時計+人形

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Re.

深夜の境にもう少しで近づく時分。
赤い航空灯が灯るビルの上に、闇夜を弾き返す金色が翻った。
「――――ふん。愚劣な蛆蟲どもが」
遥か下の地を見下ろし、忌々しげに吐き出す。彼の目には、青白い人工の光を食い潰すかのように増え続けている紅い光点が写っている。
それは何に止められるわけも無く増え続け―――やがてこの世界全てを飲み尽くすだろう。
解り切っていることであるし、彼に止める気も無い。自分の力の及ばぬものであるという事には腹が立つが、何処にいようと自分が改変されるわけで無いことも知っている為、この閉じられた世界に対する憤懣はあまり無い。
どこに立とうと自分は原初の英雄王であることに変わりはないのだから。
そこまで考えて―――――しかし、ギルガメッシュは僅かに眉を顰めた。
この世界は、ありとあらゆる可能性を内包した街。違和感を持ちながらも皆、全てが揃ったこの街での生活を享受している。
その中に――――一つだけ、足りない。
否、足りないのではない。今のこのセカイは、それが欠けた―――無くなった状態でなければ成り立たないセカイ。既に完成されていて、それの入る隙間はどこにもない。
何故なら創造主が願いを叶える為には、彼はどうしても■ななければならなかったから。
ぎ、と唇を噛んだ。糸切り歯が皮膚を噛み破ることにも構わずに。
このセカイに彼がいないことも、その事を不満に思っている自分も、全てが腹立たしい。
完全なる自分に空虚が存在し、その穴を埋める術が無いことも。
何より。この喪失は、嘗て自分が神に味合わされたものに酷似していることも――――――――――
「下らぬ。このような児戯に付き合っていられるか―――」
それだけ言い捨てて、ギルガメッシュは自分の宝物庫から一つの杯を取り出し、何の躊躇いも無く一息で呷った。その勢いのままに、がしゃんと宝石で編み上げられた美しいその杯を地面に叩きつける。
力任せに砕かれた杯がその欠片をきらきらと辺りに振りまく頃には――――彼は、あどけない顔をした少年に姿を変えていた。
「―――全く。我が事ながら、滅茶苦茶だなぁ」
はぁ、と呆れたように困ったように溜息を吐きながら、少年に姿を変えたギルガメッシュは呟く。彼が呷ったのは正しく若返りの妙薬、嘗て魔女メディアが姦計の為に創り上げた秘薬の原型。
「生憎ボクには、まだそこまで言える大切なひとなんて、存在しないから解らないけど」
未だ無二の親友にも、仮初と言えど主従の契りを結ばんとした男にも、まだ顔を合わせたことがない少年は。
「―――あ、そうか。だからなのかな、ボクがここまで戻ったのは」
最初から手に入っていないものなら喪失を味わう必要がない。
そんなまるで子供の言い訳のような行動をしでかした王―――即ち自分に向けて、金色の少年はくすりと邪気の無い笑みを見せた。