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『パンドラ決めたヨ、ストライキするヨ』
そんな馬鹿な宣言と共に、自称未来からやってきたロボットは部屋に閉じこもって拗ねまくっているらしい。心底呆れた、という冷たいアイスブルーの視線が攻めてくるが、それを素直に受け止めるには柳之進にも言い分がある。色々と不幸な事件が重なってしまい、不本意ながらあれと運命共同体になってしまったのは事実なのだが―――認めたくない。それが柳之進の素直な気持ちだった。
しかし真面目で容赦ない自分の上司は、そんな柳之進の葛藤を許さない。認めないわけではないが、許さない。そんな些事に心を砕く事は時間の無駄であると言わんばかりに。
「今朝から全ての検査を拒否している。何か心当たりはあるか?」
湯産屋市に暫定的に設立されたUGN支部支部長代理、ユーリ・エレオノール・ドゥ・ラ・パトリエールは、返答の拒否は認めないとばかりに更に鋭く視線をきつくする。内心怯えつつも、柳之進は何とか首を横に振って答えた。
「いや、昨日までいつも通りだったんですけど…ここ最近はちゃんと毎日相手してやってるし」
言ってから言い訳するなと叱られるかな、とちょっと首を竦めてしまったが、ユーリはあっさりと首肯してそれを肯定した。
「確かに、お前の義務はきちんと果たされているようだ。ならばやはり、あれ本体が感じる負荷からの影響だろう」
自分が責められているのではないらしい事に気づき、やっと柳之進は朝呼び出されてからずっと与えられていた緊張から解放された。
「では、お前に一つ任務を与える」
「は、はい」
その瞬間ぴりっとした声に命じられ、背筋が伸びる。ユーリは全く瞳を揺らがせぬまま、きっぱりと言い切った。
「本日、全ての自由時間をあれの負荷解消の為に使用しろ。方法は全てお前に一任する、護衛を附属させての外出も許可しよう」
「は?」
一瞬言われた意味が解らなくて―――解りたくなかった、のかもしれないけれど―――間抜けな声を上げる柳之進に、ユーリは非常に珍しく、口角を僅かに引き上げ。
「理解し難かったか? では、改めて命じる。―――今日一日、あれのお守をしろ」
洒落にならない命令を下してくれたのだった。



「ア、リューノシン今日遅いヨ! 何シテたカ!」
寝台の上でごろごろと―――ロボットの癖に夜ベッドで睡眠を取るらしい、こいつは―――していたパンドラが、柳之進の姿を認めぱっと笑顔になった。その笑顔が、重い。憂鬱な気持ちを引きずりながら、とりあえず柳之進はその呑気な笑顔の額にでこぴんをかます。
「アゥア! 何するカリューノシン! ドメスティックバイオレンスヨ!」
「はいはい配偶者じゃない配偶者じゃない」
肉体言語で突っ込みを入れる度にDVだと言われることにももう慣れてしまった。大げさにベッドに転がって騒ぐパンドラの腕をむんずと掴んで、無理やり起き上がらせる。
「お前、なんでまた他の人に迷惑かけてんだよ。毎日来てやるからここの人の言うこと聞けって、言っておいただろ?」
この厄介なロボットに、更に厄介な「秘密兵器」を託されて後―――それを守るためにリューノシンの傍にイルヨ!と息巻くこれを何とか抑える為に、そういう約束を交わしたのはそんなに昔の事ではない。どうやらそれが悪い事だという自覚はあったらしく、パンドラはわざとらしく顔を逸らして「知らないヨーピューヒピー♪」と全部口で言った。口笛を吹く機能は付いていないらしい。
「聞けよ! …約束守らなかったら俺、もう来ないぞ」
「! イヤー!! ソレダメヨ絶対ダメヨ! パンドラやる事無くなるヨーニートまっしぐらヨー!!」
とりあえず一番顕著な交渉材料を出してやるとすぐに食いついてきた。パンドラにとっての不文律は「(柳之進の体に埋め込まれた)アダマスを守る」というたった一つ。それを拒否されるのは本気で嫌がるのだ。肉体的な抵抗をしないのが内心柳之進は不思議だったが―――彼がロボットである以上、敵対しない人間に暴力を振るわないと設定されていることを、柳之進は知らない。
これとの付き合いはそんなに長いものではないが、色々な意味で話が通じないことだけは良く理解しているつもりだ。我儘としか表現できないそれに折れるしかない自分に対する苛立ちを飲み込んで抑える。
