時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

185.僕達のライフスタイル

「あ、メルト! これ面白いぞ、お前も見てみろよ!」
 コウ一人にしては、随分と部屋の中が煩いなと言う疑問を持って、ドアを潜ったメルトは僅かに眉を顰めた。
 柔らかい椅子を背凭れ代わりにして床に座り、長い脚を悠々と伸ばしている幼馴染、コウは、里を出て以来人間の文化である音と動く絵の出る箱――テレビに夢中だ。確かに便利で興味深いものではあるが、メルトとしては尚久に教授される最新の論文等の方が余程有意義だ。
 しかも、伸ばした太腿の上に、騎士竜――本来の大きさよりも大分ソウルで小さくなったティラミーゴが、その大顎をどっしりと乗せて寝そべっている。
 流れる音楽に合わせて揺れるコウの動きと同じく、尻尾の先を振っている。伝説の騎士竜としてあまりにも暢気な有様で、それなりに憧れを持っていたメルトとしては頭痛を堪えてしまう。
「コウ、気を抜き過ぎだ」
「何だよ、ちゃんと今日の訓練は終わらせただろ?」
「勉強も必要だろう。休憩にしては長すぎるぞ」
 昔から座学嫌いなコウが不満げにむう、と形の良い眉を潜める。子供の頃から変わらない顔に苦笑して、立たせようと手を伸ばしたその時。
「ティラッ!」
「わっ!?」
 不意にティラミーゴが顔を上げて、がちんと鋭い歯を鳴らした。勿論本気で噛もうとしたわけではないのだろうが、思わず手を引っ込めてしまう。
「ティラミーゴ、どうした?」
 コウも驚いたらしく、不思議そうにティラミーゴの頭を、犬猫に対するように撫でてやっている。伝説の存在に対してそれはどうなんだ、とメルトはつい思ってしまうのだが、当の騎士竜の方は満足げに唸り声を上げている。
「そっか、お前もテレビ見たいんだな?」
「ティラッ♪」
「嘘だろ……」
 ピンときた、と言いたげに相棒の太い首を撫でてやるコウに対し、嬉しそうに胸元に顔を擦り付けているティラミーゴを見て、メルトはがくりと肩を落とす。アスナが、騎士竜とその騎士は性格も似るんじゃないかな、と言っていたのがあながち誤りでは無いのかもしれない。
「はぁ……仕方ない。夕飯になったら止めるんだぞ」
「あ、待てよメルト!」
 呆れたまま踵を返そうとした時、止めて来た幼馴染に無言で振り向くと。
 コウは自分の膝に騎士竜の頭を置いたまま、反対側の腿の傍をぽんぽん、と叩いていた。
「この番組丁度終わりそうだし、メルトも一緒に見ようぜ?」
 言葉は提案だが、凛々しい瞳には拒否される訳がないという信頼――否、甘えがあるのがメルトには良く理解できた。これも昔からそうなのだ、自分が抵抗出来ない事も、含めて。
「……はぁ。少しだけだぞ」
 溜息を吐いて、コウの隣にどさりと腰を下ろす。またティラミーゴが僅かに顎を上げたが、コウの手に宥められて渋々下げた。
「メルト、ティラミーゴに何か意地悪したのか?」
「そんな訳あるか」
 理不尽すぎる言われ方に思わず声を荒げるが、最初トリケーンにも距離を置かれていた経験があるので思わず我が身を振り返り考え込んでしまう。
 その時、肩にのすりと重さが乗った。コウが自分の頬をメルトの肩に預けている。並んで座る時は良くこうしてくるのだ。子供の頃から背も大きくなり、体重も増えたから正直重たいが、言っても退けないだろうし諦めている。当のコウは上機嫌で、相変わらずテレビから流れる曲に合わせて鼻歌を歌っていた。
 ふと、緑色の瞳がじいと自分を見詰めていることに気付き、コウの膝に視線を落とす。相変わらず顎を悠々とコウの太腿に乗せたティラミーゴが、やはりどこか恨みがましい目でこちらを見ている、気がする。
 一体何が不満なんだ、と疑問を消すことが出来ないまま、据わりの良い場所を探してもぞもぞ動くコウの頭を宥めるように手で支えてやった。


 ×××


「……ねぇアスナ、あれってリュウソウ族じゃ普通のことなの?」
「ん?」
 居間を覗きながら恐る恐る訪ねてきたういの言葉に、アスナも同じようにひょこりと覗き込み。
「リュウソウ族っていうか、あの二人だといつもの事だけど。何か変?」
 ぱちくりと目を瞬かせ、不思議そうに首を傾げる少女に、ういはどう返そうか悩む。幼馴染とは聞いたが、それにしても同性の友人としては距離が近すぎないだろうか。
「しかもティラミーゴの方がやきもち妬いてるみたいだし……」
「えっそうなの? うーん、そうかなぁ」
 どうも、アスナとしてはいつものこと過ぎて認識が難しいらしい。三角になりかけている関係と、不満げに床をぴしぴし叩くティラミーゴの尻尾を、黙って見守ることしかういには出来なかった。