時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

【第五幕】

【第五幕:第一場】

その扉に手を伸ばすとき、やはり一瞬逡巡した。迷った。それでも、止める事が出来なかった。

コン、コン。

扉を叩く手は無様にも僅かに震えていた。

ガッ、チャ!

間髪入れずに扉が開き、Savantは思わず仰け反る。目の前に、朱と空色の瞳を潤ませた子供が居たから。
「…ご無沙汰しておりましたな、Monsieur.未練がましく足を運んでしまった私を、許して頂けるでしょうか?」
芝居がかって、でもやはり本気で、Savantは問うた。
Hiverは黙っている。
黙ったまま、ぽろりと一粒、涙を零した。
それがとても美しく見えて、Savantは慰めの言葉すら一瞬忘れた。
「………」
「…あぁ、どうか泣かないで。貴方に泣かれると、流石の私も堪えてしまう」
どうにか言葉を搾り出すが、手は伸ばせない。もう、その身に触れるわけにはいかないのだから。
動かない賢者を見てどう思ったのか、Hiverはその整った顔をくしゃりと歪めて俯いた。乾いて引き攣る喉から、漸く言葉を搾り出す。
「…sieur、Savant」
「Oui」
「………もう、」
「……………」
「……来て、くれ…ないか、と、思…ッ」
「!」
たん、と僅かに音を立てて床に零れる雫と共に、微かに聞こえた言葉。それによってSavantは我に返り、一歩踏み出してその部屋に入った。
「申し訳ない、Monsieur…君を随分と、悲しませてしまったね」
「い…くら、数えても、来なっ…!」
「ああ、ああ、済まなかった。何度でも詫びよう。Excusez-moi.」
未来を夢見ることはあっても未来を思い描いたことは無かった彼にとって、希望を持続させるのは酷く難しい事だった。「今度は、来るかもしれない」という希望は簡単に「もう、来ないかもしれない」という絶望に塗り潰される。それを払拭できるだけの力はHiverには無かった。
それ故に、恐怖にその身を細らせて、それでも待っていることしか出来なかった。
「君と話したかったよ、Monsieur.君は如何かね?」
「…ッ、僕、も、……ぃたかっ…た…!」
「ああ―――、もう泣かないで。……Excusez-moi.」
泣き続ける子供をそっと抱き寄せ、耳元であやすように囁いてやった最後の詫びは、何処へ向けられたものだったのか。それを問い詰める事も、Hiverには出来なかった。






