時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

そこは、本来ならば迷える子羊達が神の教えを乞う為に訪れるべき、清廉なる白亜の教会だった。
しかし、その荘厳な建物の内部には拭い切れぬ違和感が在った。
思わず耳を塞ぎ目を閉じてしまいたくなるような負の感情。恐怖、孤独、怨嗟、悲痛。本来そのようなものが在り得ざるべきこの建物の中、まるで糊のようにべっとりと張り付いる。
そんなところで祈りを捧げる神父こそ、まさしく異端の存在と言えなくはないか。
この教会の持ち主、言峰綺礼は厳かに目を閉じ、礼拝堂に架けられた十字に向かってただ佇んでいた。
「―――」
不意に。本当に不意に、彼は目を開けた。間髪入れず、彼の目の前に据え付けられている祭壇の上の空間がぐにゃりと歪み、次の瞬間金色の髪の美丈夫が現れた。不遜にも神へ捧げる壇に腰掛け、悠々とその長い足を組んだまま、唐突に。
「面白いモノを見つけたぞ、言峰」
金髪の男は何の前振りも無く、自分の言いたい事だけを唐突に伝えた。彼が行う会話でそれはいつものことだったので、言峰は無作法を咎めることも無く淡々と問う。
「何だ?」
「もうひとつの聖杯だ。素体は悪くない、あの森に篭った愚者共のモノより数段上質だ」
「ほう。―――マキリか」
「ソレの名など知らん。だが素体自身に自覚が無い。我オレが話し掛けているというのに理解しきれていないようだった」
「あの老翁が動くか。少々厄介なことになりそうだな」
お互い言いたいことだけ言い合っているようだが、彼等の中で会話は成立しているらしい。僅かに俯き思考の渦に自分を投じた神父を見下し、金髪の男は呆れたように鼻を鳴らした。
「何だ? 今更アレを手に入れるつもりか。我にもお前にも、最早必要ないものだろう」
10年前、この街で起きた闇の中の戦争。それに駆り出された英霊とそれを駆り出した主であるこの二人は、破壊された聖杯から吹き零れたモノが何であるかを理解した。それは最早願望機ですらなく、その奥底に眠った「この世全ての悪」を生まれさせる胎盤と化していたのだ。決してそれを恐れている訳では無論無い。この二人にとって、沢山の魔術師が求めてやまないそれは最早「あれば少しは便利だろう」と言うぐらいの役目しか担わない。
「否、聖杯に興味は無い。だが―――アレが生まれるのならば、確かめるべき事象ではあるな」
沈思黙考を終え、一つ頷く黒衣の神父に対し、金髪の男は凶悪な笑みを浮かべる。不遜に祭壇に腰掛けたまま、軽く指を曲げて言峰を呼ぶ。仮にも主に向かってあまりにも無礼な態度だが、言峰は何も言わず歩を進めた。
男は満足げに腕を伸ばし、ぐいっ、と髪を一房掴んで引き寄せる。痛みに僅かに言峰が眉を寄せるのに構わず、唇が触れ合いそうな位置にまで顔を近づけた。
「生まれるモノがあるならばその存在を祝福すべき―――か?」
嘲りの篭ったその言葉に、言峰は頷くことだけで答えた。
「は! 誰よりも神を冒涜する殉教者が。馬鹿げ過ぎていて笑うことも出来んぞ」
心底楽しそうに、金髪の男は笑った。このどうしようもない「欠陥品」である自分の主が―――まるで愛しいと言うように。
「…暫くは目立った動きは取るな。お前はイレギュラーなのだから、その存在をもっと有効に活用すべきだ」
動揺の片鱗すら見せず、やはり淡々と言峰は返した。期待した反応が返ってこなかったのか、金髪の男は露骨に眉を顰める。
「―――その間、この我に暇を持て余せと言うのか。貴様が埋めろ」
従者からの命令と共に近づいてくる唇に、言峰は初めて笑った。僅かに口元を緩めるだけの、酷く小さな笑みであったけれど。
「承知した、ギルガメッシュ」
了承として彼の名を呼び、お互い瞳を開けたまま口付けをした。
「ふ…ッ」
決して乱暴ではないが強引な動きに、ギルガメッシュは満足げに笑い、口付けを受けたままライダースーツの上着を脱ぎ、床に投げ捨てた。下のシャツもボタンを外すことはせず、一気に引き開ける。ぷつんと釦が弾け、床にころころと転がっていった。それに合わせたように、言峰の大きな手が露になった肌の上に滑らされる。
「ふっ…悪くない。続けろ」
銀糸を垂らして唇が離れた際、一層高慢にギルガメッシュは言い捨てる。これ以上は動く気はないとばかりに、両手を脇について露骨に身体を晒した。
「ふむ」
言峰はまるで解体作業を行っているかのような淡々さで、従者であるはずの男の着衣をするすると脱がしてやる。同時に舌を肌に滑らせ、腹筋の辺りまでなぞり降ろした。
「っ―――…ッ」
僅かな喘ぎは、喉の奥で潰される。これしきの愛撫で意識が砕けてしまうほど柔ではない。英雄王として退廃の都に君臨していた時から、思いつく限りの快楽の追求は行った。大勢に挑んだことも挑まれたことも、獣や異形と試したことすらある。今更このような行為は、普通の部類にすら入らない。
10年前。自分を召喚しても眉一つ動かさず、只酷い矛盾を抱えたままの純粋さを持ち得たこの男に出会った時も、戯れに身を預けた。この生まれたときからの欠陥者が、完璧なる自分の身を求め縋るのは当然と言えど悪くはなかった。
