時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

モノクロ

嗚呼、この世界はこんなにも無色だ。





この両足が木偶の棒になってから、この世界から色が消えていった。
両親。
友人。
恋人。
そう名がついていた、輝いていたはずの者達が、白と黒の味気ない固まりに変わった。
否。
こんなものは全て、元から無色だったに違いない。
たかがこんなことぐらいで鍍金が剥げてしまうほどの、それだけのものだったに違いない。
そうでなければ。
僕が、馬鹿みたいじゃないか。




色々なものが見えるようになった。
嫌悪。
嘲笑。
悪意。
偽善。
滑稽で仕方なくて、涙が出るほど哄った。
考えてみればこの世界は元からこういうもので、自分は真実に気づいただけではないか。
只それだけだ。
それだけなのに。
どうして僕だけが、苦しまなくちゃいけないんだ―――。




この世界にある色は、白と黒。
それから時たま、自分の体から浮き上がってくる、鮮やかで美しい紅。
それだけでいい。
それ以外いらない。
もう何も、僕には必要ないんだ!!




「え、ええと…。うちのこと、覚えてる? 狩谷くん、だよね?」




唐突に、世界に色が戻ってきた。
寄せ集めの纏まりの無い部隊の中でも、一際目立つ薄紅色の髪。
それが、何故か目を引いた。
訝しんだ時は、もう遅かった。
「なぁ、狩谷くんのこと…なっちゃん、って呼んでええ?」
彼女は白い頬を紅く染めて恥かしそうに言った。
「なっちゃん、お昼いっしょに食べよ?」
彼女は本当に嬉しそうに笑って言った。
「なっちゃん…その足、…何か治す方法とか、ないのかな」
彼女はとても申し訳なさそうに、それでも聞いてきた。

彼女を中心にして、世界に色が戻っていく。
空は青。草は緑。夕焼けは朱。
折角元に戻ったはずの世界が、また改変されていく。
近づくな。
話し掛けるな。
これ以上、僕を苦しめるな。
お前も、色を失ってしまえ。
「なっちゃん、お願い…自分を傷つけんのだけは、止めてぇな…!」
五月蝿い!!!

――――――ぱぁん!!

夢中で振るった腕は、彼女の頬を叩いていた。
はしばみ色の瞳から、雫が零れた。
青いピンで留められていた薄紅色の髪が、乱れた。
その顔は、驚愕と痛みを乗せていて。
すぐに、謝罪にとって変わられた。
「ご、ごめ、ん…ウチ、またお節介してるね…ごめん、なっちゃん…ホンマに、ごめ……」
戦慄した。
なんてことだ。
これだけのことをしても。
どれだけ邪険に突き放しても。
彼女は一つも色を失わず、そこに立っていた。
「なっちゃん!?」
夢中になって、逃げ出した。
近づくな。
近づくな。
近づくな。
これ以上僕を狂わせるな。
覚めてしまう夢など、見させないでくれ。


――――嗚呼。いっそ幻獣になれたら。
あの紅い瞳を手に入れれば。
きっとあの髪も頬も、彼女の内側から湧き出るであろう液体も、無色にしか見えないだろうに――――。
そんな馬鹿な夢が酷く、魅力的に思えた。