「ニートになったら役立たズヨースクラップヨー! 酷いヨリューノシンー!」
「だったら言うこと聞けよ! 何が不満なんだよ!」
ぴぃぴぃ叫びながら縋ってくるパンドラを引き剥がしながら怒鳴ると、不意に抵抗が無くなった。はっと気付くと、いつになくしょんぼりした顔でパンドラがベッドの上に座り直す。
「…ダッテパンドラ、日がナ一日ずーっトこの部屋ヨ。検査イッパイするけど何の為ナノか解らないヨ。リューノシン、パンドラがココにいる時にFHに襲われたらドースルカ。こノ前リューノシンに言われたカラテレビも見てナイヨ。心ニ潤い何もナイヨ」
「結局そっちかよ。…けどまぁ…」
要するに、娯楽が少ない軟禁生活に嫌気がさした、ということなのだろうと柳之進も納得できた。一般常識が足りない癖に変な言葉ばかり覚えてくる原因と思われるテレビを禁止したのは確かに柳之進なので、ちょっとだけ罪悪感は疼く。
ああ、嫌だなぁ、こんなトラブルの塊と一緒にいたくないなぁ、けどでも―――
柳之進はかなりの時間葛藤した。「リューノシン? ドーシタカ? 頭痛い痛いカ?」とパンドラが不安そうに聞くぐらいに。その顔を見て、漸く腹をくくった。よし、と気合を入れてベッドから立ち上がり、部屋の出口に向かって歩き出す。
「リューノシン、モウ帰るカ?」
「いや、ちょっと。………お前も来い」
「エ?」
真っ青な瞳をぱちくりと瞬かせているうちに、柳之進は自分の服のポケットから原付のキーを取り出す。
「ちょっとなら外出てもいいってさ。ほら行くぞ」
「………………」
また瞼がぱちぱちと瞬いて、沈黙。じんわり上がってくる羞恥心を必死に抑え込み、答えを待つ。
「…リューノシン、パンドラとデートしたいカ!! 男前ヨお目が高いヨ!」
「なんでそうなるー!! ただの外出。がーいーしゅーつ! 来ないんなら置いてく!」
「イヤー! 行くヨーパンドラ行くヨー! リューノシンとイッショに行くヨー!!」
満面の笑みで腰にしがみついてべったり貼りつくパンドラを振り解けず、ユーリの屋敷を出るまで引きずる羽目になった。



「ハイヨー、シルバー!」
上機嫌なパンドラのはしゃぐ声とともに、原付は軽くエンジン音を立てて走り出す。
すったもんだの末、柳之進の愛車である原付に跨り、形ばかりのドライブと相成った。これを引き連れて街中を歩くのは嫌だったし、護衛と監視を兼ねた車が後ろからぴったり張り付いてきても我慢することにする。
なんだかんだ言って、最近やりたくもないレネゲイドウィルスの訓練に時間を割かれていた柳之進にとっても、久しぶりの休暇のようなものだ。後ろのお荷物の事はしばし忘れて、ドライブを楽しみたい。
「リューノシンリューノシン、アレ何カー?」
最も、その荷物はすぐに喋ったり強請ったりするので、不可能であったが。
「あれって何ー」
「アレはアレヨー。煙イッパイ出てルヨ、火事カー?」
「温泉の湯煙だろ」
「アレが温泉カー! 湯けむり伝説温泉宿美女殺人事件ヨー!」
「色々混ざりすぎ」
「リューノシン、パンドラ防水加工もバッチリヨ」
「温泉には入らないからな」
「何で解ッタカ!? リューノシンエスパーヨ!」
「バレバレだっつの!」
やがて温泉街を潜り抜け、別荘街とは反対方向の河川敷まで辿り着いた。そんなに狭くない市内だ、一時間もあればぐるりと巡ることができる。見通しの良い、襲撃にすぐ気づけるところということで、滞在許可をちゃんともらった。面倒だけれども、トラブルを減らす為の手間なら少しは我慢できる。
「あんまり遠くに行くなよ」
「ワーイお外ヨー!」
原付が止まった瞬間、ぴゃっと走っていくその姿を見送りつつ、犬を散歩しにきた飼い主の気持ちをちょっと味わう。肉体的なカモフラージュに大きなコートを羽織ったパンドラは、手近な蝶々を追いかけて走りまわっている。
こうやって遠目で見ていれば、まぁ人間に見えなくもない。というより、普段の言動からして、変な奴だとは思うけれど、人間ではない、とはあまり思わない。
でも実際は、現代の科学力では到底解明できないレベルの技術で作成されたロボットで。
尚且つその体は特殊なレネゲイドウィルスに侵されていて。
強力だけど厄介な代物を、柳之進の体に埋め込んだ。
