時計+人形

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弓兵&槍兵共闘ルート

―――どうしよう。
土着の幼き魔術師は、途方に暮れていた。
この偽物の戦争における、目的や決意を見失ったわけでは無論ない。
ただ今、この状況において、自分は一体どうするべきなのか。
それだけを考えて、途方に暮れていた。




目の前には、天蓋に彩られた豪奢な寝台が一基。ティーネぐらいの体の大きさならば、楽に十人が寝ころんで寝返りを打てるほど広い。
この土地を蹂躙した肌の色の違う者たちが持ち込んだ、天まで届くやもしれぬ鉄塔の中に設えられた宿、その一番広い部屋に置かれるだけの広さと柔らかさをもった寝台だった。
それだけでも充分、空と大地の柔らかさに慣れたティーネの瞳はちかちかとしてしまうのに、更に今は豪奢さが一際増している。
そのど真ん中に悠々と寝そべり、薄布一枚纏って満足げに笑う己の王の輝きのせいで。
この街で一番天に近いこの部屋は、どうやら英雄王のお気に召したようだった。とりあえずティーネはその事に安堵するが、同時にかの王の上機嫌の理由は、それだけでは無いことも当然気づいている。
王の隣には、同じように寝転がる人影がもうひとつあった。
それだけでも、驚愕に値することだ。この世界の頂点に君臨する英雄王の隣に寄り添うものが存在するという事実だけで。
薄緑の長い髪が、まるで樹木の枝葉のように滑らかに寝台に散っている。自分の髪に包まるように体を丸めていたそのひとは、まるで獣のような仕草でごく自然に、寝ころんだままのギルガメッシュの胸元に頬を擦り付ける。
とんでもない不敬であるはずのその行動に、しかしギルガメッシュは寧ろ満足げに頬を緩め、その髪を軽く引っ張って遊ばせている。互いの唇からは堪えられないといわんばかりに、笑みと満足げな吐息が零れ落ちていく。
その信じられないけれど、とても美しく見えてしまう光景に、思わず見惚れてしまっていた自分に気づいたティーネは慌てて視線を下げた。
彼の正体は、もう理解している。かの王がここまで無防備に、無邪気といっても良いほどに、その身を預けてしまえる存在と言えば。
数奇な運命により巡り合い、永遠の別離を味わった、英雄王の無二の友しかいない。


―――神の作りし泥人形、エルキドゥ。


自分の座り込んだ毛足の長い絨毯に視線を落としながら、ティーネは耳障りにならないようになんとか溜息を喉で潰した。
あの渓谷の岩屋で王に忠誠を誓って後、放たれた咆哮を追ってギルガメッシュはすぐさま行動を開始した。それは咆哮を放った相手も同じ気持ちだったらしく、程無く二人は再会を果たした―――故郷より遠く離れたこの地で。
その存在を目にし、ティーネにはこの美しい人形としか思えぬ青年が、力だけならば決して己が王にも劣らぬ存在であることにすぐに気づいた。そしてマスターに与えられる特殊な能力看破をもって、彼自身の正体にも気づくことができた。
正直どうなるのか、全くわからなかった。生ある頃に無二の友だったとしても、今は聖杯戦争に集う敵同士。如何なる戦いとなるのか、いくら泰然としても齢12の少女にはとても想像が出来ない。
一定の距離を取って、金色の王と緑の奇人は向かい合い―――


ダッ!!と同時に駆け出し、目にも止まらぬ速さでその距離を詰め―――



ごっ。



と、互いの拳を互いの頬に炸裂させた。
ティーネにその手の知識があれば見事なクロスカウンター、と形容できたそれは驚くほど綺麗に決まり、二人の体は同時にどたん!と地面に尻餅をついた。
「―――ク」
王として無様な姿を晒してしまったはずの金色の王の口から、呼気が漏れる。
「―――ふ」
同じように地べたに足を放り出している銀緑の人からも、同じく。
「ク、クク、ははははははっ!!」
「ふふ、ふ、あはははははは!!」
そして同時に響いた笑い声に、ティーネは年相応に驚いた顔を見せてしまった。その笑いがあまりにも―――ただおかしくて堪らない、という何の含みもないものだったから。
王の矜持も嘲りもない、そんな笑い声をあげたギルガメッシュは、くつくつと喉を鳴らしながら立ち上がる。
「さて、何か申し開きは有るか? 我が友よ」
悠々と手を差し伸べ、誘うように問う王に、嘗て人形であった筈の彼は本当に嬉しそうに微笑み。
「まずは、謝らせてほしい。―――遅くなって、ごめん」
心の底から、そう告げて深々と頭を下げた。
「ああ、全くだ。遅すぎる。この我をこれだけ待たせたのだ、そう簡単には許してやらぬ」
言葉だけなら責めているようだが、ギルガメッシュの顔は満面の笑顔だ。地に座ったままの相手の上げた顔も笑っている。笑顔のまま小首を傾げ、「どうすればいい?」と聞いてくる。
臣下にして友の声を受けた王は満足げに頷き、ぱちりと指を鳴らしながらもう一人の忠臣を呼ぶ。
「ティーネ」
「ぁ――っ、はい!」
目の前で繰り広げられた光景に呆然としていた少女は、王の言葉で意志を取り戻した。それが当然とばかりにギルガメッシュは更に言葉を重ねる。
「宴の支度をせよ!」




