時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

Kiss of life.

「う〜っ、あのパツ金性悪美少年がぁっ!! なんちゅうことしてくれんねん!!」
ごしごしと手の甲で柔らかい唇を擦りながら、祭が悪態をつく。その内容は勇ましいが、丸い赤みがかったハシバミ色の瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。
「…………初めて、やったん、にぃ」
ずっ、と鼻を啜ってごちる。
つい先日、同じ部隊に所属している茜大介から、偽のラヴレターを芝村舞に渡す様に頼まれた。勿論それなりの金銭を礼として受け取るのを条件で引きうけたのだが。
それを知らせた際お礼と称して。
その。
唇に。
唇を、重ねられた。
俗に言う、キスをされてしまった。
「あああああああもぉお!!!」
柔らかく僅かに濡れたその感触を思い出してしまい、がしゃがしゃと頭を掻き毟って記憶を飛ばそうとする。ピンク色の髪を止めていた青いピンが、ぱちっと飛んで地面に落ちた。
「あ、あかん…」
ばさばさになった髪を慌てて直し、それを拾おうと手を――――
「………………!!!」
伸ばした視線の先に、無骨な車付きの椅子の上に投げ出された2本の足が見えた。額の上をつつぅと冷汗が滑り落ちる。
怖い。顔があげられない。
恐る恐る、という形容が似合う動きで、そうっとそうっと視線を上げ………
眼鏡の下の眉間に思いっきり寄った皺に、また慌てて頭を下げた。
(あ…あかん、会わせる顔がない…!)
つい先日、祭は狩谷に告白された。なんの駆け引きも技巧もない、赤らめた表情で言われた、「僕と付き合ってみないか?」の一言で。
それだけで祭は、自分が月まで飛んでいってしまうんじゃないかというぐらいに舞い上がった。嬉しくて嬉しくて、
何も言えなくて、「YES」と答えるだけのことに自分の神経を総動員させた。
それなのに。
あぁ、それなのに!!
(今度会ったらあんのガキ、血のションベン出るまで殴ったる…いやいやその前に、なっちゃんに謝らんと。でもいきなり謝ったからて、なんのことやらやろな…うー…)
「…とうとう狙いは定まったと言うことか。そうだろうな。計算高い女さ、君は」
「……!!! ち、ちがっ」
(見られてた!!)
俯いていた祭の頭に、蔑みと苛立ちの入り混じった声が吐きかけられた。はっとして否定の言葉と共に顔を上げると、予想していたのとは違う、どこか……そう、ほんの僅かだけ、瞳の奥に寂しさを封じこんだような…狩谷の顔があった。
「なっ、ちゃ」
「フン……いいからほっておいてくれよ。どうせ君も、僕を心の中で笑ってあわれんでるんだろう」
「ち、違う! 違うねんっ! ごめっ…なっちゃん!!」
我慢出来なくて、逸らされた首に両手を回してかじりついた。車椅子の上に膝立つような体制に、狩谷の方が慌てる。
「こ、こら! 何やって…!!」
「うちが好きなのはなっちゃんだけやもんっ!! もう絶対、あんなこと許さへんからっ! せやから、ごめん…!
!」
裏切った、と思ったから。ただ謝ることしか出来なくて。
居心地が悪そうに祭の背に手を回しあぐねていた狩谷は、観念したかのようにひとつ溜息を吐くと。
「…許して、ほしいか?」
いつものような冷たい尊大な態度で、そう言った。矢も盾もたまらず、祭が肩の上で頷く。
「だったら…」
ぐいっ、と両肩を掴まれて引き剥がされる。泣きそうに歪んで開きかけた祭の唇に、
「………んむっ!?」
乱暴に、自分の唇を押し当てた。
「感触が、消えるまで。僕とこれを繰り返せ」
沸き起こるのは、独占欲。
動けない地獄の中で、漸く見つけることが出来た大切な場所。
誰にも渡さない。
誰にも汚させない。
……傷つけていいのは、自分だけ。
「……なっ、ちゃん………」
真っ赤になった頬を震わせたまま、祭はおずおずと動かない狩谷の顔に自分の顔を近づける。
突き出た場所がほんの少し振れると、びくっとまた離れる。
「足りない」
「…うん」
少しずつ、少しずつ、重ねる時間が長くなって、深くなって。
相手と熱を共有することが、堪らない快感に変わるまで。
―――許して、やらない。