時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

192.お別れは、まだ早い

「まぁ大体、こんなものかねぇ」
 からり、と氷の音を立てるグラスを揺らしながら、ショウ・ロンポーは隣の相手に問いかける風に呟く。
「どれだけ効果があるかは解らねぇが、目ぼしいところは終わったな」
 それに応えるのは、オイルボトルから伸びたストローを咥えたチャンプ。中身を一口吸ったらしく、ほんの僅かに緑色の瞳を瞬かせた。眉毛があったら顰めていたかもしれない。
「やっぱ300年も経つと、オイルの純度も変わるもんだなぁ」
「へぇ、そうなんだ? ボクちんはもう無い星のお酒とか色々味わえるから逆にちょっと楽しいな〜」
 バーテンには聞こえないよう、声を潜めて行う会話は、ある星の繁華街、場末のバーの片隅で行われていた。派手な格好をした竜人と、大柄の戦闘用ロボットという異色の組み合わせが目立たない程度には、多種の星人が暮らしている星だった。
「リベリオンの前身組織がもう出来てたのは驚いたね〜、おかげで戦艦の建造とか割とスンナリいけちゃったけど。ボクちん達、黎明期の功労者ってことで名前残っちゃうかもね〜!?」
「ギリギリでアウトじゃねぇかそれ?」
 彼らは変えてしまった歴史を修正し、再びキュウレンジャーとして全員が出会う為、全宇宙に救星主の伝説を広める活動を行っていた。幸いにして、と言うには随分と残念だが、ドン・アルマゲが復活の兆しを見せ始めた為、順当に広めることが出来たという何とも皮肉な話である。
「んで? 司令はマジで、コールドスリープに入る気か」
「うん、あの船も漸く完成したしね、きっと皆の役に立てるよ。悪いけど、装置のスイッチオンだけよろしくね〜」
「任せろ。吾輩のボディは300年程度で錆びるようなヤワじゃねぇ」
「頼もしーい!」
 かつん、とグラスとボトルを合わせる。……望む未来に辿り着けるのかという不安は勿論あれど、二人ともそれ以上に仲間達と、彼らの掴むであろう強運を信じていた。長い時を経たとしても、必ず巡り会えるだろうと。
 改めて二人で口を飲み物で濡らしてから、チャンプはしみじみと呟いた。
「……ま、アンタを見送れば吾輩の肩の荷も下りるってもんだ」
「え? どゆこと?」
「アンタほっといたら合流する前に、どっかで無茶しておっ死にそうだしなぁ」
「ええーボクちん強いのにぃ! そんなに信用ない!?」
「あると思ってんのか」
「ノータイムで酷い!」
 言葉は強いが嘘は言わない正義のロボットに容赦なく断言されて、ショウはわざとらしく顔を覆ってめそめそと泣くふりをしている。呆れたようにそれを見つつ、チャンプはどこか咎めるように告げた。
「今のは、半分スパーダからの伝言みてぇなもんだ」
「えっ」
「あいつらが、元の時代に帰るギリギリで、吾輩のボイジャーに通信でこっそりな。アンタ一人なら絶対止めたけど、吾輩がいるなら安心だ、だとさ」
「……うそぉん」
 流石のショウもあっけにとられて、大きな顎をぽかんと開ける。短い別れの時間の中、あの宇宙一のシェフが、咎めるような声を上げたのは自分が残ると宣言した時、一度きりで。後は、止めても無駄なことは解ってますと言わんばかりに、不安を綺麗に押し隠した笑顔で見送ってくれた。そんな姿に安堵して――自分がまた、彼に甘えてしまったことに漸く気づいたようだった。
「……えぇー……下手に泣かれるよりショックなんだけど……」
「悪いと思ってんなら、ちゃんと300年超えてやりな」
「はぁい……」
 今更湧いてくる罪悪感がちくちく心臓をつついて来て、酒をちびちび流し込んでそれを抑え込む。隣のロボレスチャンピオンは悠々とオイルを飲んでいて、このままやられっぱなしは癪だなー、とちょっと思う。意趣返しを兼ねて、自分と同じくヒューマノイドをパートナーに選んで、そして離れてしまった彼の話もちょっと聞いてみたかったし。
「チャンプはさぁ、どうしてスティンガーを選んだんだい?」
「あ? 何でぇ藪から棒に」
「いやさ、何せ出会いが出会いでしょ? あの子が良い子なのは良く知ってるけどさ、キミが良くそこまで行ったなぁ〜って」
「……出会いがあんなんだった原因は、半分アンタのせいの気がするんだが?」
 じろりと睨まれたので、露骨に顔を逸らして口笛を吹く。二人の因縁は知らなかったんだヨー、本当だヨー、という気持ちを込めて。
 最初に見つけたキュウレンジャーであるスティンガーを、他の救星主達と合流させつつ、敵対することでスパイとしてジャークマター側に潜り込ませるのは確かにショウの策謀だったが、まさかチャンプの生みの親を殺した相手が、スティンガーが探している彼の兄だったとは、本当に知らなかった。
 何せあの頃のスティンガーは本当に、全身を棘で覆った、蠍と言うよりは針鼠のようで。ショウに従ったのも、実力で勝てなかったのと、兄を探すのに有用な策を提示したからだ。
 まさかその因縁がチャンプに繋がっているのは誤算だったが、結果雨降って地固まったのだから、最終的には問題ないよネー、と根本がチャランポランなショウはこっそり思っているが。
 誤魔化すショウにこれ以上詰め寄るのは止めたらしく、チャンプは排熱用の蒸気を大きく鼻から吹き出す。そして、ごり、と硬い顎を手指で撫ぜて、ぽつりと言った。
「……今思うと、って話なんだが」
「うんうん」
「少なくとも最初は、あいつに対して怒りしか無かった。俺はあいつが博士を殺した犯人にしか思えなかったし、あいつも一切言い訳しなかったしな。だが――」
 チャンプの視線が宙に彷徨う。自分のメモリに刻まれた記憶を思い出しているのだろうか。誇り高く強いけれど、驚くぐらい心は柔くて優しい、泣き虫な彼のことを。
「チキュウで、小太郎達を助けて――あいつは言いやがった。『俺は俺の正義を貫くだけだ』ってな。それなら、その正義だけは見極めてやろう、信じてやろうと思ったんだよ」
「……そりゃあ随分と、キミに対して覿面の口説き文句だねぇ」
「そうか? ……まぁ、そうかもな。あいつはそんなつもり、全然無かっただろうがなぁ」
 正義を軸にして生まれてきたロボットが信じざるを得ない言葉を、孤高の彼が告げた時点で、このふたりはこうなるってことだったのかな、と少しだけショウは思った。
 別れる時も、一度チャンプが大破された時を思い出したのか、不安そうな顔を隠さないスティンガーに対し、チャンプははっきりと「待っていろ」と告げていた。それなら、スティンガーはずっと待っているだろうし、チャンプは必ず彼の元へと帰るだろう。
 ……自分にはとても、約束なんて、破ってしまった時が恐ろしくて出来ないけれど。せめて、愛しい相手の希望が全部詰まった特製キッチンで、許して貰おうと思う自分の狡さに苦笑しつつ。
「う〜ん、あてられちゃったなぁこれは?」
「はぁ? 何言ってやがる」
「照れない照れない。うん、もう一回乾杯しよっか! 遥か未来の再会に向けて!」
「? おう」
 そしてふたりはもう一度、グラスとボトルを合わせる。
 これから一人で宇宙を旅し、己のルーツを探るチャンプに降りかかる困難な運命には、まだ気づかないまま。