【第五幕:第二場】

「…落ち着いたかな?」
「…………」
寝台の縁に腰掛けたSavantの肩に寄りかかったまま、Hiverは小さく顎を引いて頷いた。Savantの方はゆっくりと、Hiverの頭や結われた銀色の髪を撫でてやっている。
触れ合った部分から伝わる温かさとその手指の動きが心地良くて、Hiverの瞳はとろりと蕩けていた。相手の手が止まると無意識のうちに体を捩り、もっと撫でて欲しいと猫のように首を擦り付けてくる。
「全く、可愛らしい方だ。放っておく事など出来はしない」
その仕草に、Savantは両手を上げて全面降伏するしかなかった。言い訳のように呟かれた言葉は本音。もう弁明の余地など有りはせず、身も心もかの人に奪われてしまったのだと。
「…てっきり私は、君に嫌われてしまったものだと思っていたのだがね?」
開き直ると普段の余裕が出て来たのか、軽く肩を竦めてSavantが呟くと、Hiverの頭がむくりと起き上がった。
「…僕が貴方を、嫌いになる筈が無い。反応に戸惑う事が有っても、厭う事は無い」
真っ直ぐに見詰めてくる、透き通ったオッドアイに賢者は囚われた。
「貴方に触れられるのは、とても温かいから…心地良い」
安心したように静かな声で、そう言葉を結び。Hiverはもう一度、賢者の肩口に頬を摺り寄せた。と、顎に手袋に包まれた指が伸び、促されるままに顔を上げると、苦笑とも微笑ともつかない顔で笑っている賢者が居た。
「Monsieur.君はもう少し、危機感というものを持った方が良い」
「?」
「有体に言えば、『男は狼』ということだ。私自身、自分が愚かだということに自覚は有るが―――決して君をまた泣かせたい訳では無いのだよ?」
その例え話は彼にはまだ理解しがたいことが解っていたが、溜息混じりにそう言わずにはいられなかった。只でさえ今現在、無邪気に擦り寄る愛しい相手に対する衝動を抑えこむのに全力を注いでいるのに。
Hiverはやはり言われた言葉の殆どを理解できなかったらしく、僅かに首を傾げた。顎に触れている手にそっと自分のそれを添えて、思うがままの言葉を伝える。今、彼はここに居て、自分はここに居るのだから。
「先刻も言った。貴方に触れられるのは、心地良い。それで泣くわけが、無い」
賢者の眉間に僅かに皺が寄り、機嫌を損ねたのだろうかとHiverは考えかけるが、それよりも先に手袋をつけたままの両手が自分の両頬を包む感触にそれを放棄した。
Savantの顔がごく間近にまで近づき、一度目を瞬かせると、ちゅっと音を立てて唇が震わされた。
「…キスは不快では無いかね?」
「Oui,Monsieur Savant」
ふ、と口髭の下の唇が笑った事に気づき、Hiverも微笑むと、再び唇が近づいてきた。今度は触れる前に親指が先を越し、下唇を軽く押す。
「口を、開けて」
「………、ん」
促されるままに唇を開くと、それにぴたりと合わさるように唇が重なった。口元を擽る髭がくすぐったくて、身を捩ろうとするがSavantの腕がそれを許さない。
「…ぅ、ん、ん…」
ちゅ、くちゅ、と水音を立てながら、舌が伸びて口腔をかき混ぜていく。されるがままにHiverは段々と身体の力を抜いていく。
「…舌を、同じように絡めてごらん?」
「ん…む、ふ……ぅ」
一度離されて言われた言葉に素直に従い、自分から舌を伸ばした。相手の口腔に吸い込まれると、喉の奥から笑いの震えを感じた。
「ふ…上手だ。怖くは無いね?」
口の端を持ち上げたまま、もう一度確認するように問う声にHiverは頷く。褒美を与えるかのように、頬や額、鼻先に口付けが何度も降ってきた。
つい、と小器用な指が襟のリボンを解く。白い喉元や鎖骨にも、優しいキスが触れてきて、Hiverはその心地良さに僅かに息を吐く。
「ん…はぁ………んっ」
シャツの釦を一つ一つ丁寧に外し、静かに肌を露にさせていく。服と身の間に手を入れて肩を抜き取ると、胸の中心より僅かに左、動かない心臓の上にちゅっと音を立てて口付ける。するとHiverの背が僅かに跳ねて反り、その隙を逃さずに腰に腕を回した。
「…倒すよ?」
抱き寄せるままに寝台の上に無防備な身体を下ろした。ぱさりと放り出された銀髪とそれに絡む裸の腕が何とも艶かしく、Savantはその髪を一掬い浚って口付け、腕の爪先にも同じようにした。


―――葛藤は消えない。それでもこの愛しい存在を、今離すことなど出来まいよ。


「ああ、これじゃあ痛いな」
心とは裏腹なおどけた台詞を吐いて、Hiverの首筋に手を入れて持ち上げると、髪を結わえていた黒いリボンも同様に外してやる。もう一度小さく唇にキスをすると、改めて冷たく細い身体を撫で上げ始めた。
「…ぁぁ……」
与えられる熱に、まだ何も知らぬ身体は素直に反応する。僅かに隆起した胸の中心が愛しくて、Savantはその上にも音を立てて口付けを落とす。
「ァ……」
ひく、と震える身体を宥めるように胸元を撫で、念入りに刺激を与えていく。程なく胸の上の両粒は固くなり、僅かに紅く染まっていた。
「は…ぁ、ぁ…」
与えられる刺激はやはり強かったけれど、酷くゆっくりな為混乱を来たさない。寧ろ次は一体何が来るのかと、呆っとした頭でただ待ち続けている。






