時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

バブリーズ/バスルーム

石造りの荘厳な教会はその重厚さに比例するかのように、奥の部屋へ行く程太陽の光を拒む。
昼間であれど、本を読むためには明かりが必要になる。尚且つここで多用されているのは古風な燭台に灯された蝋燭で、たかが数本ではとても部屋の闇全てを払拭する事など出来ない。
しかし、この部屋の主である言峰にとってはそれで充分だった。羊皮紙を束ねて作られた、経た時間だけは大層な本を片手で持ち、眉根一つ動かさず揺らめく光でそれを読み進めている。
明かりに照らされた顔は彫像の如く動かず、指は規則正しくページを捲るのみ。どこか、生きている事を感じさせないような無機質な空間。
それが―――不意に揺らいだ。
一瞬の違和感の後、扉も窓もその身を少しも動かす事の無いままに、部屋の中にもう一人存在が現れた。柔らかな金の髪を靡かせ、痩躯を翻し、最古の英雄王―――ギルガメッシュが。
彼は令呪という頚城を付けられても尚、当然と言えば当然だが、縛される事を拒んだ。敵の前に姿を見せぬのならば構わない、という主の言葉に従い―――彼の場合はけして従った、のではなく意見が一致したから、なのだろうが―――、注意を払いながらも毎日のように街に出て歩き回っている。何せ嘗て世界の全てを手に入れた黄金の王、彼の持つ絶対の黄金率はこの資本主義国においてサーヴァントとしての力以上に強力なので、行動を制限されることはない。気紛れに主に土産を買ってくることすらある。
しかし今日はどうやら不機嫌なようだ。その機嫌の波は、帰ってきた王に対し主が全く反応を示さずずっと読書を続けている事によって更に下がったようだった。ずかずかと大股でギルガメッシュは言峰に近づき、ぐいっとその肩を掴む。僅かに開いた本と言峰の胸の間に、躊躇い無くどすんと腰を降ろす。
「…帰ったか、ギルガメッシュ」
その時始めて存在に気づいた、とでも言うように言峰が口を開く。無論そんなわけが無く、単に無視される事を何より嫌う英雄王に対する嫌がらせだ。ギルガメッシュはふんと鼻を鳴らし、椅子に座ったままの言峰の膝に横から座り、堂々と本を持った方の腕に背を預けて足を組んだ。相手が身を落ちつけたことに気づいたのか、かなり不自然な体勢のまま――何と言峰は読書を再開してしまった。それがますますギルガメッシュには面白くない。余人に断りも無く話しかけられる事を嫌うが、同時に無視される事にも腹を立てる。単純な話、自分以外の存在は自分の思った通りに動かなければならない、否動いて当然と思っているのがギルガメッシュという男なのだ。
徐に未だ言峰の手の中にあった本を乱暴に抜き取り、壁に向かって放り捨てる。本如きに視線を奪われるのは我慢ならん、とでも言うように。
「如何した。かなり荒れているな」
ようやっとからかうことを止めたようで、言峰は僅かに身をずらしてギルガメッシュの細腰に両腕を回して軽く引き寄せた。その対応はおめがねに叶ったらしくやや満足げに息を吐いてから、ギルガメッシュはきっぱりと告げた。
「これが荒れずにいられるかたわけ! 嘆かわしくて笑いも出ぬわ、たかが2000年程度でこの世は全てソドムへと堕ちたか!」
未だ怒り冷め遣らぬ、感情満載の王の言葉を要約するとこうである。
即ち―――いつも通り昼間から若者が集う繁華街まで足を伸ばしていたら、身の程知らずのチンピラ達に声をかけられたらしいのだ。曰く―――「兄ちゃん、いくらだ?」と。
その余りにも筋違いな台詞に不覚にも一瞬反応が遅れてしまったギルガメッシュに対し、男達は場慣れしている分素早く動いた。彼等はこともあろうに、
「こともあろうにこの我の身体に許しも無く触れおったわ! 思い出すのもおぞましい、下らぬ薄汚い欲しか詰まっておらぬ肉袋どもがっ!!」
「…それは災難だったな」
とても慰めているとは聞こえない、感情の篭らない声で言いつつ言峰はギルガメッシュの背を軽く撫でてやる。勿論この場合の「災難」はその浅慮で不幸な男達に向けている。それに気づいているのかいないのか、更にギルガメッシュのテンションはヒートアップする。
「この我自ら手を下すにも腹が立ったが、この手で触れるのも我慢ならん故我の財宝を叩きつけてやったわ! あのような雑種に我の力を無駄に使った事が返す返すも腹立たしいッ!!」
「街中で宝具を使ったのか? やや短慮だったな」
「たわけ、他人に見られるようなへまはせぬわ。家畜以下のモノどもにはあれ以上、空気一つ吸わせるのも惜しいからな」
「ふむ、ならば良いが」
どこと無くずれた会話が続き、不意にギルガメッシュが言峰の首に両の腕を回した。
「如何した?」
「不快で仕方がない。湯汲みの用意をしろ」
「心得た」
僅か数センチの間で鼻先を合わせたまま告げられた従者からの命令に、言峰は頷いてそのまま立ちあがる。勿論その腕に、かの英雄王を抱え上げたまま。






