時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

誰でもトライ20のお題・秋桜

01.ねこのしっぽ

「はぁ。ここまで扱い辛い使い魔っていうのも珍しいんじゃないかしら」
「む。何が言いたい、凛」
「せめて可愛い黒猫とか、もっと外見に気を使って貰えればねぇ」
「……如何しろと?」
「そうね、オプションとして猫耳猫しっぽがつく、とか」
「………………凛。それは新手の嫌がらせか?」
「まさか。只の暇つぶしよ?」




02.公衆電話

『もしもし? 何だ、士郎か。
何の用? 今日は別に何も―――って、
外からかけてるの? 凄く後ろがやかましいんだけど。
…ちょっと、何よ。何がおかしいのよ。
えっ? な、馬鹿っ!! 何遊んでんのよ! 早く帰ってきなさいアーチャー!!』




03.負けず嫌い

「理由なんて無い。戦いがあるなら負けたくないだけよ」
「至極同感だ。矢張り君は、私のマスターに相応しい」




04.金メダル

たかがメダル一個でこうも扱いが変わるというのは、どこかおかしいと思う。
確かに狭き門に入れるだけの資格と実力はあるということを評価されるべきだとは思うが。
それを目指して必死で、最大限の力を発揮して、何か別のことを成し遂げた者もいる筈だ。
それなのにたった一人がもてはやされて、他は要らないモノと同じになる。
そんなの、間違ってる。
努力をした人はそれに見合ったもので、祝福されなければいけないのだ。
絶対に。




05.信じること

冷たい廃城の一部屋に、椅子に縛られたまま落ち着けられて暫く経つ。
わたしをこんな目に合わせた不心得者は、魔力の消費を抑える為に霊体化しているのか姿を見せない。
目を閉じて魔力を探ろうとするが、もう既に途切れてしまった霊脈のラインはあいつの存在を教えてくれない。
この部屋にいるかどうかも解らないので、溜息を吐くに留めた。
本当に、あいつは馬鹿だ。
士郎の存在を否定したいのなら、わたしをすぐに殺せば良い。
その時点で完全に、あいつと士郎は別物になる。
「…本当、馬鹿」
ぽつりと呟いた台詞は白い息になって消えた。
結局あいつは、あのどうしようもないお人よしのままなのだ。

 


06.中古品

「…凄い」
素直という言葉とは真逆の位置にいる自分の主が、
ここまで自然に感嘆を漏らしてくれたことは正直心が浮き立つが。
「だってこのヒーター、原価の五分の一だったのよ? 実際火が入るかも危うかったじゃない。それなのに普通に動いてる」
「……それで、満足か? サーヴァントを日曜大工に使っておいて」
屋敷の電化製品全てのメンテナンスに飽き足らず、
無理矢理買い叩いてきたおんぼろの戦利品を直させるのはどうか。
「うん、充分よ。ありがとアーチャー」
………結局その笑顔には、勝てないことも解っているのだが。
 



07.落ちたりんご

熟れた林檎が実にあっさりと、地面に落ちて潰れる姿を覚えている。
紅いその姿が何の躊躇いも無く夜の街の海へ飛び込むその姿を見て、ぎしりと一瞬心臓の傍の刃が軋んだ。
当然と言えば、当然なのだけど。
彼女が何も言わなくても自分を信頼している事は。
私が自分の渇望する願いを叶える為には、彼女を裏切るしかないのに。
―――――紅い背中がゆっくりと光の洪水に沈んでいって、僅か一瞬の思考を切り。
その後を追い、自分も飛んだ。




08.伸びる影
 
夕暮れ。
山の上に向かう住宅街の坂は、人通りが殆ど無い。
「アーチャー、出てきて」
ブランクは一瞬、歩くわたしのすぐ隣に赤い外套を来た弓の騎士が現れた。
「如何した、凛?」
今まで隠していた姿は確かに其処にあり、わたしの影法師を追い抜いてするすると長身の影が広がる。
「うん、只それだけ」
「む?」
「何でもないわ。言わば心の贅肉よ」
二人きりで並んで歩いて喋ってるのに、影が並ばないのはおかしいじゃない。




