時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

【第七幕】

【第七幕:第一場】

「「Monsieur!!」」
部屋の中に同時に飛び込んだ双児が見たものは、寝台に腰掛けたまま、涙を零し続けている主の姿だった。二人は慌てて傍に駆け寄り、両側から主の身体をそっと支えた。
「嗚呼、泣かないでMonsieur」
「嗚呼、泣かないでMonsieur」
「…Vi…ol……ette.…Horten…se」
「「Oui、Monsieur?」」
「済まない…僕、は」
「何も言わないで、Monsieur」
「何も告げないで、Monsieur」
菫の姫君は月の紋が、紫陽花の姫君は太陽の紋が入った頬を優しく撫でてやる。それでも零れる涙が止まらずに、双児は自分達も泣きそうな顔で互いを見合わせた。
「ごめんなさい、Monsieur.私達がずっと傍にいてあげれば」
「ごめんなさい、Monsieur.私達があの男を近づけなければ」
「「貴方を寂しがらせることなんて、無かったのに」」
ひしりと両側から、Hiverの肩に縋りつく。それは、小さな双児の人形である筈なのに、何故か彼を抱きしめているように見えた。
「…違う……それを望んだのは、僕だ」
双児の言葉に、Hiverはゆるゆると首を振る。己が生まれ出でる物語を欲した自分は、しかしこの場所から動けなくて、何よりそれが望まぬものであった時が恐ろしくて、だから双児に頼んだのだ。自分の代わりに、見てきて欲しいと。それが見つかるまで、自分に告げなくていいと。
優しい双児は、彼が望まぬ彼の物語を見つけても、決して口に出そうとしなかった。辛い物語を目の当たりにしても文句一つ言わずに、ただ彼の為に旅を続けた。
その事に、漸く気づけた。自分がどれだけこの揺り篭の中で守られていたのかを、漸く理解した。それなのに、つい先刻まで自分は、彼女達を裏切ろうとしたのだ。
だから、言わずにはいられなかった。遥か昔に聞いてより、自分の中にずっと残っていた、大切な言葉を。
「……ごめん、なさい……ありがとう…」
「「!!!」」
双児はもう一度、顔を見合わせ、硝子の瞳から同時に涙を零した。悲しいのではない、嬉しかったから。自分達が見られる筈もなかった、彼自身の成長をこの目で見ることが出来たから。
―――悔しいけれど。その事だけは、あの賢者に感謝してもいいかしら、と思うぐらいには。
「御免なさいは私達の方よ、Monsieur.どうか泣かないで」
「ありがとうは私達の方よ、Monsieur.どうか泣かないで」
「貴方がどんな地平線に辿り着いても」
「私達はずうっと貴方と一緒にいるわ」
「…っ、それなのに、僕は…」
「解っているわ。あの男の事が好きなのね?」
「解っているわ。黄昏の賢者が好きなのね?」
こく、と小さく頭が上下に動く。宥めるように頬を両側から摺り寄せ、双児は謡うように、交互に言葉を紡ぐ。誰より大切な子供を、慰める為に。

「恋と愛は、似ているけれど違うもの」
「愛は注ぐものだけど恋は欲するもの」

「でも、恋は愛に変える事が出来るの」
「お互いに恋をすれば、愛に変わるの」

「怖がらないでいいの」
「怯えなくてもいいの」

「悔しいけど、あの男は」
「癪だけれど、あの男は」


「「貴方に恋しているようだから」」

「…………本当、に?」
「ええそうよ」
「そうなのよ」
涙で濡れた子供の顔が、漸く上がる。少女達は嬉しそうに、笑顔で頷いてみせた。
「だから、もう泣かないで」
「だから、もう泣かないで」
「…ん………」
頷く子供が零し続ける、尽きない涙をキスで拭い、双児は本当に優しく微笑んだ。
それはとても―――母親の笑顔というものに、良く似ていた。