時計+人形

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甘ったるいワギナ・デンタータ

安普請のアパートの玄関前、蹲っている姿にデジャヴュを感じた。
「…またタバコか?」
呆れ半分で聞いてやると、九月はのそりと緩慢に緩く編んだ頭を上げ―――にたり、と猫のような笑いを漏らした。
「ノンノン、借り入れじゃナイっすよ。先日の借用分の返却ですゥ〜」
しゃがみこんだまま差し出されるタバコの箱から、遠慮なく二本抜き取る。
「一本多いよ」
「利子だ」
「げぇ、渋チン」
渋い顔をする相手に構わず、フィルターを銜えて火を点ける。僅かなドライフルーツの甘みが鼻と口の粘膜に届いた。自分にしては甘過ぎるが、たまには悪くない。
「火」
見下ろすと九月も一本銜えて差し出していた。相手に火を点けさせるとは昨今の風俗嬢も質が悪くなったもんだ。
「おあいそ振舞うのはお客にだけだっての」
顔に出ていたらしく、さらりと九月は言い捨てて灰流の差し出したライターに紙巻の先を当てた。辺りの甘い香りが一層強くなる。
暫く煙を堪能する不健康な時間が続く。時間はとうに深夜、僅かな車の排気音以外は何も聞こえない。
「…上がってくか?」
小さな焔がフィルター近くまで辿り着いた時、なんでもないことのように灰流は尋ねた。
やはりなんでもないことのように、九月も頷いた。





「ん、くぅ、う――――っ…」
「ふ、く、」
自然に万年床の上で身体を繋いだ。灰流は据えられた膳は大抵残さず食べる性質だし、今日は九月の方も積極的だった。自分から灰流の腰に跨り、中心を下の口で銜えて吸い上げて離さない。薄い膜の内側に白濁液が溜まった所で、へたりと九月は灰流の上に豊満な胸を押し付けた。
「はぁ、はぁ、は……」
「………で?」
「んん?」
「何の用だ?」
息を整えてから、灰流は自分の胸の上に語りかけた。事を終えておいて何たる言い草かと思われるかもしれないが、九月は気にした風もなく、しかし誤魔化すように筋張った胸板の上に頬を摺り寄せた。
「別にぃ…ちょぉーっと、なーんにも考えたくなくなっただけですよぉ」
仕事でなく、自失できるほどの快楽が欲しかったのだと、九月は全身で訴えている。灰流も健康的な成人男子として、そうやって求められるのには悪い気はしない。しかしなぜ、
「何で俺なんだ? 客とは言わないが俺以外にも相手はいるだろ」
「んもう、ヤボっすねぇ。アンタじゃなきゃ駄目だって言わせたいんですかぁ?」
「おい、今本気で寒かったぞ。鳥肌立ったぞ」
「うわ、ホントだ。ブッツブツのザラザラ〜♪って失礼な、アタシもマジっスよぅ」
嫌がらせとしか思えないその言葉に反論しようとして、灰流は止まった。九月がまるで匂いを嗅ぐように、自分の首筋に顔を埋めてきたからだ。…まるで、何かの残滓を探そうとするように。
「ああ、そうか」
漸く謎が解けたと言う様に灰流は呟き…呆れたように脱力して煎餅布団に背中を預けた。
「もう俺は欠片も持ってないぞ。空っぽだ」
「う〜ん…解ってた、つもり、なんだけどねぇ」
普段の能天気な笑いがなりを潜め、どこか暗くまどろんだ瞳で九月はぽつぽつと呟いた。躁鬱の気があるのではないかと思うぐらいの急降下っぷりだが、どちらかというと今の方が素の九月に近いのではないか、と灰流は勝手に思っている。
そんな物思いにふける灰流に構わず、九月はますますぺったりと灰流の身体にへばりつき、胸の突起を甘噛みした。こら、と灰流が僅かに慌てた声をあげるが、気紛れに止めたり再開したりと弄ぶ。
そうすることによって、彼から滲み出てくる何かを欲するように。
――――あの一年間の乱痴気騒ぎ。それは悲劇で、それは喜劇で、馬鹿馬鹿しくて、どうしようもなくて――――酷く、懐かしいものになっていた。
視界の片隅に緑色の葉が見えるのも随分と稀になっていることに気付いた九月は、耐えられなくてここまで来てしまったのだ。
あの時、最後までもっと踊っていたいと駄々を捏ねていたこの踊り手は、細い繋がりを手繰り寄せたくて名無しの賢者のところまでやってきた。
「パーティーはお開きだ。次にまたいつ起こるかは解らないが―――少なくともそれを造るのは俺じゃない」
「ちぇ。ホントに渋チンですよ」
「無理言え。アレだけのモノ、一人で造れるか」
言ってから、自分も随分とナーバスになっていることに気付いて灰流は不機嫌になった。彼と共に森を作り上げた美しい魔女は、もう自分の本当の名前を取り戻して旅立ってしまった。―――もう二度と、森には戻ってこない。
「あららん。さびしさびしいでちゅか、お兄さん?」
「ほっとけ、バーカ」
にやりとまた笑ってこちらを覗き込んでくる目から逃れるように、灰流は身を捩って九月を振り解こうとする、が。
きゅう、と未だ繋がっていた場所が痙攣した。
「っ?」
締め付けられる感触に思わず息を呑んだ灰流が視線を戻すと―――いつの間にか身体を持ち上げて自分を見下ろしてくる九月が、いた。
「…九月サン? 何かめちゃくちゃ怖いんですが」
「ん〜ふ〜ふ〜。ゆったじゃないですかぁ、何も考えたくないって〜。…これで終わるなんて思ってナイですよねぇ?」
僅かに上気した頬でこちらを見下ろしてくる九月。はっきり言って怖い。尚且つ、内壁が収縮を始め、痛みすら感じさせて灰流の中心を苛んできた。
「痛ッて…おまっ、マジか! 俺は珍しく仕事してきて疲れてんだよ!」
「まだ若いんだからそんなことゆっちゃダメですよ〜。ご安心くださいな、アンタは動かなくても全然オッケーっスから♪」
「まて、落ち着け、痛いって! ワギナ・デンタータかお前はっ!」
「待ったなし〜、第二ラウンド開始〜!」
「ぎゃあああああ」
たまにしおらしい顔をしてるから甘い顔をしてやればこの様だ! と灰流は自分の浅慮を呪った。
風俗嬢の全開のテクニックにより、散々弄ばれた灰流には、次の日の太陽が黄色く見えたそうだが、それはまた別のお話。