【第五幕:第三場】

「あぁ、ここも随分と」
「ひぅ…!」
するり、と撫で上げられた足の間の熱に、Hiverは喉を引き攣らせた。やはり強い刺激は辛いらしく、Savantは宥めるようにそこにも何度も口づけを落とした。布の上から食むように、ゆるゆると優しく。
「ぁ…ぁ、ぅぅ…」
じりじりと昂ってくる熱に、Hiverは無意識なのか腰を捩った。熱から逃げたいのか欲しがったのかは解らないが、蹂躙者は逃さないとばかりに腰に両腕を回して最後の覆いまで取り去った。
冷え切った身体が、自分が与える熱によって蕩けていく。その事実がどうしようもなく賢者の劣情を煽る。触れぬ場所など許さぬかのように、細い両足の爪先から脹脛、膝頭にも内腿にも口付けを振舞い、最後に反応を始めている中心に辿り着いた。
「あぅっ!? ぃ、ん…んぁあっ!?」
直接その場所に唇で触れられて、悲鳴があがった。先端に口付けられ、あやすように舐められ、強く吸われ。もう手加減はしないと言う様に、手袋に包まれたままの指がその熱を擦り上げる。容赦なく昂らされる身体を持て余して、Hiverは裸体をシーツの上でのた打たせた。
「ア! ぅンンッ…! Mon…sieur、Savantッ…! 何かっ、何か来る…! いやぁあっ!!」
「…怖がることは無い、出してしまいたまえ。身を任せて」
「や、ぁ、ぁ、ア――――…っ!」
涙を流しての懇願と共にぶるぶると内腿が痙攣した瞬間、賢者はそこを深く咥え込んで容赦なく吸い上げる。ぎゅう、と細い両腿がSavantの顔を挟み、まだ味もついていない薄い体液が吐き出される。過たずそれを全て、ごくりと音を立てて賢者は喉の中に飲み込んだ。
「はぁ、はぁ…っ、は……、ぁ…」
「…達してくれたね。光栄だよ? Monsieur」
始めての絶頂に茫然自失状態のHiverの身体の上に乗り上げ、口の端から漏れた唾液を舐め取ってやる。するとキスを強請るかのように自然にその口が開き舌が覗いたので、流石の賢者も苦笑することしか出来なかった。
「貪欲な方だ。どこまで私めを煽れば気がお済みになるのかね、Monsieur?」
「ん…ん……」
からかい混じりのSavantの声に、Hiverは答えない。ただごく自然に、舌が伸びてきたから先程の行為をもう一度するのかと思う、反射的な反応だった。それが解っているので、やはりSavantは苦笑しか出来なかった。
「そんなに、キスが好きかい?」
「ん…温かい、から…」
退かぬ熱をもっと欲しがるように、Hiverは力の入らぬ身体をどうにか無理矢理起こして、Savantにしがみついた。宥めるように、濡れた瞼に唇が降ってくる。
「また、泣かせてしまったね。…辛いかい?」
囁く声は優しくて、子供は寧ろ安堵した風に首を横に振った。
「では、もっと熱くしてあげよう、Monsieur.寝台に手をついて、こちらにお尻を向けてくれるかね?」
「……?」
首を傾げながらも、Hiverは素直にその声に従う。細い身体を惜しげなく相手に晒すのも、対する相手が全く着衣を乱していなくとも、彼にとってはまだ羞恥にはならないのだ。
青白い臀部に小さく口付け、僅かに震える皮膚に微笑みながらその中心に指を伸ばす。まだ誰にも触れられたことのないその場所に、手袋の指が僅かに触れた。
「ひぅ!?」
まさかそんなところを触れられるとは思っておらず、Hiverの唇から引き攣った悲鳴が上がる。
「失礼、痛かったかい?」
「…いえ、驚いた、だけで…」
「ここで繋がろう。神の子としては許されぬ行いだとしても、他に君とより深く触れ合う術を、寡聞にして私は知らない」
「何を、っ! ぁ…ふぁ、ァ――――…ッ!」
ずるり、と濡れたもので後孔を撫でられ、細い悲鳴が長く漏れた。容赦なく入り込み、内壁まで犯そうとするその感触に、がたがたと震えて上半身をシーツの上に突っ伏させる。
「ぁう…ぃ、ん…ッ、ふ、くぅウンッ…!!」
無意識の内に逃げ惑う腰はしっかりと掴まれて動かせず、蹂躙され続けて悲鳴が止まらない。それでもそこに混じるのは、拒絶ではなく、ただ如何したらいいのか解らないという戸惑い。それに気を良くしたのか、Savantは一度唇を離し、ついと自分の指をHiverの口元にまで伸ばした。
「…?」
「指先を噛んで、手袋だけ咥えてごらん」
「…は、む」
「いい子だ。そのまま引っ張って、脱がせておくれ」
「んむ…」
白い手袋はそのままするりと抜けて、Hiverの口元に残る。中指を咥えたまま、如何したらいいのか解らないらしくきょとんとした瞳でSavantを見上げてくる。そんなHiverの頬を、Savantは露になった手で優しく撫でた。
「ふふ、離してもいいよ、Monsieur?」
「ぷは…」
「ああ、全くもって、君はどれだけ私を煽ってくださるのかねぇ。こちらも頼むよ」
「はい…ん」
もう片方の手袋を口に含ましたところで、手指を再び後孔に伸ばす。先程まで散々濡らされたその場所は、案外すんなりと指先を飲み込んだ。
「ひゃ、ぅ」
「痛いかい?」
「ん、んん」
何度目かの問いをかけてくる賢者に、子供は手袋を咥えたまま必死に首を横に振って答える。そう問うたびに、賢者の顔が申し訳無さそうに歪むのを知っているからだ。―――そんな顔を、して欲しくなかった。
「もう少し、奥に行くよ…?」
「ぅ…ぁ、んんんぅ…!」