しかし今、丁寧かつ静かに自分の体に愛撫を施していく男は、いつもと少し違うと感じた。いつも通りを装っているが、抑え切れぬ激情をどうにか殺しているような―――そんな圧迫感さえ漂っていた。
その緊張が、決して自分との行為が齎しているものではない事を理解し、ギルガメッシュは不愉快そうに、自分の股間に埋まっていた言峰の頭を鷲掴み、無理矢理上向かせた。何か、と目だけで問うてくる男に苛立ちが増した。
「無粋な。事の最中に他のモノなぞ思考に入れるな」
「ああ――これは失礼した」
慇懃に礼を取る言峰にフンと鼻を鳴らす。
「血が滾るのか。戦人でもあるまいに」
「確かに。幾分楽しいらしいな、私は」
人々の苦痛が幸福と感じるこの男は、これから怒る戦争に思いを馳せているのか。しかしそれ以上にギルガメッシュは、自分を抱いているはずの男が自分の向こうにいる何かを見据えているような気がして、一層不快になった。
同時に思い出してしまったからだ。自分が気に入り娶ろうとしたのを拒んだ剣のサーヴァント、その主であった男の顔を。真っ先に自分達に戦いを挑んできた、強き愚者の事を。
「―――っ、う!?」
不意に、身体を跳ねさせられた。無遠慮な太い指が、唐突に自分の中に押し入ってきたのだ。
「お前こそ上の空だったぞ。如何した?」
「ふん…ッ、お前が手抜きをするからだ」
「成程。心がけよう」
そのまま、言峰は再び相手を割り解す行為に没頭した。最早他のことに神経を割り裂くのは止めたらしい。ギルガメッシュも思考を切った。快楽を求める行為の最中に、相応しくないモノなど考えない。
「く…はぁ、ぁ―――…っ」
手加減なしに中をかき回される感触に、流石に息が上がってきた。この10年、下手をすれば一番触れ合う回数が多い男だ。お互いの弱点などとうに知っている。
「―――ふ、」
「? ん、う…ッ」
不意に、責める指が止まった。不満げに腰を捩るギルガメッシュに構わず、言峰は自ら神を奉ずるべき祭壇の上に腰を下ろし、その膝の上に自らのサーヴァントを促した。その口元に、確かに快楽に蕩ける笑みを浮かべて。
「ふっ…はは、本格的に神を冒涜する気になったか」
「ああ。手抜きはせん」
「期待しよう…っ、ふ、くゥ…ッ!!」
嘲りが嬌声に変わった。既に高く立ち上がっていた言峰の中心が、容赦なくギルガメッシュの中を貫いた。
「は……はぁ…ッ、ン!? くァ…ッ!!」
圧迫感に息を吐こうとしたギルガメッシュの喉が引き攣る。何の予告も無しに、無骨な両手で腰を掴まれて擦り上げられたのだ。いつになく容赦のない責めに、流石のギルガメッシュも苦しさに呻く。
「アッ…待、て…っ、かハッ! ア、ひ…ッぃ…!!」
更に下からも突き上げられて、思わず静止の声が漏れる。勿論それで言峰が止めるわけもなく―――寧ろ、非常に満足げな笑みをその顔に刻んでいた。
「あっ、ハァ、くふゥンッ…! こと…峰、貴様ァっ…!!」
形の良い尻を鷲掴んで振り上げ、悲鳴と共に上がる詰りを受けて。
「どうした、英雄王。もう降参か?」
「お…のれッ…アッ、ん―――ンッ!!」
このまま終わってなるものかとギルガメッシュは自ら腰を動かすが、それが却って自らの官能も高めてしまい高く喘声が上がる。ひくりと欲望の中心が痙攣するのに気付き、言峰は最早何も言わず快楽の果てを目指す為作業に没頭した。
「ヒっ! くぁ、ア、ハァ…ッ!! あ、もうッ…!!」
「構わん―――、気をやってしまえ」
「ッッ!!! ァ――――――…ッ!!」
求められ、望むがままに最後の律動を与えてやると、掠れた悲鳴を上げてかの英雄王は達してしまった。絞り上げるよう
な内壁の動きに、言峰の意識もすぐに飛んだ。





「…貴様。我の契約者でなければ五度は殺しているところだ」
未だ祭壇に座ったままの言峰の腕の中で、動くのも億劫だという体でギルガメッシュはぎろりと狼藉者を睨み上げた。言峰は軽く肩を竦めただけで、「済まなかったな」と全く済まなそうでない風で詫びた。ふん、とその詫びを蹴飛ばし、金髪のサーヴァントは素裸のまま床に足を下ろし、言峰の居住する奥の間へ続く扉の前へ歩いた。もうそれなりに体力は回復したらしい。流石出鱈目の魔力を持つ英霊と言えよう。
「まぁ手抜きはせなんだ分、悪くはなかった。―――言峰、湯汲みをしろ」
ドアの前で立ち止まり、振り向く事もノブに手を伸ばす事もなく、内股から流れ落ちる白濁液に構う事も無く――彼は自分の主に命令した。言峰も逆らう風もなく、辺りに脱ぎ散らかされたギルガメッシュの服を拾って後に続く。
どうにも滑稽なのに違和感はない主従の姿は、すぐに扉の向こうに消えていった。
――――これも、彼等にとっては暇つぶしの児戯に等しい。そこに明確な感情の揺らぎなどない。
求めるものは何もない、倣岸不遜な英霊王と、求めるものは手に入らない、敬虔なる背徳者。
そんな彼等だからこそ、こんな出鱈目な交わりを築き上げられるのかもしれない。