―――そしてティーネの一派が用意したこの場所で、酒宴が開かれた。ホテルといえど田舎町の料理が王の舌に適うのか非常に不安はあったが、エルキドゥはどれも美味しそうに平らげてくれたので王の不興を買うことは無かった。酒だけは王が我慢ならなかったらしく、自らの蔵から出した蜜酒を友のみに振舞っていたが。
そうやって酒を酌み交わしていた時はそれなりに色々と言葉を交わしていたが、二人で服を脱いで寝台に上がった後は――色々な意味でティーネは度肝を抜かれて目のやり場に困ったが、生憎それを汲んでくれる相手はいなかった――それが当然とばかりに寄り添ったまま、殆ど口を開かない。戯れに相手の体に触れて、満足げに笑う。それを繰り返している。
きっと、こういう行為が、当たり前だったのだろうとティーネも理解する。
遥か遥か昔、まだ人がこの地に生まれ落ちて間もない時代。
世界最古の都で、この二人はやはりこんな風に、誰にも立ち入れぬ絆を結び合っていたのだろうと。
しかしそれでも、やはり困る。
まだ幼いのに大人であることを自らに架してしまった少女にとって、この光景は綺麗すぎて―――少々刺激が強すぎる。
だからといって彼女に出来ることは、己が王に下がれと命じられるのを待つことだけだ。
と、そんな彼女の足元を、するりと絨毯とは別の毛足が撫ぜた。
「っ――――?」
危うく大声をあげる不敬を犯そうとした喉を何とか堪え、ティーネは視線を動かす。自分の座った足にまるで懐くようにぺたりとくっついている、銀色の毛並み。
見た目は、普通の狼にしか見えない。知識が無い者なら、大きな犬としか思わないかもしれない。
しかし、少しでも魔術の心得があるのなら気づくだろう。「彼」はれっきとした魔術回路を埋め込まれた合成獣であり―――尚且つ、この戦争に選ばれたマスターであると。
本来の聖杯戦争ではとてもあり得ないイレギュラーだが、元から偽りしかないこの戦争でそのようなことを気にしても始まらないのかもしれない。
そしてエルキドゥと共にここまでやってきたのは良いが、只管警戒を続け、落ち着かず辺りの匂いをひたすら嗅ぎ続けていたのだが、漸くこの場には危険がないと理解できたらしい。
更に困る要素が増えてしまったティーネの方は、いよいよ途方に暮れてしまう。
姿形が違おうと、自分たちは聖杯戦争に挑むマスター同士。即ち敵。
勿論、王が今戦いを望まない以上、自分が一人で息巻いても無様な道化になるだけだと理解している。では、どうすればいいのかというと―――やはり、解らない。
自分は覚悟を決めて、感情を殺して、一族の長となって、英霊に傅いて。
全部自分で決めて、選んだ道だ。想像を絶する程の険しい道だと、理解していた。
だからその道筋であるはずの場所で、こんなにも心穏やかに落ち着けてしまうと―――とても、困る。
僅かに触れた場所から伝わる獣の体温が、温かい。しかしティーネの魔術師としての腕が、その改造し尽くされてずたずたになっている合成獣の肉体の寿命を、正確に理解できてしまう。
「彼」自身はそのことを知る由もないだろう。そう思うと、ティーネは本当に遣り切れなくて――久しく忘れていた、他人に割く感情だった――まるで彼の見えない傷を癒すように、おずおずとだがそっとその銀の毛皮に触れて、撫ぜた。
ぴくんと一瞬獣の体が動いたが、ティーネが驚くより先にその力はゆるゆると抜けていく。
「彼」はちゃんと解っている。彼女が自分を傷つけないことを。
その事に我知らず安堵して―――ティーネはほんの僅か、自分では気づかないぐらい小さく、微笑んだ。
年相応の、無邪気な顔で。



己のマスターという従者の、そんな顔に珍しく気づいていたギルガメッシュは至極満足げに笑んだ。童は童らしくそうしていればいいと、言わんばかりに。
「いい子だね」
ひそりと、少女を脅かさぬ為に囁かれた無二の友の小さな声にも、鷹揚に頷く。
「当然であろう。我のマスターとしての席を許したのだからな」
本来ならば「主」である筈の相手に対し不遜にも程がある言い様だが、最古の王相手にそのような事を指摘するのも馬鹿らしい。勿論彼の気性も何もかも良く理解しているエルキドゥにとっては、久々の再会でも全く変わっていない彼らしさが却って嬉しく、誇らしい。
「―――僕の王。僕は君と一緒に行く。何処へでも、何処までも」
それは、紀元前から決まっていること。彼らは会うべくして会い、共に生きる。
しかしエルキドゥは、彼を独りにしてしまった。神の呪いはエルキドゥのみを犯し、王は独り残された。
決闘の決着でどちらかが死ぬというのなら、まだ良かった。与えられたのは理不尽な呪であり、神の子と人形であるというたったひとつの差異故に、二人は引き裂かれた。
静かなエルキドゥの声に、一瞬だけ遥か過去を思い出したのか、ギルガメッシュは僅かに紅い目を細め―――いつも通りの不敵な笑みで口元を飾る。
「戯け。我の友であるならば、二度とあのような無様な姿を見せるな」
咎めるように銀緑の髪を引き、米神に口付けるギルガメッシュの思いをどう受け取ったのか――逆に慰めるように、エルキドゥもその口元に口付けを返した。