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231.暴君への復讐

 大きな姿見に、シャワーから上がった自分の体を映して小太郎は一人溜息を吐く。
 救星主になって早十年、背だけは何とか伸びて来てくれたけれど、子供の頃の栄養状態の悪さのせいか、未だに肉付きは良くない。勿論、実戦的な筋肉はついているのだが、見た目に反映されないのだ。有体に言うと舐められる。一応筋トレは欠かしていないし、兄貴分の現司令と訓練だって毎日しているのだが。
「せめてもうちょっと、なぁ」
 ぺたぺたと自分の胸や首筋を触っていると、そこに見慣れない赤い痕を見つけた。なんだこれ、と目を瞬かせてすぐに思い至る。
 昨日、この家の持ち主に引っ張り込まれたベッドの中の事を。恥ずかしながらいつ付けられたのか全く思い出せないが、どうやって付けられたのか、は解る。
「……うわ、いつの間に!?」
 気づけばあちらこちらに大小様々、所狭しと赤い痕が付いていた。歯型ぐらい強ければ気づけるのだが、巧妙な鬱血は相手のテクニックの高さにより中々最中は感じ取れない。
 連想して、自分と違ってしっかりと筋肉のついた、触り心地が割と良い体を思い出してしまって慌てて首を振る。相手よりも珍しく先に目が覚めたということは、即ち彼が大分疲れているということに繋がる。申し訳なさと優越感に口元がむずむずとしてしまうのを堪え乍ら、振り切るように服を着ていると、脱衣籠からばさりと大きな服が落ちた。
「あ」
 かなり年季の入った、濃い紅のレザーコート。ちゃんとクリーニングに出した方が良いのに、こうやっていつも無造作に脱いでしまう。あの脱ぎ癖もどうにかならないかな、と思わずぼやく。子供の頃は呆れるだけで済んだが、今は色々と困るのだ。自分の体に負けないくらい、小太郎自身も彼の体に証を刻んでいるし、当の相手は全く恥じらわないので。
 埒も無いことを考えつつコートを抓む。そっと洗面所の外の気配を探るが、まだ持ち主は起きていないらしい。暫し悩み――結局、誘惑に負けた。
「う……やっぱり大きい」
 ひやりとした革に腕を通す。覚悟はしていたが、肩と袖は余るし、コートの裾が床につきそうだ。口惜しさと情けなさに歯噛みしつつも、彼の服を纏えたことにテンションが上がっている自分が誤魔化せない。だって仕方ないじゃないか、憧れだったのだ、ずっと。
 背に入っている美しい鳳凰の紋様を鏡で映す。子供の頃、一回だけ無理を言って着せて貰った。あの頃から彼は、物凄く傍若無人な癖に、小太郎が珍しく我儘を言うと、嬉しそうに飲んでくれた。甘やかされてるな、きっと今も、とつい思ってしまう。子供の頃完全に裾を引き摺ってしまって不機嫌になる自分の頭を、乱暴に撫でてくれた手を思い出してしまったから。
『いずれ俺様よりもでかくなる、その時は譲ってやってもいいぞ?』
 言われた言葉を思い出して眉を顰める。別に彼の物を得たいわけではないのだ。憧れだが、手を届かせることを諦めたわけでもない。結局、この服が一番似合うのは彼だし、それを隣で見たいのだから。
「……いらないし」
「なんだ、何が不満だ? 良く似合ってるじゃないか」
「っ!?」
 そんな燻る思いをぽろりと口に出してしまい俯いた瞬間、ぐるりと首に両腕が回された。驚く前にしっかりと、裸の胸に抱き込まれる。
「可愛い事をしているじゃないか。俺様が寝ていて寂しかったか? ん?」
「ちーがーう! 離してよ!」
 寝起きにも拘らずいつもと全く変わらぬテンションの、年上の恋人は上機嫌だ。恥ずかしさから暴れる自分の体はしっかりと押さえこまれ、頬や耳に口付けを落としてくる。鏡を見なくても、相手が一糸纏わぬまま洗面所に来たのが肌の感触で解ってまた暴れた。
「せめて下は穿いてきてよ!」
「服は全部こっちにあるんだ、仕方ないだろう。勿論このままお前の方が脱ぐという手もあるぞ?」
 するすると不埒な方向に伸びてくる手を如何にか抑えるが、力の込め方が割と本気だ。忙しい日々の中、久々のお泊りにツルギの喜びが振り切れているらしい。上手く抵抗しなければこのままベッドの中に連れ込まれそうだし――本気で抵抗する気もないが、言いなりも悔しい。
 複雑な思春期の少年の想いを燻らせていることに気付かないまま、尚も覆い被さるように抱き付いてくる恋人に。
「っああーもう!!」
「うお!?」
 ぐいんと両腕を前に引っ張り、態勢を崩したところを素早く背中と膝裏を掬い上げ、
「せぇー、のぉ!!」
 軽々と、はとても無理だが、どうにか抱き上げた。一瞬何が起こったのか解らないように大きな目を瞬いていたツルギだったが、自分の状況に気付いてにんまりと笑う。
「なんてこった! この俺様を抱き上げるとは、どれだけ驚かせてくれるんだ小太郎!」
「ちょっと、暴れないで、落とすから……!」
 ぎゅうっと首筋に抱き付いて来て、ばたばたと両足を動かすので、慌てて仰け反って堪える。自分が割と限界であることはちゃんと解ってくれたらしく、大人しくなったがツルギは本当に上機嫌だ。鼻歌交じりで小太郎の頭を抱き込んで、頬を擦り寄せてくる。
「そら、頑張れ頑張れ。もう少しだぞ?」
「わ、かってる、よ……!」
 相手の頭や足を壁にぶつけないよう細心の注意を払いつつ、どうにか寝室まで戻ることに成功した。が、下ろそうとした相手が、中々離れようとしない。
「ツルギー、重い」
「つれないことを言うな、このまま来い」
 鼻先にキスをされてそんなことを言われたら、最早抗う術もなく。そのままベッドの上にダイブすると、揺らがず受け止められたことが悔しくて、お返しに自分から深いキスをした。