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204.アナタガスキデスキデ

「クエルボ、脱げ」
 部屋に入ってきたツルギのこんな第一声に、クエルボは「えぇ……」と呻くことしか出来なかった。
 上半身裸で部屋の中に入ってきた、心も体も通わせた相手からこんなことを言われたら、十中八九夜のお誘いだと思われるだろう。恥じらいや媚が全く無いとしても。
 だが、鳳ツルギはその十の中の一とか二とかの部類に入る男である。勿論そういうお誘いの時もあるが今回は違う、と長い付き合いで察してしまった。
 ツルギは言葉を放った後、早くしろと言わんばかりに両腕を組んで踏ん反り返っている。重い溜息を吐き、いつも付けている胸鎧を外して、ベッドの上に足を伸ばして座り直す。
 するとツルギは満面の笑みになり、寝台を弾ませる勢いでベッドに飛び乗ると、クエルボの胸元に背を預けてぼすんと羽毛の中に埋まった。つまり、これが狙いだったのである。
「やはりお前の座り心地は最高だな! 伝説に値するぞ!」
「はいはい、ありがとうねツルギ」
 腕の羽を体が冷えないようにそっと被せてやると、ツルギはますます楽しそうに笑う。敵を目の前にした不敵なものとは違う、無邪気な子供のような笑顔で。
 カラス座系の者達が自慢とする、青みがかった黒い羽の手触りと柔らかさは、辺境出身の救星主のお眼鏡に叶ったらしく、こんなじゃれ合いは初めてではない。素肌に触れる羽が心地良いらしく、猫のように体を捩って擦り付けてくる。
 ……これで、湿り気のある方のまぐわいには全く気が無いのだから恐ろしい。もし我慢できずに彼の体を抱き寄せたら、「違う!」と不機嫌になって別の奴の所へ行ってしまうだろう。実際行かれたこともある。辛い。
 頭の中でありったけの数式を思い出しながら気を逸らそうとするクエルボだが、残念ながらこの傍若無人な鳳凰の戦士はそれすら許してくれない。仰のいていた嘴をむんずと掴まれ、ぐいと目線を合わせられる。瞳の奥に火花のような光が散っているように見えて、クエルボは逃げられなくなる。
「聞いているのかクエルボ!! こんな近くで俺様を無視するとはいい度胸だな!」
「聞いてる、聞いてます! 次に行く惑星の話だろ!」
 顰められていた眉が、正解を答えられたことで満足げに跳ね上がる。カラス座系の頭脳を舐めないでほしい、ちゃんと必要なことは聞いているのだから。煩悩を排する為に必死になるのも理解して欲しいが。
 それから暫く、次の星を解放するための作戦をつらつらと語られ、そこに嘴を突っ込んで色々修正していくのを繰り返す。一度テンションが上がった体の方も漸く落ち着いて来たのでそっと安堵の溜息を吐く。
「では次の作戦はそれでいこう。頼むぞ、クエルボ」
「うん、任せて」
 立案しても中核に関わる実力は無い自分に、どうしても燻ってしまうものはあるけれど、それは飲み込んで。ツルギは自分が望む答えを引き出せて満足したのか、寝台の上に散っている抜けた羽を一枚抓んで、手指で弄びながら。
「……これで布団を作ったらさぞかし寝心地が良いだろうな……」
「故意に抜くのは止めてね!?」
 ぼそりと呟かれた言葉が洒落にならないので慌てて止める。ヒューマノイドの体毛と同じく、抜ければ生え変わるが限度もあるのだ。
「俺様がそんな傍若無人な事をすると思うか?」
「しそうだから止めたんだよ」
「なんてこった!」
 ツルギは心外そうに嘆くが、普段の行いを鑑みれば警戒してしかるべきなのだから、もっと自覚を持ってほしい。
 と、唇を嘴のように突き出して拗ねたツルギが、羽に埋まらんばかりの勢いで抱き付いて来た。忘れかけていた劣情がじわりと沸き起こりそうになるのを堪えていると、羽の中でくぐもった笑い声がする。
「冗談だ。こうしているのが一番、寝心地が良いからな」
「……」
 本当に、勘弁してほしい。こんな理不尽な事を言われてされて、――彼の特別な場所に成れていることに、嬉しがっている自分が一番救えない。
 体重を後ろに預けて、自分の上にツルギを寝そべらせてやると、心底上機嫌で鼻歌なんて歌い出すので。
 自分の気持ちなど全部押し潰して、彼の布団になる幸福を味わうことにした。