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のんべんだらりんごった煮サイト

砂糖菓子

だだっ広いグラスランドの草原に、剣戟の音が響く。
炎の英雄・ヒューゴが率いるビュッテヒュッケ城の有志達は、交易品の買出しの為ゼクセンの首都、ビネ・デル・ゼクセに向かっていた。かなり腕利きの面々にとっては、当たり前になっている道程で、危険など有りえない。…しかし。
「…はぁっ!!」
裂帛の気合と共に、繰り出された剣が野獣を一刀両断する。ぶんっとその得物を振るい血糊を落とすのは、かの(ある意味とても有名な)マクシミリアン騎士団長、フレッド・マクシミリアンであった。
辺りに敵がいないことを確認すると、彼は無言のまますたすたと目的地に向かって歩き出す。彼の早足はいつものことだったが、それに増して早い。一息ついていた他のメンバーが慌てて後を追った。
「ちょ、フレッドさん! そんなに急がなくてもいいですよ」
追いついたヒューゴが声をかけると、フレッドは体ごとぐりんと振り向く。その黙っていれば美形の顔に、思いっきり「不機嫌」の三文字が浮かんでいてヒューゴは思わず仰け反った。
「何を言っている! こうしている間にもこの世には悪の芽が生まれているかもしれないというのに、のんびりとしてはいられん! 先に行くぞ!」
すたすた、より寧ろだかだか、ぐらいの靴音を立てて団長は駈けて行く。その様子を他の者は呆然と、あるいはにやにやと見送る。
その面々の中に、少女の姿は見えなかった。普段、マクシミリアン騎士団長の後を大きな荷物を背負い、一生懸命追って行く少女が。




ヒューゴが交易所に行っている間、フレッドは所在なげに街をうろついていた。いつも通り早足で人の間をずかずかと通っていくが、時折ぴたっと足を止めて後を振り向く。そしてその後何事も無かったようにまた前を向いて歩き出す。それをかれこれ十数回繰り返している様を見て、同じく自由時間を謳歌していたナッシュは思わず噴き出した。
「む? ナッシュ殿か。何用だ?」
「い、いやあ悪い悪い。何かね、玩具を探してる子供みたいだなって」
「誰がだ??」
心底不思議そうにこくり、と首を傾げたフレッドに、今度こそナッシュは大爆笑した。
「自覚無いのか…!」
「???」
流石にむっとしたフレッドがナッシュに食って掛かろうとして…ふと、何かに目を止めた。ん?と思いナッシュもそれを追うと、道端にありふれた露店が出ていた。
行商人らしい若い女が、子供の玩具やお菓子などを振舞っている。子供ばかりのその一角に、フレッドは何の躊躇いも無く足を進めた。
「お、おい?」
ナッシュも慌てて後を追う。フレッドは子供の間に無理矢理入りこんで腰を落とすと、店の前に広げられているものをまじまじと見つめてから顔を上げた。
「主人。これは駄菓子か?」
いきなり鎧姿の剣士、しかも見目は思った以上に整っている男に声をかけられ、女性は吃驚して息を呑んでしまった。しかしそこは商人、素早く体制を立て直して笑顔を浮かべる。
「はい、そうですよ。草原の方で流行ってる砂糖菓子です。綺麗で美味しいから、親御さんがお土産に買っていきますよ」
「ふむ…」
「団長、こういうものがお好きで?」
後から立ったまま覗きこみ、からかうような口調で言うナッシュに、フレッドはその菓子の包みを一つ手にとったまま、振り返りもせずに首を横に振った。
「いや、リコが好きでな。よし主人、ここにあるこれを全部貰おう」
さらっと言われた言葉にナッシュが瞠目するより先に、星型の小さな菓子がいっぱい詰まった皮袋を躊躇いも無く主に差し出し、財布から金子を取り出す。
「ぜ、全部…ですか?」
「ああ。何だ、足りないか?」
目の前に差し出されたのは1000ポッチ金貨。こんな露店の品物など根こそぎ買えてお釣りを貰えてしまう。
「い、いえ! ええっと、お釣りが…」
「いや、必要無い。取っておけ」
ある意味尊大に言い放ち、菓子袋を全て腕に抱えるとフレッドは立ちあがる。
抱えた袋から僅かに薫る芳香と、色とりどりの綺麗な造形に、恐らくこれを貰った従者がどんな顔をするか解ったのだろう。
ふわり、と。
本当に自然に、フレッドは満足げな笑みを浮かべていた。辺りの女性が一瞬魅了されるほどの、優しさの篭った。
「さて、長居をしている暇は無い。ナッシュ殿、ヒューゴ殿と合流して早くビュッテヒュッケ城に戻るぞ!!!」
早足でなく完全に駆け足になって、フレッドは駆け出す。その背中をほんの少しだけ眩しそうに見遣り、ナッシュは苦笑しながら呟いた。
「やれやれ…若いねぇ」
彼は今無性に、故国に残してきた愛妻に会いたくなっていた。城に帰ったら手紙を書こう、と思いながら、もう既に小さくなっている背中を追って自分も走り出した。