ちゃぷり、と小さく水音がする。
泡がこれでもかと詰まった西洋風のバスタブの中で、ギルガメッシュは彼にしては珍しく大人しくしている。ゆるりと泡を零しながら、英雄と呼ばれるにはやや不似合いな程に細くて造形美を持つ腕を伸ばすと、上着を脱いだだけで風呂場に入っていた言峰が、手布でゆっくりとそれを磨く。
見た目を比べれば言峰の腕の方がずっと太くて無骨。しかし同時に不似合いな程繊細な動きが出来るその腕を、ギルガメッシュはわりと気に入っている。
「悪くないぞ言峰。褒めて遣わす」
「光栄だな」
自らの身体を磨かれる心地よさに、満足げに笑ってギルガメッシュが彼にしては最大の賛辞を送る。対する言峰は淡々としたもので、ただ黙々と作業を続けている。
その反応はやや不満だったらしく、ギルガメッシュはにぃっと口の端を歪めると、「言峰」と主の名を呼んだ。
自然に言峰が俯いていた顔を上げると同時に、ギルガメッシュはその両腕を言峰の頭に伸ばす。言峰が事態を把握できない内に、腕に力を込めて思いきり自分の方へ向かって、引く――――!



ざばしゃんっ!!



「…何のつもりだ」
腕はすぐに解かれたので、ざざざ、と水と泡塗れになった頭がゆっくりと起き上がってくる。ギルガメッシュは少しも臆した様子は無く、彼の顔に張りついた髪を除けて視界を開くと、王の顔で笑った。
「無粋な。ここまでされて解らぬか」
「ふむ…」
軽く片眉を上げてから、言峰は狭い湯船の中で体勢を立て直すと、徐に上半身を包んでいたシャツを真ん中から裂き、外に放り捨てた。
服の下から現れた逞しい身体を見遣り、ギルガメッシュは自然とそこに近づいて胸板に軽く爪を立てた。
「いつ見ても、中々のものよな。その内なる身に黒き心臓を飲みこんでいる輩の癖に」
まるで猫が甘えるように顎をその盛りあがった胸に擦り付け、挑発的に笑う。言峰も僅かに顔を綻ばせ、自分の腕の中にすっぽりと収まる細い身体を抱き寄せる。
「それを私に与えたのはお前ではないか?」
「然り。それにより貴様は生き延びたのだ、感謝するが良い」
軽口を叩き合いながら、ゆるりとお互いの手を肌に添わせる。ちゃぷりと僅かに水面が揺れた。
「…何処を触れられた?」
「…っ、今聞くか、たわけ…」
ゆるゆると胸を撫でてくる腕に僅かに喉を仰け反らせながらも、眉間に皺を寄せてギルガメッシュが返す。言峰は却って楽しそうに、その喉の膨らみに軽く歯を立てた。
「何、嫌な感触は消してやろうと思ってな」
「必要な、いっ! ん、ぅ…ッ」
きゅ、と胸の尖りを捻り上げられて、ギルガメッシュの息が引き攣る。やられっぱなしは我慢ならないので自分も手を伸ばそうとするが、それより先に身体を反転させられ、後ろから抱きこまれた。
「言みっ…は、ぁあっ!?」
抗議しようとした声が嬌声に変わる。後ろから抱えられた腰を、両手で撫で上げられたからだ。相手も弱点の場所は心得ているので、確実に追い詰めることが出来る。それなのにその手はもどかしいほどゆっくりで、尚且つ僅かにその場所をずらして刺激を与えてくる。
「キ、サマ、手を抜くなといつもっ…くァっ!」
焦らされるのを嫌い、肩越しに狼藉を働く相手を睨むと、満足げな笑みで返され。不意に湯の中、奥まった部分に太い指が押し込められて腰が揺れ、ばしゃんと足が水面を跳ね上げた。更にそこで終わらず、蹂躙者は湯と泡の滑りを借りて容易くその数を増やし、潜りこんでくる。
