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トゥギャザー(Zero未発表時の第4次捏造有)

「―――あの雑種の仮初の僕となれと?」
薄暗い地下聖堂、死ぬに死にきれぬ魂達が悶え苦しむ煉獄にて。
おぞましきその場を全く意に返さぬように―――実際意識を向ける事など無いのだろうその男は、剣呑な台詞と裏腹に愉快そうに笑い、暗闇でも輝きを失わぬ金色の髪を揺らした。
「ああ。少々計算が狂ったが―――ここでお前の姿を現しておいた方が良いだろう」
その男が相対する闇が応えた。否、暗闇に溶け込むような黒衣と黒髪の男が応えた。偽りの笑顔でも凍りの如き鉄面皮でも無く、ほんの僅かだけだけれど驚いたように眉根を上げていた。それは彼にとっては非常に珍しい、「素」の表情といえる
ものだった。
そうなったのには当然理由がある。自分の提案がこの目の前の英雄王に通じるとはとても思っていなかったのだ。無意識のうちに、今は別の印が記されている腕を服の上から撫でるぐらいには。その仕草が何を示すか理解している金色の王―――ギルガメッシュは、心底おかしそうに肩を震わせて笑った。
「は、はははは! 珍しいモノを見たぞ。悪くない、褒めて遣わす」
笑顔のまま、彼は黒衣の肩を片手で掴み、自分の方に引き寄せる。抵抗は勿論無く、鼻の頭が触れあうぐらいの位置に顔同士が近づいた。
「あれの戯言は聞いていた。それなりには気に入ったぞ、―――道化は踊りが上手くなければ務まらん」
自らと世界の軋みを正そうとせず只悪態だけを吐く少年は、彼の玩具として認識されたようだった。黒衣の神父―――言峰はふむ、と息だけで答えて僅かに思考を巡らした。
先刻の表現は少しおかしい。
何故ならこの世界全てのモノはとうの昔に、彼の玩具でしかないのだから。
3つの令呪という絶対的命令権を持つマスターさえも、彼にとっては僕に過ぎない。