09.辞書

魔術師たるもの、これぐらいの蔵書は必需品だと思うけれど。
感謝します父さん、これだけの量を残してくれて。
「凛! 待て、落ち着け! 気持ちは解るがそれはやめろ、本は飛び道具ではな―――ぐわっ」
律儀な性格が仇になったわねアーチャー。
いくら一騎当千のサーヴァントといえど、
これだけの量の本を全部抱えて受け止める事なんて出来るわけないでしょ。




10.追いかけても

いつでも、どこでも。
呼べばわたしの前に現れてくれた紅い背中。
それが今、凄く遠い。
あいつは只佇んでいるだけなのに、凄く、遠い。
追いかけても、
追いかけても、
追いかけても、
届かない。
ああ――――、また行ってしまう。




11.スニーカー

「凛、これも君の靴か?」
「え? ああそれ、体育の時用」
「ああ、成程。体操着と揃いなわけか」
「…ちょっとアンタ。今何か嫌な想像しなかった?」(むう)
「まさか。見なくても非常に魅力的だろうと思っただけだ」(にこ)
「っ…一言多いのよアンタは!!」
どう考えても親父発言なのに、嫌味が全く感じられなくて悔しい。




12.四角い箱

「はい、アーチャーこれ」
「む?」
「…何よ。早く受け取りなさいよ」
「いや、中身が何なのか知らなければ受け取りようが無いのだが」
「〜〜〜…、察しなさいよ日付で!!」
「―――ああ」
「らしくない事ぐらい重々承知よ、いらなかったらさっさと捨」
「ありがとう」
「………………………………」
反則だ。絶対反則だ。
そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔を繕えないまま、お礼を言うなんて。




13.止まれ

しがみついて泣いて叫んでしゃがんで首を振って駄々を捏ねれば、アンタは止まってくれるのかしら。
勿論、絶対にそんな事しないけれど。




14.カエル

「では、開けてみても良いのかな?」
「〜〜〜〜、どうぞっ。有難く頂きなさいよ」
「勿論」
がさがさ。
「―――――」
「…なんでそこで固まるのよ」
「否、ちょっと意表を突かれ過ぎた」
「なによ! 可愛いじゃないそのカエルチョコレート!!」
ミスマッチというか、他人に贈る物にその形状は如何かと言うか。
しかしこれ以上色好くない反応を返して取り上げられるのは避けたいので、大人しくその甘くてほろ苦い塊を口に放り込んだ。




15.原色

目の前が真っ赤に染まった。
紅い外套の中に抱き込まれたと気付いたのは、一瞬後だった。




16.80円切手

「アーチャー、ちょっとあーんして」
「は?」
「ほら、あーん」
「………(ぱか)」
「よし」
ぺっ。
「んがっ?」
「あ、馬鹿口閉じないでよ」
「〜…何のつもりだ、凛」
「わたしそれ舐めるの苦手なのよ。不味いから」
「…凛。君は一度サーヴァントというものの存在価値を考え直した方が良いぞ」
「使い魔でしょ? スポンジの代わりにもなるなんて便利ねぇ」




17.黄色い傘

魔術師だって、雨の日の防備手段は傘ぐらいしかないのだ。
「ああもう、こういう日に限って買い忘れなんてするんだから」
自分の遺伝的欠陥がこういう時かなり腹立たしい。
『だから毎回一度袋の中を見ろと確認しているのに、こうなのだからな』
「煩い、黙ってて」
霊体になれば風雨もお構いなしな従者もとても腹立たしい。
強い風に傘を両手で押さえながら、出来る限り泥跳ねがソックスについていない事を祈りつつ家路を急ぐ。
帰る最中の大通り。
「あ」
『む』
同時に声を上げた。唐突に近くに落ちてきた、突風に煽られた子供用の小さな黄色い傘。
道路の向こう側、尻餅をついた子供がもたもたと立ち上がり、自分の傘を目掛けて駆け出す。
――――こちら側、即ち大通りの真中へ向かって。
「―――アーチャー」
わたしが名を呼ぶと同時、下手すればそれよりも早く、彼は動いていた。
ぶわっ、と先刻とは逆方向の風が吹き。
傘は、持ち主の下へ元通り帰りついていた。
嬉しそうに自分の傘をしっかり持ち直す子供を見届けたところで、近くに気配が帰ってくる。
「さ、帰りましょ」
『ああ』
我ながら単純だと思うけれど、これしきの事で急ぐ足取りが軽くなる。
従者の声もいつもより明るい事も、今は指摘しないでおいてやろう。

