時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

夜明け前

柔らかい太陽の光が、シーツの上の闇をするすると撫でて消していく。それが自分の頬を撫でていき、ふっと祭は目を覚ました。
「んん………?」
ちょっと動くとすぐぎしぎしと言う安物の、部隊の寮にあるベッド。見上げれば乱雑な繕いのあるプレハブの天井。
普段と変わらない景色。普段と変わらない朝。それなのに変な違和感を拭いきれず、?と思って身を起こそうとして、
「いっ! た……」
下半身に響く鈍い痛みに、思わず悲鳴をあげた。あれっと思った瞬間、シーツがはらりと剥がれ落ちた自分の身体が、全裸であることに気がついた。
「………!!!」
身体中の血液が顔に一挙集中したような気がして、慌てて落ちたシーツを掻き合わせてベッドに突っ伏した。
狭すぎるベッドの上に無理矢理寝ているもう一人の気配を無視することは不可能で。本当に恐る恐ると言った風に、うつ伏せに寝転んだまま横を向く。
果たして。
いつも綺麗に撫で付けられた髪は寝乱れていて、いつもその瞳を覆っている硝子のシャッターは取り外されている、愛しい男の無防備な寝顔がそこにあった。
「はぅ………」
安堵と驚愕と羞恥と満足と焦燥と幸福感。それら全てが篭った溜息が唇から漏れた。
周りを良く見渡すとそこは、確かに自分の部屋に間取りは似ている(当然だ、同じ寮の部屋なのだから)がカーテンの色や壁に飾ってあるものやらが異なっていて。ベッドのすぐ近くに車椅子が鎮座ましましていて、その上やら下やらに脱ぎ捨てられた制服やら恥ずかしながら下着やらが散乱していて。
昨日、この部屋の持ち主にされた行為を思い出した。

自分の身体が、熱で蕩かされていくように感じた。
   
止めることの出来ない力で引っ張りあげられ、また落とされる。

士魂号に乗るのもこんな感じなのか、と脳味噌の端っこで考えていたりしていたけれど。

それも相手の早まる動きに押し流されて。

ただ、名前を呼びつづけることしか出来なかった。

「………あぁ、一生の不覚や…」
正気に戻ったら後に残るのは後悔と羞恥心のみだ。
あんな格好をして。
あられもない声を上げて。
しがみついて許しを乞うて。
「こんな貧弱なしろもん、なっちゃんに奉げてしもた…」
せめて同じ部隊の太陽の娘の半分くらいあれば、少しは自信が持てたのにと祭は口の中でつぶやく。
目の前の男はまだ夢の中にいる。シーツの中から覗く体は、運動不足であるにも関わらず意外と骨張ってがっしりとしていた。整備士だって力仕事なのだから当たり前なのかもしれないが。
僅かに寒そうに狩谷が身じろいだのに気がつき、慌ててシーツを伸ばして狩谷の肩を覆ってやる。無意識のうちに満足げに、ほんの少しだけ薄い唇が緩むのを見て、祭にも嬉しさが込み上げる。
外を見ると、日は昇り始めていたが、空全てが青く変わるにはまだまだ時間がある。
枕元の時計もチェックしてから、あと2時間は眠れると目算を立て、少しでも体力の回復を計ろうとする。
「…………今ぐらい、やったらえぇよね…?」
それでも、人肌の温もりを感じたくて、ごそごそと身体を無理矢理動かし、狩谷の身体に触れるか触れないかぐらいの位置まで来て、そこに丸まった。目の前に、愛しい男の端正な顔。
「幸せやなぁ、なんか…」
それだけ言って、限界の来ていた祭の身体は簡単に眠りに落ちた。






目の前にある光景が、一瞬信じられなかった。
ふっと意識が覚醒した瞬間、目の前に赤みがかった髪の毛が見えた。
ぎょっとなって上半身を持ち上げると、相手の身体からシーツが剥がれ、その下の白い肌の上に自分がつけた刻印が散らばっていることに気づき、慌ててまた寝転び直した。
ようやく手に入れたモノ。
昨日、自分のモノにしたモノ。
異形に変じた自分を、何の躊躇いもなく抱き締めてくれた少女。
そっと腕を伸ばして、彼女の髪に触れて感触を楽しむ。少女が安心したように、身体を摺り寄せてくる。起きたのかと思ったが、ぬくもりを求めて無意識のうちに動いているだけに過ぎなかった。
その仕草に堪らなくなって、細心の注意を払って相手の身体を引き寄せる。しっかりと、両の腕で。
絶対に動かせない自分の下半身を邪魔臭く思いながらも、それでもまだ彼女を抱き締められる自分に安堵して。
今までの自分ならばそんな風に考えることすらなかった。周りを蔑み、自分を傷つけ、下ばかり向いていた。
そんな自分を無理矢理持ち上げ、日の光を浴びることを許してくれた少女。
それが昨日、自分のものになった。

技巧なんて関係ない。

兎に角欲しかった。

兎に角貪った。

もう一度腕の中から飛び放たれたら、

自分ではもう追いつけないと思ったから。

だから抱き締める。
だから閉じ込める。
もう二度と離れていかないようにと。
「お前はもう僕のものだ…誰にも渡さない…」
その証が欲しくて、僅かに薄くなっている紅い刻印をよりはっきりとさせるため、もう一度其処に吸いつく。勿論起こさないようにあくまで最小限な動きだったが。
空は白みかけていたが、狩谷はこの優しい時間を終わらせたくなかった。
だから、今か今かと鳴らすのを待っている目覚し時計を止め、腕の中の少女を思う様抱き締めて、今日は自主休講と勝手に決めた。
次に起きる時も、彼女がいますように。
祈りを現すかのように、狩谷が意識を沈めても、その腕は決して緩むことはなかった。