一方その頃。
「メイミさん、ちょっとお聞きしたいんですが」
「ん? なぁに、リコ?」
のどかなビュッテヒュッケ城のほとりにあるレストランにて、この店の敏腕コックメイミと、かの(ある意味とても有名な)マクシミリアン騎士団長付き侍従長兼運搬補給係の少女、リコが話をしている。昼からかなり太陽が天中から傾き、辺りには人は少ない。
「旅の間に簡単に出来るあったかい料理で、何か美味しいものってご存知ですか?」
「随分アバウトね。そういうのは、旅をしてる貴方達の方が詳しいんじゃないの?」
そうですか、とちょっとしょぼんとしてしまうリコに、メイミは疑問をぶつける。
「どうして急にそんなこと聞いたの?」
「あっ、はい。やっぱり旅の間だと、ごはんが一番の楽しみじゃないですか。わたしが作れる料理も限られてるし、フレッドさまに美味しいものを食べてもらいたくて」
ああやっぱり、とメイミはかくりと首を落とす。このお人よしな少女が心の底から尊敬してかつ自分の全力を奉げたいと望む相手は、あの猪突猛進団長しかいない。
あの二人の様子を端から見ていると、どうにもリコ一人が迷惑をかけられているようにしか見えないのだが…リコ自身は、本気で騎士団の一員であり、団長に仕えられることを誇りだと思っているらしい。それが本気だから、茶化す事も迂闊に出来ないが、それ以上にこの少女の将来が心配になってきてしまう。
「うーん、まぁいいや。リコ、折角だから新作のデザート試食してくれない?」
「あ…ええっと…」
にこにこしていたリコの顔が急に曇り、メイミは首を今度は横に傾げた。彼女が自分の創作料理を試食してくれるのはいつもの事だし、特にデザート等の甘味系は料理人冥利に尽きるほどきれいに、そして美味しそうに食べてくれるのに。
「どうしたの? お腹の調子悪いとか?」
「あ、いえっそうじゃないんです。…あの……あの…今日、酒場でアイラさんと偶然会って話してる時に、エースさんに言われたんです」
メイミの脳裏に言われた通りの状景が浮かぶ。辺境警備隊が酒場にたむろしているのはいつものことだし、アイラもいたのは恐らくお目当てのソーダを飲みに来ていたのだろう。真っ赤に染まった顔を俯かせ、リコはぽつぽつと言葉を紡いだ。
「あの…『嬢ちゃんは、もうちょっとスリムになったほうが良いなぁ』って…」
「あー…」
あのセクハラオヤジ、とメイミは心の中だけで毒づく。恐らくその不届き者はその後クイーンに張り飛ばされただろうし、酔っ払いの戯言だと流すのは簡単だ。しかしこの素直な少女にはなかなかショックな出来事だったのだろう。
「わたし甘いもの好きだし、確かに太めだし…だから、ちょっと控えようかと思って…」
「うーん、そっかぁ…」
女の子としては無理強いは出来ない。うんうんと頷き、メイミは了承の意を示した。
「すみません、勝手で…」
「ううん、いいのいいの」
と、城の入り口辺りが騒がしくなってきた。城門警備のセシルが放つ、おかえりなさ―――い!!という大声が聞こえる。
リコはぱっと顔を輝かせ、いそいそと立ちあがった。
「フレッドさまのお迎えに行ってきます!」
「はいはい。…あ、その必要無いみたいよ?」
呆れたような笑顔が、悪戯っぽい笑顔に変わる。?と首を傾げたリコが振り向くと、遠くから土を蹴立てて凄まじい早足で歩いてくる自分の主が見えた。
「ああ! フ、フレッドさま!! お帰りなさい!!」
「帰ったぞ、リコ!!」
