれない。
 実際には、お互い連絡することも無く、何年も経ってしまったわけだが。
 家から持ってきた僅かな私物の入っている鞄を漁り、昔使っていた携帯電話を取り出す。幸いまだ電池は生きていたようで、アドレス帳も確認することが出来た。
 繰り返すが、数年前のものだ。電話番号も、変わっている可能性が高い。それでも、新しい携帯のボタンを躊躇わず押し、その番号へ発信をした。
 コール音が1回。2回、3回――目が鳴り終わる前に、ぷつんと途切れた。
 一瞬息を飲んだビンタに対し、受話器の向こう側はどたばたと非常に慌てているようで。漸く落ち着く場所に辿り着いたのか、昔と全く変わっていない、どこか気弱そうな声が鼓膜に届いた。
『もっ、もしもし!? ……ビン、ちゃん?』
 名乗る前に当てられた。僅かに体温が上がったように感じ、そういえば機種変しても俺の番号は変えて無いから気づくか、いや何で気づくんだよお前、卒業してから一度もかけてこなかっただろうが――と色々な感情が噴出して止まらなくなって。
「……狐太郎か?」
 もう解りきっている正解を、どうにか絞り出すことしか出来なかった。
『うん! えっ本当にビンちゃんなの!? うわあ、懐かしい……!』
 その声は、本当に嬉しそうで。まるで高校を卒業したのが昨日のことのようだと感じるくらい、記憶の中の声と相違なくて。電話が繋がるまで何故か体中を席巻していた緊張が、あっという間に解けて消えてしまうのを感じた。
「あー……お前今何やってんの?」
 だから、自分もあの時と同じように、不躾に問うことが出来た。相手も全く気を悪くした様子も無く、しかし少し恥ずかしそうにもごもごと。
『あ、あはは……実はさ、大学は辞めちゃったんだよね。今はその、ニートと言うか、そんな感じで……』
「マジか。お前土木課かなんかに居たんじゃなかったっけ?」
『う、うん、居たんだけど。あっでも、建築士の資格は取ったんだよ! 一応ね!』
「へー、すげぇな。だったらお前、バイトする気ねぇ?」
『え? ……やだよ僕、マグロと名の付いた大きな荷物を運ぶ作業とか』
「人聞きの悪い事言ってんじゃねえ! んな仕事やるか!!」
『だって、ビンちゃんの家ってヤクザでしょ?』
「切るぞ」
『あああ待って待って!』
 言われた禁句に目を据わらせたビンタは本気で終話ボタンを押しかけるが、必死な狐太郎の訴えに如何にか堪えた。本来電話をかけたのはビンタの筈なのだから、切るという行為が脅しになるのも、それが狐太郎に効くのもいまいちおかしいのだが、当事者二人は何もおかしいと思っていないので、問題は無い。
「とにかく! 全うかどうかは知ったこっちゃねえが、物騒なモンじゃねぇから安心しろ」
『うわあ、全然安心できない……』
「うるせぇ。いろいろ話してぇから、今から出てこい」


×××


 傍若無人な命令口調の誘いは、高校の時と全く変わらなくて。
「えっえっ、どこに行けばいいの」
『昔つるんでた、あのサ店でいいだろ』
「……うん。うん、すぐ行くから!」
 気が付いたら心底嬉しそうな声を上げて、狐太郎は電話を切っていた。手の中にある携帯は何度も機種変して、今のものも割と最新型だ。大学に行って、辞めてしまってからも、親しい人間なんて一人もいない。親以外のものでわざわざアドレス帳を引き継いだのは、「ビンちゃん」と登録されたその一点だけだ。
「ええっと……まず着替え! 服! あと顔洗って、髭も剃らなきゃ……!」
 まるで自分の全身にスイッチが入ったように、狐太郎は何年振りかできびきびと動き出した。
 狭い一間のアパートは、掃除なんて碌にしていない。万年床を蹴っ飛ばし、どうにか見れるだろう服を引っ張り出して着替える。
 大学を中退して以来、何もせずにただ時間を浪費していた自分では考えられないくらい、今はやる気が満ち溢れていた。
 たった一人でいることに、高校に入るまでは平気だった筈なのに。
 ビンタに出会って得た2年と数か月が、狐太郎にとってはあまりにも鮮やか過ぎたのだ。
 何せ喧嘩っ早い彼に振り回されて、荒事まがいのことに首を突っ込み、それと同じぐらい迷惑をかけ返して――とても、とても、楽しかった。
 彼といると、自分の中に常に存在していたどうしようもない虚(うろ)のことが、気にならなくなった。足りない部分にビンタという存在が、綺麗に流れ込んで穴や皹を埋めてくれた。
 だから、もう平気だと思っていたのに。
 彼が居ない世界で生きていくと、やっぱりその虚は少しずつ広がって、そこから手を伸ばして狐太郎を引っ張ろうとしてくる。
 どこに連れていかれるのかは、解らない。もしかしたら、すごく良いところかもしれない。或いは、自分には似合いの場所なのかもしれない。
 自分は――●を、●●●●を、●したから。
「――っ!!」
 ぶるぶると頭を振って、虚の中の手を追い払う。幼い頃神隠しに遭った時以来、狐太郎にとって過去の記憶というのは非常に曖昧だ。はっきりと形を成さず、ただ漠然とした不安となって、ゆっくりと狐太郎を包み込んでくる。
 だが今は、ビンタがいる。彼がいてくれれば、そんな虚は必要ない。
 彼は自分に手を伸ばしてくれることは無いけれど――必要だと感じたら、必ず狐太郎を呼んでくれるのだ。そうすれば、狐太郎はその場所にいける。ひんやりとした暗い虚ではなく、彼の金色の地毛に反射して輝く、太陽の下だ。
「――行こう」
 ぬるい水で顔を洗い、眼鏡をかけ直すと、鞄一つ持って、何も躊躇わず太陽が照る外へ足を踏み出した。