 


18.ハニー

「凛」
「何? 今機嫌良いから、ちょっとしたことなら許してあげるわよ」
サーヴァントに昼食を作らせ、満足げにそれを頬張る主。
流石にパンまで手作りとはいかなかったが凛のお気に入りの店のトーストだし、
蜂蜜は主秘蔵の薔薇の蜜のみを集めさせたとっておきなのだから、
これで不味く作ったらどんな目に合わされるかしれなかったが、どうやら満点を頂けるらしい。
これでわざわざ機嫌の波を下げるのは避けたいが、しかし。
「…いくらなんでも3枚は食べすぎだ。太るぞ」
「いいの。甘いものの栄養は全部頭に行くのよ」
…おお、本当に機嫌が良かったらしい。これからの手綱取りにおける有効手段の一つと覚えておこう。
「アーチャー、おかわり」
「了解した」




19.満開の花

約束したことがある。
妹と、その使い魔と、彼女の愛する人と一緒に、毎年桜を見に行こう、と。
それは未だ魔術師として生きる自分にとって心の贅肉であり、
これ以上ない程大切な時間である。
それなのに、わたしは今一人。
皆と離れて、桜吹雪の褥に埋まっていたりした。
『春になったら、この辺り一面桜の山よ。綺麗だけど掃除が大変なのよね』
楽しみにしている事を悟られたくなくて、相変わらずな言い方になってしまったけれど。
『そうか。―――久しぶりに、見てみたいものだな』
本当に自然に、あいつの口から漏れたほんのささやかな願い。
たったそれだけしか言えなかったあいつと、
たったそれだけしか言わせなかった自分と、
たったそれだけのことすら叶える事の出来なかった自分に、ただひたすら腹が立つ。
だから今。
夕暮れの花吹雪の中、まるであの紅い外套が翻ったような錯覚を見てしまうから。
わたしは寝転がったまま、なるべく空しか見ないように集中していた。
頬に柔らかい花びらがくっついたので、これで誰にも見られないと安堵しながら。




20.空の向こう側 

気がつけば、また赤い空の下にいた。
そこが、自分の終着。
沢山の剣の墓場。空は只只高く、酷く赤い。
違和感などあるわけがない。
ここが自分の居場所なのだから。



ふと、懐が軽いような気がして、首を傾げる。
確か前は―――どれだけ『前』なのかはもう認識出来ないけれど―――何かを、持っていたような気がする。
それはとても大切なもので、
無くしてはならないもので、
磨耗し続ける自分を繋ぎ止めるたった一つのもので――――――
「――――何故」
それなのに、何故。
こんなにも自分の内は、満たされているのだろうか。
剣の軋む音しか聞こえなかった身の内に、心臓とは別の何かが温かく脈打っている。
「ああ―――大丈夫、だ」
誰に向けた声でもない。たった一人、赤い天蓋に向かって呟く。
「私はまだ、戦える」
無くしてしまったもの。新しく手に入れたもの。
途切れることのない修羅の道行きの中で、自然に笑ってしまえるほど、
それはとても、大切なものだったから。
「大丈夫、だから」
誰に向けようとした声なのか、それすらも認識出来なかったけれど。
空に向けて手を伸ばし、きっとその向こう側にいるであろう相手に、届かぬ答えを返した。