時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

風の無い日の雨は、窓にぶつかる事無く地面に落ちて行く。
まるで、雨の中に沈んでいるように錯覚する。




「…詩人だね、コクトー」
面白くも無さそうな呆れ声で、シーツに頬をくっ付けたまま式は呟いた。
冬が開け、春が過ぎ、梅雨が来ても、黒桐幹也と両儀式の関係は早々変わるものではなかった。
たまに学校に行ったり行かなかったり、たまに橙子から厄介な問題を持ちこまれたり持ちこまれなかったり。
ただ少しだけ変わったところといえば、こうやっていつものように式の家に遊びに来た際の幹也の定位置が、「床の上に座る」から「ベッドの上で寝そべる」になったことぐらいで。誤解の無いように言っておくが二人とも着衣をつけているし、そういう行為をする前でもした後でも無い。
お互いのテリトリーが隣触した、とでも言えば良いのか。ベン図のA∩Bの部分がこのベッドの上ということなのだろう、多分。
枕に上半身を預けたまま、自分の脇の下辺りに丸まっている式の身体を見下ろしながら幹也が問う。
「知らない? 昔、流行った歌にあったんだけど」
「なんだ、パクリか」
容赦なく断じてまた目を閉じてしまった式に、幹也の首がかくんと落ちる。
「そんな身も蓋も無い」
「事実だろ」
そこで会話が途切れ、電気をつけていない部屋の中―――即ち雨が降る前に幹也が遊びに来て、それ以降二人ともベッドの上から動いていない―――雨の音だけが聞こえる。
「――――――――雨は、嫌いだ」
「うん。僕も」


お互い、雨にはそうそう良い想い出は無い。

或いは、傷つけたり。

或いは、傷つけられたり。

或いは、大切なものを失ったり。

或いは、大切なひとを失ったり。

雨の日は、そんなことしか起こらない。


「…………でも」
「うん」
「識は、雨が好きだったんだよ」
「…そうなんだ」
「うん」
雨の日にいなくなった、大切な友人は、雨が好きだったと式は言う。
「太陽は、自分に突き刺さる。月は、自分が暴かれる。雲は曖昧、雪は優しすぎる。アイツは、雨が好きだったんだ」
それは、つまり。
あのいとおしい殺人鬼を包みこんでくれるのは、温もりではなく、冷たい雨しか無かったということだろうか。
「………雨に包まれるのが、好きだった?」
「うん」
「優しいから?」
「冷たいから」
いつのまにか、幹也はゆっくりと式のざんばら髪を撫でていた。式も何も言わず、目を閉じたままされるがままになっている。
この手の温もりがアイツに届けば良いと、もうこの世界のどこにもいない彼に向かって祈っていたから。
「雨に、打たれたい?」
「―――少し」
「風邪ひくよ」
「平気だ」
「いや、僕が」
「………そうか。じゃあ、やめよう」
「うん」
彼と違って自分達には、たった一人で冷たい雨に打たれる勇気は無い。
「…まだ、アイツだけ。雨の中にいるような気がするんだ」
「…そっか」
ころり、と幹也が身体を横に倒した。そのまま、そっと両腕で柔らかく、式の頭を抱き締める。
「…………冗談だ。もう、アイツはどこにもいない」
「…うん。そうだね…」
抱き込まれた式には、幹也の顔が見えない。だが式には、幹也が泣いているのが解った。


――――――ありがとう。私の代わりに泣いてくれて。


自分には、涙を流すことなんて出来ないから。
「どこにも、いないんだ」
「うん。うん」
式の両手が、幹也の首に回った。幹也は腕を式の背中に回し、横にお互い向き合ったままぴったりとくっついた。
そのまま二人で目を閉じた。




目を閉じよう。耳を欹てよう。雨に包まれてしまおう。
あのつめたいせかいにいたまましんでしまったひとを、悼むように。