「ふァ、く、痴れ者がァっ…! 止め、ろっ」
「おや、手を抜くなと言ったのはお前だろうに」
「おのれェ…っぅ、ああっ!?」
揶揄するような声に歯を噛み締め、本気で殴ってやろうとした瞬間、かなりの数で入っていた指が一斉に抜き取られた。内臓を引き摺り出されたように錯覚し、尚且つそれを許さないとでも言うように、身体の奥に生温い湯が進入してくる。その多分なる気色悪さと完全に消しきれない快楽が、ギルガメッシュの脳髄を苛む。
「く、ふ、ぅー…っ…はぁ…」
どうにか感覚をやり過ごし、大きく息を吐く。そしてふと、身体中に与えられていた刺激が全て引いたことに気づく。最初は呼吸を整える為に有り難かったが、中途半端に煽られた火はそう簡単には消えてくれない。
「言峰ェッ…!」
ぎりぎりと歯噛みして不届者を睨みつけるが、当然その程度でこの相手が堪えるわけもない。むしろ心底楽しくて仕方がない、という笑顔でこうのたまってきた。
「止めろと言われたから止めたのだが? 全く我侭な奴だ」
「黙れっ、この…!」
未だ弾んでいる息を飲みこみ、ギルガメッシュが乱暴に湯船から飛びあがる。このまま良いように扱われるのは我慢ならなかった。如何する?とばかりに余裕を崩さず、湯船の壁に背を預けている不遜なる男の膝の上に腰を降ろした。
「―――ほう?」
に、と端を緩めたその口の上に、乱暴に自分の唇を押し重ねて。僅かに腰を浮かせ、湯の中で既に天に向かって聳えていた楔で、自分の中を穿たせた。
「く、あァっ…! は、これでも、余裕を持てるか…?」
同じくにやりと笑い、ギルガメッシュは自分の余力を考えずに腰を動かす。上下だけでなく捻りも加え、相手の蜜を吸い取ろうとするかのように浅ましく激しく動いた。
「、ふ」
僅かに快楽に塗れた吐息が言峰の口から漏れ、満足した瞬間、
「っ、ぅあ!? あアっ!! アッ!!」
不意に下から突き上げが来た。一番奥まった所に有るポイントを突かれ、ギルガメッシュの背中が海老のように反る。
「か、はっ、ふク、ゥっ、ン―――…ッ!!」
抽出は容赦なく、隘路を蹂躙し続ける。あまりの刺激の強さに、生理的な涙がギルガメッシュの眦に浮かぶと、それでも満足そうに言峰はそれを唇で拾って吸い取る。
どちらからともなく腕を相手の背中に回して、最後の時を迎えた。





「おのれ…この痴れ者が、万死に値するぞ…」
淫らな一時が過ぎ去った後。
風通しの良い部屋のソファにぐたりと横になったまま、かの英雄王は呪詛を呟き続けていた。
「サーヴァントが逆上せる光景など、滅多に見られるものでは無いな。興味深いものを見た、感謝しよう」
一方満足げな笑みを絶やさず、それでも言峰は床に座ったまま、ギルガメッシュの赤くなった顔を団扇で仰いでやっている。
「黙れ…貴様のせいであろうが…」
「無論だ。詫びに棗でも買ってきてやろう。この国の瓜も気に入っていたな、どちらが良い?」
「たわけ、両方に決まっておろう…あるだけ買ってこい…」
逆上せて意識を朦朧とさせながらも傲岸不遜な態度を崩さないサーヴァントに。
言峰はまるで放っておいた愛玩物を甘やかしてやるかのように、濡れた金の髪の纏わりついた額に軽く口付けを落とした。