言った通りに、長いSavantの指が奥まったところに攻勢をかける。腰全体に感じる圧迫感に、Hiverは必死に息を詰めて堪えていた、が。
「ひゃ、あっ!?」
不意に声が飛び跳ねた。ある一点でSavantが指を曲げた瞬間、今までとは別口の衝撃が一瞬襲ったからだ。
「ここか…良かった、これならば君をこちらでも、悦ばすことが出来そうだ」
「ふぁ、ひ、やぁあ、なに、ぁ、あっ、ア…!!」
見つけたその場所を逃さず、賢者は僅かに微笑んでその場所ばかりを執拗に撫でる。堪えきれずに手袋を吐き出し、間断なく悲鳴が漏れる。それが嬌声に変わり始めていることに、勿論子供は気づかずに、賢者はちゃんと気づいている。
「ほぅら、ここも元気を取り戻した…気持ち良いのだね?」
「ひあぁああ!? ぁ、んぁッ、だ、めぇ、またっ…!」
「構わないよ、いくらでも達きたまえ。ほら―――」
「ア! あっああア…!!」
中心を撫で上げられて、最後の我慢が決壊した。びく、びくっと身体全体が痙攣し、賢者の手の中に冷たい体液が吐き出される。
立て続けに与えられた絶頂に、シーツの上で胎児のように丸まったままのHiverが、堪えきれぬ涙を零したので、Savantは優しくそれを唇で拭ってやった。
と、力もろくに入らないであろう筈のHiverの両腕が持ち上がり、Savantの肩に回った。
「Monsieur?」
Savantの訝しげな声にも構わず、ぎゅうっと腕に力が篭る。まるでここ以外に縋るものが無いとばかりに、必死に。
「…申し訳ない。また君を、怖がらせてしまったね」
「……っがう、違う…、でも、」
「うん?」
優しい促しに、Hiverは僅かに安心したように、相手の肩に自分の頬を摺り寄せた。自分がどうなってしまったのか理解出来ず、存在を認めてくれるものに縋りつきたかったのだ。
「もう少し…このまま……」
まさしく親にしがみ付く子供のように、両足がSavantの腰を挟み込む。他に意図など全く無いのだろうHiverの無意識の痴態に流石のSavantも眩暈を覚える。何せ、お互いの秘部は確りと密着してしまっている故。
「………?」
それに気づいたらしいHiverが、不思議そうな顔で僅かに身を離し、服の上からでも自己主張をしているSavantの中心をまじまじと見詰めた。
「……同じ、なのですか?」
「…見てみるかね?」
子供の純粋な好奇心に耐え切れず、賢者は彼にしてはかなりおずおずと提案すると、二つ返事で頷かれた。何とも言えぬ顔をしながら、Savantは自分の前を寛げた。いつになく力を持っている自分のそれには苦笑しか出来ない。
Hiverは始めて見る自分以外のもの、それも臨戦態勢――を興味深げに見詰めた。反り返ったそれは自分のそれとは違い、色も濃いしグロテスクと言えるかもしれない様だ。しかしHiverの中に嫌悪は沸かなかった。興味は自然に好奇心に成り代わり、不意に手を伸ばす行動に発せられた。
「っ! …Monsieur,もう少し優しくして頂けると有り難いねぇ」
「あ、すみません……熱い、」
あまり容赦の無かった握力に賢者が音を上げると、その力は僅かに緩むが、指はその場所から外れない。触れ合う場所の熱さを欲しがっているのか、ゆるゆると冷たい指がその先端を撫で、耐え切れなくなった。
「…失礼」
「あっ!?」
ぐい、と肩が押され、シーツの上で飛び跳ねた体が上から相手の身体全体で押さえつけられた。ひたりと後孔に熱が押し当てられ、びくっとHiverの腰が揺れる。それを許さぬかのように、熱い楔がその隘路に踏み込んだ。
「っ…!? ァ………!!」
「力を入れずに。堪えて…」
不意に与えられた衝撃に、Hiverの身体はぎしりと痙攣するが、耳元で囁かれた言葉に必死に従おうとする。悲鳴も上げられぬ唇に相手のそれが覆い被さり、夢中で吸い付いた。すると相手も舌を絡めてきてくれて、自然に力が抜ける。それを逃さずに楔は進み続け―――最奥まで辿り着いた。
「ぁ……、っ…」
「辛かっただろう? すまないね…。全く、君相手では私は本当に堪え性がない。どうだい? 君と私が、繋がっている気分は」
「ぁ…ぁ、っ……。…な、…かが、あつ…」
「これから、もっと熱くなるよ…」
「ぃ…ア! ンッ…ぁああ…!!!」
ぐい、と擦り上げられた腰から来る熱さに、Hiverは叫んだ。痛みも快楽も、彼にとっては衝撃でしかない。ゆっくりと慣らされているはずのその動きに、息も絶え絶えになっている。
「んぅうっ!! いっ、アッぁ、ああああああ!」
先程見つけた良い所を逃さずに、賢者はそこを自分の先端で細かく突いてくる。巧みな攻めに、Hiverは啼きながら相手の背に爪を立てることしか出来ない。
「いや、ぁっ、また、またぁっ」
「ああ―――、私も、そろそろだ」
容赦の無い締め付けに、賢者の余裕も無くなって来た。中で達するわけにはいくまいと、腰を引こうとするのだが、それは腰に巻きついた相手の両足で遮られた。
「Monsieur…?」
もう声を出す余裕もないらしく、Hiverは必死に首を左右に振って懇願する。どうか、離れないで欲しいと。
「全く…可愛い人だっ…!」
「ア…! ぁっ、あぅ、ッ…〜〜〜!!」
お互いの身体に隙間が出来ないように、ぴったりとくっ付き合って、達した。
中に広がる熱さと顔全体に降ってくる口付けに、Hiverの意識は完全に白に融けた。






