時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

umarmen.

最初は変な女だと思った
僕の顔を見て瞬きもせず動かなかったから
それが何なのかは解らなかった

最初見た時心臓が止まった   
コートの中を軽やかに駈けていた足は動かずに椅子の上に投げ出されてて   
彼を見おろせる自分に驚いた   
 




「…。
え、ええと、どこかで会ったことあったかい?
いや…。穴があくほど僕の顔を見るんで、ね。
…自意識過剰だな…すまない」

「あ、あの…狩谷…くん?
う、うち、前、狩谷君が事故に会う前に一緒だった…加藤、加藤 祭だけど…。
お、覚えてへんよね…前、色々もててたし」





思い出せなかった
あの頃は女の子なんて沢山周りにいたから
みんなみんな離れていってしまったけれど
それを思い出させてくれた目の前の彼女に苛ついた

覚えてるわけないって思った   
それと同時に   
覚えてて欲しくて覚えてて欲しくなくて   
安堵と失望が心臓の中でぐるぐる回ってた


   


「えー、えーとな。
なっちゃんって呼んでええ?
昔、事故にあう前、みんなにそう言われてたやろ?」






何故かそれが頭の中に引っかかった

痛い虫歯を自分の舌で押してみた






「……勝手にしろ」
「…へへへ。なっちゃん。
なんか、ぴったりや。
なっちゃん、前の学校でうちが後ろの席だったって、覚えてる?
…覚えてへんやろなぁ。
あの時な…。…。
あー、うち、実はカンニングしてたん。
おおきに。…えへへへ」

 





あの声を覚えている
どこかで聞いたような気がする
どこだったか解らない解らないが
それで僕は酷い目に

忘れている
忘れていると思った
その途端嬉しくなってしまった
自分が嫌になった






「…なっちゃん」
「うるさいな、一人にしておいてくれ!」





苛々する
苛々するんだ
お前の声が聞こえると

ごめんなさい   
嫌いにならないで   
真実を言えない私を





「お前もバカな奴だな」
「…いつもうち…なっちゃんからバカって言われてばっかりやな…。
たまには、別の言葉も聞いてみたいわ。
スキスキーとか、かわいいねとか…。…。
なんちゃって。
今のギャグや。おもしろ…なかった?
…ごめんね」





いつのまにか側にいるのが当たり前になっていて

それでも温い幸せの中に浸かっていたくて






『今日も同じ薄氷の上に並んで立っている』





自分が内側から崩れていくのが解る

何かしてあげたいそれは同情じゃなくて






「足がこうなってから、色々なことが分かるようになったよ。
人間がどれだけ偽善ぶっているか。 親戚は信用ならないし、結局、両親が死んでからこっち、金が全てと言うのもね。
そして、友人や恋人と言うものは結局、力関係が同じ程度の間柄でなければ成立しないってことが分かったよ。
僕はもう、釣り合わないってさ。
友人も恋人も、離れる一方さ」

「そんなん…それで離れるなんて…ホンマの友達違うよ」
「…黙れ。
僕が…僕が何をしたって言うんだ。
はっ…誰か、いないものかな。
僕を、殺してくれる人が。
死んだ方が、ずっといい。
…こんな世界に、なんの意味があるんだ…」


 




誰か僕を
殺してくれ
殺してくれ
殺してくれ

どうかお願い   
狂わないで   
狂わないで   
狂わないで






「…え、これ?
そんなに、アザ、目立つ?
…ははは、まいったなぁ。
うち、ぐーぜん、こけて、目の周り打ってん。
…ほんと、ほんとやで。
ははは、参ったわ。
ほんと偶然、目の前に石があって…」
「…なぐられた跡のように見えるけど…」
「いや、う、うちが悪かったん。
なんか、なっちゃん、すごく機嫌が悪くて…
うちがあんまり、おせっかいなもんやから。
…大丈夫、そんなに痛くないから。
ほんと」

 



悪いのは私   
逃げたのは私
原因を作ったのは私   
償うべきなのは私だから






「…え? なに?
なんやねん、その顔っ。
うち、いつもとなんか違う?
…。…なんか、速水くん、優しいなぁ。
うちなんか甘えてしまいそうや…。
ごめん…ちょっと泣くわ。
うちのキャラやないけど…、
ちょっとくらい、ええやろ?」

 
 



別の男の腕に抱かれている彼女を見た時
血液が逆流した






「………。
言っておくが、僕はおせっかいを焼いてくれなんて頼んでない。
それを身体で教えてやったまでだ。
…なんだい、その目は。
僕の足はこうなんだよ。
その僕をなぐろうなんていうのかい?
…それに…、いや、なんでもない。
そんなに悔しいなら、君もせいぜい彼女を僕に近づけないことだ。
僕もせいせいする」



 


最初に裏切ったのは私だから

最初に裏切ったのはお前じゃないか






 もう これ以上 絶望したく ない







「…よくも、よくも僕を裏切ったな!
僕の友情を踏みにじったな! 絢爛舞踏!
強ければなんでも許されるつもりか!
許さない!  僕は許さないぞ!
お前達は皆同じだ! 僕をあわれみ、あわれみながら、僕から離れようとする!」

「なっちゃああ――――ん!!」




青い 光が 全てを 切り裂いて





本当は








ただ




 
抱き締めて欲しかった

抱き締めてあげたかった








ただ、それだけ、だったのに。



















































紅い闇に飲みこまれていた 意識が  ゆっくりと浮上して







「…おっ?
…ぼ、僕は。
なんで…幻獣に食われたんじゃ…なかったのか」





血と硝煙の臭いが 充満しているのに ちっとも苦痛ではなくて
















「いきてまーす!」
「びょ、病院だ、病院!」
「止血します」
「…だいじょうぶなのよ。
これからはいいことしかおこらないの。
ねー」

「ニャー!」







たくさんの人の 声が聞こえた


その中に 彼女の声が






「なっちゃん!!!」





思いきり自分にしがみついた彼女は


軋む自分の身体をその細い両腕で思うさま締め付けているのに






とても




心地良かった。