慌ててリコも駆け寄り、笑顔でぺこっと頭を下げる。両手に荷物を抱えたままの団長・フレッドは満足げに頷き、その沢山の皮袋をリコに差し出した。
「受け取れ、土産だ!」
「え、ええ!? わわわっ…」
その言葉に吃驚する暇もなく、手の中にどさどさと袋が落とされる。
「フ、フレッドさま…これをわたしに?」
「そうだ! お前の好きなものだぞ、遠慮はするな!」
手の中の重みを実感して、驚きでいっぱいだったリコの心にじわじわと幸せが浮かんでくる。
「あ…開けても良いですか?」
「勿論だ!」
主の笑顔に後押しされ、リコは震える手で包みの一つを開ける。
「あっ…これは…」
しかし、それを見た途端、リコの顔は不本意ながら僅かに曇ってしまった。失礼だと思い、慌てて笑顔を作るが引きつってしまったような気がする。
いつもだったら、大喜びで受け取っただろう。しかし今は、タイミングが悪かった。
先刻、メイミに話したことは事実だが全部を話してはいない。実は先程のエースの台詞には続きがあったのだ。
『やっぱ男はこう、ぼんっきゅっどーんじゃねえと燃えねぇからなぁ!』
女にとっては断罪すべき言葉だが、勿論リコにそんな度胸は無かった。思い浮かぶのはゼクセン騎士団長・「銀の乙女」の異名を取る美しい女性。美人の上スタイルもこの上なし。アルマ・キナンへの旅の途中、フレッドと並んで剣を振るうその姿のどんなに美しかったことか。
―――フレッドさまの隣に立つのは、ああいう女性じゃないといけないんだ。
最初から、大それた望みだと思っているし、騎士団長付き侍従長という肩書きを誇りこそすれ不満に思ったことはない。それでもリコも、年頃の少女なのだ。上手く形容できない燻りが、小さく胸を焦がす。
そうするとますます口が重くなり、何も言えなくなってしまう。
一方、土産を手渡した従者の顔が、予想していたものと大分違い、フレッドは眉を顰めた。そして彼は、疑問を心の中に留めておけるほど心に余裕は無い。
「どうしたリコ? 嬉しく無いのか?」
「いっ、いいえっ! そんなことないです!」
「ならば何故喜ばん! お前、こういう駄菓子が大好きだろう! これがどういう菓子かは知らんが、これは嫌いだったのか!?」
「いいえっ! 違います!!」
「ならば何故だ!!!」
「大好きだから、駄目なんですうぅっ!!」
フレッドの大声に合わせて、リコのボルテージも段々と高まる。何事かと辺りの城民達が集り人垣を作り出している中、夢中になったリコの絶叫で一瞬時間が止まった。
「………何故だ?」
「えっ…あ、い、いいえ! あのっ…」
心底不思議そうに首を傾げるフレッドに、リコの顔は真っ赤になってしまう。菫色のフレッドの瞳が只じっと自分の方を見ているのが解って、これ以上は誤魔化す事が出来なかった。
「ごめんなさい、フレッドさま…あ、あの、わたしっ」
「なんだ」
不満げに唇を尖らせながらも、フレッドが促す。きゅ、とリコは息を一つ呑みこみ、消え入りそうな小さな声でぽそぽそと呟いた。
「わ、わたし…………太りすぎ、ですよね…?」
俯いたまま、リコは慌てて言葉を紡ぎ続ける。
「あのっ、あのっ、やっぱりフレッドさまのお側にいるのに、見苦しくてはいけないですし…わたし本当に甘いもの食べすぎだから、少し減らさないとって、それでっ、それで…」
わたわたと両手を振りながら、言い訳にならない言い訳を続けるリコを、フレッドはどう思ったのか。