【第五幕:第四場】

自失しているHiverを寝台に横たわらせたまま、Savantは丁寧に彼の身支度を整えてやった。
息苦しくない程度にきちんと衣服を直し、身体を拭いて痕跡を消してやる。
「…君にこのような無体を働いたとあのMademoiselle達が気づいたら、今度は私の命が危ないからねぇ」
苦笑のようなからかいのような、そんな笑みを唇の端から漏らせ、寝台から立ち上がると自分の服の乱れも手早く直す。
「―――まだ、君の傍にいることを許してくれるかね?」
帰り支度を整えながら、彼はそんな言葉を呟いて、冷たい頬をそっと撫でて口付けた。
賢者はもう既に気づいていた、始まりとは終わりの始まりであることを。
子供はまだそんなことも気づかずに、与えられた温もりを抱きしめたまま、ふわふわと夢現の境を彷徨い続けていた。






【幕間】

「Hiver,駄目なのよ」
「Hiver,これ以上は」
「貴方に物語よりも、大事なものが出来たら」
「貴方が物語よりも、彼を選んでしまったら」
「貴方は絶対に」
「貴方は永遠に」
「「この行き止まりから、出ることが出来ない…!」」
部屋の前で、双児は泣いていた。
綺麗な硝子の瞳から、涙を零して泣いていた。
彼女達は知っている。彼がどんなに、生まれ出でたいと願っているか。
自分達は彼の人形だから、彼の為ならどんな事でも出来る。
だから世界を廻り、旅人達に道を示し、そして見つけるのがどんなに悲惨な彼の物語だとしても、旅を止めなかった。
いつかいつか、本当に彼が幸せになれる物語を見つけて、そこに彼を連れて行く。
そうすれば、きっと彼は笑ってくれるから。
だから。
だから。
「お願いだから」
「お願いだから」
僅かな軋みも立てず、扉が開く。
「あの子を連れて、いかないで…!」
「あの子を変えて、いかないで…!」
少女達は涙を零して、出て来た賢者に頭を下げた。
賢者はやはり何も言わず―――軽く肩を竦めただけだった。
そのままゆったりと前に歩き出し、双児は男に濡れても苛烈な視線を注ぐが揺らがず。
やむなく繋いでいた手を離し、男の進路を開いた。
朝と夜の狭間を通り、黄昏は去っていった。