×××


 昔学生二人でつるんでいた時よりも、大分値上がりした飲み物に文句を言いつつ、手近な椅子に腰かけた。口火を切ったのはやはりビンタの方だ。
「んで、どうよ」
 何の説明も無い乱暴さだが、狐太郎は全て解っていると言いたげに眼鏡を直し、甘味料の味が強いオレンジジュースを飲みながら逆に問いかけた。
「バイトは正直有難いけど、具体的には何するの?」
「お前建築士の資格取ったんだろ? なら不動産とか、そっちの知識もあるんだろ」
「いや括りが乱暴すぎない? 第一僕が専攻してたの心霊土木課だし」
「なんだそりゃ」
「それは勿論、幽霊と霊症が発生する位置関係と間取り、それから家具の配置なんかを――」
「わかった黙れ。邪魔したな」
「わーんだから待ってよー!! せっかく久々に会ったんだからもっと話そうよ!」
 本気で会計も置かずにビンタが立ち去ろうとしたので、慌てて引き留めようとして狐太郎の本音が出た。ビンタは一瞬動きを留め、何とも苦虫を噛み潰したような顔をして――渋々とだが、席に座り直した。ほっとした顔で狐太郎はもう一口ジュースを飲み、改めて問う。
「で、なんで不動産なの? 不動産屋さんでも始めるの?」
「あいつに無理やり押し付けられたんだよ」
「あいつって、もしかしてビンちゃんのおとう――ごめんなさい! 煙草は勘弁して!」
 眉間に思い切り皺を寄せて、吸っていた煙草の火を躊躇いなく向けてくるビンタに対し、慌てて狐太郎は仰け反った。どうやら何年経っても父親に関しての話は、彼にとってタブーらしい。
「もう、相変わらずモラトリアムってるんだから」
「てめぇも似たようなもんだろが」
「……うん、そうだね。その通り」
 図星を突かれて、一瞬反応が遅れた。生き方を変に考えすぎて、ただ無為に限りある人生を浪費しているだけだと解っているのだけれど、動けなくて。
 でも、ビンタが。彼がいてくれるなら。
(――死んだらそいつの運が無かったってだけのことだろ)
 とんでもなく乱暴な、理論と呼ぶにもおこがましい主張だったけれど。
 本気で言われたその言葉に、自分の中の虚がすっと軽くなったのも間違いないのだから。
「――ねえビンちゃん、お給料ってどのくらい?」
 つとめて明るい口調で問うてきた狐太郎に対し、食いついたと感じたのかビンタが口端を上げて笑う。嘗てリーゼントで固めていた金色の髪は普通に軽くセットされているだけで、彼の見目の良さを引き立てていた。やっぱりビンちゃんってイケメンだよね、高校時代主張しても誰も賛同してくれなかったけど、と何となく感慨深げな狐太郎に対し、ビンタが続ける。
「さあな。ただ家賃はいらねぇぞ、狭いビルだが一階分で部屋もある」
「えっ凄い。僕も住まわせてくれるの?」
「ああ、そりゃあ持ち主が住むのは当然だろ?」
「へ?」
 言われた言葉の意味が解らずぽかんとした狐太郎の前に、ずいと差し出される一枚の紙。まじまじとそれに書かれた文書を読み進め――心底驚いた。
「ちょっ、これ、賃貸契約書じゃない!! しかも僕が家主になってるんだけど!!?」
「あいつに貰ったもんなんざ手元に置いときたくないんだよ! 権利だけでもお前にやる」
「嘘おおお! 最初から断らせる気なんて無かったんでしょこれ!!」
 ビンタのやらかす所業に振り回されるのは慣れているつもりだったのだが、どうやら大人になって更にグレードアップしてしまったらしい。降って湧いたどう考えても面倒な財産に、狐太郎は頭を抱えるしかない。
「あ? お前断る気あったの?」
 そんな中、無造作にビンタからそんな台詞を言われて――一瞬、狐太郎の思考は停止した。まるで自分の中の大事な部分にまっすぐ、冷たい針が痛みも無く突き刺さったようで、
「まあ断らせる気は微塵もねぇけどな。言っとくが事務所の持ち主はお前だが所長は俺だからな」
「知ってたー! ああもう、解ってるよ好きにして!」
 次に続いた容赦なく理不尽な台詞に、天を仰いでからテーブルに突っ伏する。冷たくて鋭い針は、どうやら氷で出来ていたようで、あっという間に体温で溶けてしまったようだ。
「あー、もう……へへへ」
「んだよ、気持ち悪ぃな」
 もう、笑うしかなかった。やっぱり、彼には敵わないし、それがきっと正しいのだ。だってこんなにも――
「やっぱり、ビンちゃんと一緒にいると、楽しいね」
 上半身をテーブルに預けたまま、彼の顔を見上げて笑うと、ビンタは随分と驚いたようで、目を丸く見開き――「……そりゃ良かったな」とだけ呟いて、誤魔化すように煙草の煙を狐太郎に向かって吹き付けてきた。