いや、実際には、使えるかと差し出されたそれに手を触れたら何故だか融合してしまったのだけど。
今でもあの時の自分をぶん殴りたいとしみじみ思う。
柳之進は、この都心から離れた温泉地で、普通の高校生として過ごしてきた。実家は和菓子屋で、自分の技術に不安はかなりあれど、いずれは店を継ぐものだと思っていたし、それに特に不満も無かった。
それなのに、降って沸いたこの現実。レネゲイドウィルスだのオーヴァードだのUGNとFHだのと、血生臭い戦いの恐怖に身を曝すことになって。
嘆いても仕方ないけど、嘆きたくもなる。誰だってそうだろう、と半ばやけくそのように思う。
「リューノシン、リューノシンー」
「何だよ!」
その原因に話しかけられて、思わずきつく言い返してしまったのも無理はないと言えるかもしれない。
原因であるロボットは、柳之進の言動には全く反応せず、にこにこ笑って重ねた両手を差し出してくる。
「チョウチョ捕まえたヨー」
「止めろ、見せるな」
「何で? キレイでカワイイヨ」
「鱗粉つくぞ」
「………? キャア」
言われた言葉の意味は解らなかったが、そっと両掌を開いてパンドラは小さく悲鳴をあげた。手には思った通り僅かに光る粉がべたべたついていて、まだ息のあった蝶はその隙を逃さず逃げ出してしまった。
「アー! 逃げられたヨー!」
「逃がせ逃がせ」
「何でカ! セッカクリューノシンにアゲようとしたノニ!」
プンスカ!と眉を吊り上げるパンドラに、柳之進の心がまたちりりと苛立つ。ほとんどお前のせいなのに、お前が寄越した物のせいなのに。
「煩ぇな! お前からの物なんてもういらねーよ!」
自分でも思ったより大きな声が出て、吃驚した。はっとパンドラに目線を合わせると、やっぱり良く解っていない顔で首を傾げていて拍子抜ける。
暫く、沈黙が続く。
「…リューノシン、アダマスもイラナイカ?」
やがて、ぽつっとパンドラが口を開いた。ちょっと迷って、それでももうどうにでもなれとばかりに吐き捨てる。
「欲しいなんて言ったこと一度もねーよ」
「…ソウネ。リューノシン、パンドラのコト助けル為ニ、アダマスに触れテクレたヨネ」
また、沈黙。芝生の上に並んで座り、また蝶々が飛んでいくのを何となく見送る。
「パンドラ嬉しかッタヨ。リューノシン、コノ世界で初めてパンドラの言葉聞いテクレタヨ。ダカラパンドラ、リューノシンを守るヨ」
「…アダマスを持ってるから、だろ」
変に拗ねたような言葉が出てしまって、自分で恥ずかしくなる。だが、本心だった。
UGNもこいつも、結局はこの「盾」が大事なだけで、俺自身には何も―――
「ソウヨ。パンドラ主人サマに、アダマスを守レって言われたヨ。ダカラアダマスの持ち主ガ、リューノシンで良かっタヨ」
「…………なんだよ、それ」
意味が分からなくて隣を見ると、相変わらず緊張感の無い顔でへらへら笑っていたが、不思議と腹が立たなかった。
「パンドラ、主人サマの命令違エルなんて出来ナイヨ。アダマスは守らナクちゃいけナイヨ、でもリューノシンは守りタイヨ」
「っ………ば、」
物凄く恥ずかしいことを言われた気がして、焦る。何か言わなければと思っているうちに、パンドラは立ち上がってくるりと回り、まるで誓いのように宣言した。
「ダカラパンドラ、リューノシン守るヨ! これデ一石二鳥ヨー!」
「嬉しくねえええええ!!!」
あんまりな言い方に、がばっと立ち上がった柳之進の平手がパンドラの後頭部に炸裂する。見直して損した! と思いながら、それによって先刻までの苛立ちがどこかへ消えてしまったのは気付かないふりで。
「アゥア! 何するカーリューノシン! パンドラ約束破らないヨー!」
「言い方が嫌だ! それより今日既に約束破ってるお前に言われたくねぇー!」
「ソソソソンナコトナイヨ? パンドラ嘘ツカナイヨ?」
「嘘臭ぇええ!」
「イヤー犯されルー!!」
「人聞きの悪いこと言うなー!!」
「パンドラだってヤラレッパナシじゃナイヨー! リンプンアタックよー!」
「やめろおおジャケットで拭くなああああ!!」
いつの間にか取っ組み合いに発展する「謎の未来兵器」と「最重要機密を内蔵した少年」に、護衛の為近くに車を止めていたUGNのスタッフすら呆れて見ている。
その様がどう見ても、ペットと飼い主のじゃれ合いか、はたまた兄弟喧嘩のようにしか見えなかったから。