時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

Take it easy.

「まさかまた会えると思っていなかった」
そう言って、人喰いの紋章を譲りうけた旅人は、彼を見てにっこりと笑った。
大きな湖のほとりに位置するワルキューレ軍の本拠地、ヴァルキリー城は、次々と建て増しして行ったことによってかなり複雑な構造になっている。始めて来る人間が結構迷って、右往左往している様をたまに見かける。その中に時々ここの主の少年とその義理の姉が混ざっていることもあるがそれはご愛嬌。
その少年の像が立てられている最上階近くのテラスに沢山の鳩が止まり、石床に蒔かれた餌を啄ばんでいる。
その餌をぱらぱらと全部蒔き終わり手を軽く払ったシーナは、久しぶりに会った友人のある意味薄情な言葉に軽く眉を顰めた。
「お前ね、久々に会って言う台詞がそれか?」
「すまない。でも本気の言葉だ」
薄いグリーンのバンダナを海賊巻きにした少年は、どう見てもシーナよりかなり年下に見えるのに、どこか大人びた表情で笑って見せた。
「あの時だって、レパントに半ば無理矢理引き摺られて来たようなものじゃないか」
「まぁ最初はそうだけど? 最後までいたじゃん」
「だから、それも不思議だなと」
「んー。まぁ、オフクロに泣かれちゃなぁ。流石に」
短く刈り込んだ薄い金色の頭をかしかしと掻いて、ばつが悪そうにシーナは視線を空に向けた。雲が高い。
「じゃあ、今回は?」
「あん?」
「やっぱり、綺麗な女性が多いからか?」
「そうなんだよな〜! 前の時もだけど、今回は更にグレード高いぜ? アイリちゃんもリィナさんも美人姉妹だし? カレンさんも普段と踊るときのギャップがそそるんだよな〜。アンネリーちゃんも清楚! って感じがイイよなぁ。勿論、ジーンさんとかバレリアとかカスミとかも…」
そこまで一気に言って、座りこんで抱えた膝に顔を埋めて肩を震わせている相手に気付き、口を閉じる。
「な、何だよ。そこまで笑うこたないだろー?」
「…や、凄く、お前らしくて…っ、安心した…」
曲がりなりにもここは、帝国と戦争をしている同盟軍だ。出身も出自も様々、寄せ集めにしか見えない軍隊。それでも皆、色々な思いや事情を抱えて、戦おうとしている。
その中でも、シーナの主張と言うか事情というか、は群を抜いて緊張感がない。見聞を広めるという名目のあてもない旅の路銀が尽きたので父親にせびりにいこうかと同盟軍の事情を利用しつつ、目的を達成する前に父親に武者修業しろとまた放りこまれた。
真面目な軍人達が見れば眉をひそめること間違いなしだろう。実際、彼の軽さを疎んじている人間も決して少なくない。
それでも。
ともすれば自分を追い詰めてしまう、少しずつ魂を削り取られていくような焦燥と恐怖の中で。
軽く笑い飛ばしてくれる彼の言葉や行動が、嬉しかったことは間違いないのだ。
だから。
「きっと彼も、そう思っていると思うよ」
「なんだそりゃ」
「別に解らなくても構わない」
立ちあがり、膝を軽く払う。シーナも軽く伸びをして、首を回しながら言う。
「そろそろ時間じゃね?」
「あぁ。いよいよだ」
手元の棍を拾って立ちあがる。もうすぐ、最後の戦争が始まる。その士気を高めんが為の集会が大広間で開かれる。勝利を祈って。
自分の選んだ道が、間違いでないことを信じるために。
「…あーあ。俺も運命にモテアソバレてるよなぁ結構」
「怖いか? 逃げてもいいんだぞ」
「まぁね。でも流石にそれはカッコ悪過ぎだろ」
腰に挿したのは父親の剣。耳に光るのは母親のお守り。
「ここまで来たからには、最後まで付き合うよ」
それはきっと、滅多に聞けない彼の本物の言葉。
自然と肩の力が抜けてしまう、不思議な決意。


気楽に行こうよ? ね。