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202.背負ったモノの違い

「惑星ニードルってのは、随分と橙色の強い星だな」
 お前に似合う。と言いたげに、不意にそんな事をチャンプが告げて来て、頭を撫でられたスティンガーはどう反応すれば良いのか解らず一瞬固まった。
「……一度ぐらいしか、行ったことがないだろう」
 しかもそれはまだ、仇と思っていたスティンガーと初めて会った時のことだ。そんなしみじみと思い出す事でも無い筈。少なくともベッドの上で、ボディの上に裸の相棒を侍らせたまま喋る内容では無いだろう。
 スティンガーの照れ隠しを含めたそんな戸惑いにチャンプも気付いたのか、あー、と一瞬気まずそうな声を出して天を仰ぐ。言おうか言うまいか、悩んでいる時の仕草だ。
 彼の言いたく無いことを無理に聞き出したくはないが、正直疑問の方が先に立ってしまった。強請るようにぐり、と硬い胸の装甲板に頬と額を押し付けてやると、鼻からの排気が旋毛を擽る。
「くそ、甘え上手になりやがって」
 相棒のボヤキに、兄にお願いをする時の仕草は彼にも有効なのだなと知り、密かにほくそ笑む。修練には厳しい兄だったが、こうやって抱き付いて干し棗が欲しい、服を繕って欲しいと強請ると、呆れたような溜息を吐きつつちゃんと望みを叶えてくれた。勿論年を取るにつれて次第に止めていったけれど。
「……トケイキュータマで一度、過去に行っただろう」
「? ……ああ」
 急に話が飛んでぱちりと目を瞬かせるが、チャンプの緑色のアイランプはスティンガーでは無く、天井を眺めている。過去が其処に映っているかのように。
「司令がコールドスリープに入ってからは、割とな。博士の捜索が捗らなかったりする時は――ついつい、サソリ座系に寄っちまった。まだお前が生まれて無い星をな」
「……」
 だから色の印象が強いんだと言われて、ひゅ、とスティンガーの息が止まる。定命のヒューマノイドではいまいちぴんとこない、このロボットが過ごした300年という時間を突き付けられた気がした。身を起こそうとすると、留めるように頭を撫でられる。大人しく硬い寝台に収まりながら、黙って言葉の続きを待った。
「星に降りようかとも、何度も思ったが出来なかった。もし昔のお前さんに会っちまったら――」
 チャンプの両腕が伸びて来て、スティンガーの背をぎゅうと抱きしめる。苦しさは無い、どこか縋られたような腕に、黙って身をゆだねた。
「……スコルピオの元から、お前を浚っちまったかもしれねぇからな」
 腕の力が強くなる。喉の奥から呼気が僅かに漏れ、段々と火照ってくる頬が、金属の胸に熱を吸い取られていった。
「そんな、こと」
「ああ、吾輩の我儘だ。未来を大きく変えちまうことになっても、お前さんが――あんなに、苦しまないように出来るんなら、それは正義なんじゃねぇかと思ってな。結局、影響がでか過ぎると思って出来なかったが」
 詫びるように頭を撫でてくるので、そんな必要は無いと首を振った。
 まだ何も知らなかった頃の自分が、突然現れたロボットの言葉を信用できるとはとても思えないし、まだ幼い頃ならそれこそ兄が自分を取り返そうと追いかけて来ただろう。例え力に溺れ、ドン・アルマゲに絡め取られた兄だとしてもそれだけは信じられる。
 確かに、沢山のものを失って、沢山苦しんで、沢山泣いた。どうしてこうなったのかと後悔したことは数え切れないし、もっと何か出来たのではないかと今でも思う。だが――それが無ければ今自分はここに居ないし、大切な仲間達に出会うことも出来なかった。そして何より、
「もし、そうしたら……俺はお前の、相棒にはなれなかっただろう」
 守られる弱い幼子のままで、彼の隣に立つことも、彼の背を守ることも出来なかったかもしれない。そんなのは、御免だった。
「だから、これでいい。これが、いい」
 独り言のように呟いて、またぐりぐりと額をチャンプの胸元に埋めると、お前さんは本当に、と呆れたような声が聞こえた。
 一族が流した血すら肯定してしまう自分に呆れられたかと思ったのだが、旋毛にぐり、とチャンプの鼻先が埋まってくる。彼の無骨な口付けに応える為、スティンガーは赤い頬を堪えて顔を上げ、硬い鼻先に唇をそっと当てた。