そう――――、あの時、十年前から、そうだった。










「無礼者、我の許しも無く死ぬつもりか」
心底不快そうに、金色の英雄王はそうのたまった。
その声に意識を引き上げられた言峰は、頬に当たる水滴に漸く瞼を持ち上げた。
辺りは、一面の焼け野原。未だ燻る材木と恐らく人の脂の臭いが充満して、息がやや苦しい。
ぎしり、と軋む音を立てて言峰は身体を動かす。
身体中が重い。比喩でなく、ありったけの泥を身体中に詰めこまれた。
剣を持つサーヴァントの一撃で、聖なる名を冠す杯が砕け散った瞬間――――そこから吹き出した真っ黒な泥が、自分と自分のサーヴァントを直撃した。
それは、後に「この世全ての悪」と明言される人間の悪そのもの。並みの人間では―――否、例え英霊達ですらまともに飲みこまれたら意識を崩壊させてしまうだろう質量とその重さ。
それを浴びたにも関わらず今、ゆるゆると身体を起こしたマスター―――言峰綺礼は、まるで何かを味わうかのように唇を閉じたまま曇天を見上げ。
―――とても、満足げに哄っていた。
「やはりこの程度で命は落とさなんだか。褒めてやろう言峰」
やがて、目の前に堂々と立っている金色の髪の男に言峰は視線を動かす。本来主に傅く筈の、聖杯戦争に呼び出されたサーヴァント。しかし彼は主の安否を気遣うわけでもなく、主と同じく満足げに笑っていたが―――ふと、眉を顰めて、自分の服の裾を軽く払う。どうやら煤がついたのが不快だったらしい。
戦争に破れ、主が瀕死の状態でありながらその傲岸不遜の態度に、言峰は注意も何もしなかった。それが当たり前のことであったし、何しろ今はそれどころでは無かった。
言峰が考えていたのは只一つ、あの汚泥の――――
「お前も見たか」
「ああ、見た」
立ち上がりながら問われ、相手の服の煤を払いながら答えた。金色の王は満足げに顎を逸らし、誇らしげに手を掲げ宣誓した。
「面白い―――まさかここまで来て、最後の願いが叶うとは思わなんだぞ!!」
「―――最後の?」
訝しげに首を傾げ、言峰はすぐに気づいた。未だに聖痕の熱を告げる片腕は健在で、寧ろ熱が高まっているような気すらする。そもそも何故、聖杯が崩壊したのにそれによって生み出されたサーヴァントが未だ顕現しているのか――――
「英霊としてこの地に受肉したか」
「そうだとも! 嘗て忌まわしき蛇に奪われた不老不死、まさかこのような俗世にて手に入るとは!」
何故か、は解らない。只この英雄王の仮初の肉体は、悪の泥に汚染され、それを受けとめる器となってこの世界に留まることを果たしたのだ。それは大変喜ばしい事だった―――ギルガメッシュにとっては勿論、言峰にとっても。
「悦ぶが良い、言峰。最早貴様の萎びた魔力等必要ない。―――その不細工な痣もな」
頭一つ背の高い言峰をまるで見下ろすかのように顎を逸らせ、ギルガメッシュはごく自然に、服が燃えて剥き出しになった、確りと筋肉のついた言峰の腕を手に取る。その内側に、英霊を御せる証である紅い痣が浮き上がっていた。3つの使用回数制限がある筈のそれは、1つも輝きを失ってはいない。
それを視界で確認して、ギルガメッシュは露骨に眉を顰めた。普通に考えて、自分の自由意志を奪う忌まわしきその印に対し不快感があるのは当然だと思うのだが――――
「我のモノに傷はいらぬ。今すぐ捨てろ」
その命令は、あまりにも簡単で、驚くほど信じられない代物で、だからこそ酷く彼らしいものだった。
この傲慢なる王は、只単に自分のマスター=自分のモノに、自分がつけたもの以外の傷があることが許せないらしいのだ。それが例え、自分を戒める令呪であろうとも。
「…確かに。心得よう」
そして驚くべき事に、対してやはり彼らしく、言峰も是と返した。自分の痣の上にもう片方の手を翳し、軽く念じる。それだけであっさりと、残存魔力によって繋ぎとめられていた令呪は、あっさりとその姿を消していった。
と、その瞬間満足げにギルガメッシュは笑い。
躊躇いなく、嘗て痣のあった場所に口付けた。まるで、自分の言う事を聞いた愛玩物を愛であやすように。
「さて。これから如何する?」
口付けを受けても眉1つ動かさず、いつものように淡々とした口調に戻り言峰が問う。
「決まっている。着替えと湯の用意をしろ。いつまでもこのような乱雑な場所にいられるか」
がらり、と炭化した瓦礫を蹴り落とし。
最早何のしがらみも無くなった筈の二人は、何の躊躇いも無く同じ方向へ歩き出した。







きり、と僅かな痛みが腕に走り、言峰は僅かな思考の旅から戻ってきた。
何時の間にか側に近づいたギルガメッシュが、服の上から自分の腕をさりさりと噛んでいた。――嘗て彼を律する痣のあった場所を。
今現在そこには、別の刻印が刻まれている。他者から奪い取り、無理矢理矜持を変えさせた槍の騎士の令呪が。
「それでは始めるか、言峰。10年、悪くはないが退屈過ぎた。たっぷりと楽しませて貰うぞ?」
腕を取ったまま剣呑な笑みを浮かべる傲慢な従者に、言峰は僅かに笑い。
取られた手を伸ばし、軽く金色の髪を梳ると、すぐに離して自分よりは幾分小さな手を取る。そして躊躇わず、その手の甲に自分から口付けを返した。
最早、お互い言葉を交さずとも、それだけで充分だった。
求めるものも、求める理由も、食い違っている筈なのに。二人が行おうとする行為に、何の齟齬も無いのだと。
きっとそれが、それだけが。
今ここに居る意味になるのだろう。