ひょいっ。

唐突に、リコの腰に両腕を回し、軽々と抱き上げた。おおおおー!!とギャラリーから歓声が上がる。
「え? え!? えええええ!!?」
何が起こったのか一瞬解らなかったリコは、きょときょとと辺りを見回して顔を更に紅く染め、慌てて俯くとフレッドと目があってしまい頭から湯気まで出てきた。
「フフフフレッドさま、お、下ろしてください〜!!」
「…なんだ、どこが太っているんだ? 軽すぎるくらいだ」
呆れたように溜息を吐き、フレッドはリコの小さな体を横抱きに抱き抱えなおす。所謂お姫様だっこというやつだ。そのまま堂々と歩き出す先のギャラリーが慌てて道を開ける。
「いいか、リコ! お前は寧ろもう少し身体を鍛えるべきだ。お前の父上、サンチョ殿は、戦争で傷つき倒れた我が祖父殿を背負い、戦場を駆け抜け命を救ったと言うではないか! お前もそれぐらい出来なければ、マクシミリアン騎士団長付き侍従長の名折れだぞ!」
お前はうら若き少女に自分を背負って走ってもらうつもりなんかい。
辺りのギャラリーが一斉に心の中で突っ込んだその言動に、リコは――――
「フレッドさま…!! あ、ありがとうございます…!」
心底感動していた。
またしても、それでええんか!!とギャラリーの心が一つになる。
そんな嵐を巻き起こしていることに気づきもせずに、主従はすたすたと歩き去って行く。
「あ、あの、フレッドさま、わかりましたから下ろしてください〜…」
「何故だ? 安心しろ、部屋まで運ぶくらい容易いぞ!」
「そ、そういう問題じゃなくて〜!」
「それよりも、早く俺の土産を食ってみろ! 構わんのだろう?」
ぴたっ、と足を止めたフレッドが、真剣な目でリコの色の薄い茶色の瞳を覗きこむ。はっとなったリコこくこく頷き、慌てて抱えたままだった袋からお菓子の粒を取り出すと、ぱくっと口に放りこんだ。
「…! 美味しいです〜!」
口の中に甘味が一斉に広がり、リコの素直な笑顔が零れ出た。その顔を見据え、フレッドは満足げに頷き、またそのまま歩き出した。
「フレッドさま、ありがとうございます…」
「うむ、そうか!」
「そ、それとやっぱり、下ろしてもらえませんか…?」
「部屋についたら下ろしてやる。行くぞ!」
「お、お城の中もこのまま通るんですか〜!!?」
辺りの人間の度肝を抜きまくりながら、マクシミリアン騎士団は走る。
「なんだかんだ言っても…幸せなのかなぁ?」
とは、先程のシーンをすべて目の前で見せられたメイミの弁である。






おまけ。
城の裏に止めてある廃船・甲板にて。
「なぁジャック。今日エースに『お前は、もうちょい胸とか腰とか肉つけろ』って言われたんだけど、こういうところってどうやって鍛えればいいんだ?」
「………………………………!!!」
その後、エースがジャックの巨大ボウガンの練習台にされたのは言うまでも無い。