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ディスアパーナイト

菊地が拉致された。
仲間達の中に動揺が走っているのは勿論のことだが、特にひとみはすっかり混乱してしまい、今にも崩れてしまいそうに見えた。
それを見ながら、ああやはりひとみは菊地のことが好きなのだな、と相原は妙に冷静な頭の隅でそう思っていた。
自分でも驚いている。こんな時ですら冷静に対処できる自分に。
勿論菊地のことを信じているし、いざという時は自分の名前を出せと言っておいた。出来る限りのことをして、後は賭けるしかない。そんな橋は今までいつだって渡ってきた。
この仲間達の中での自分の役割を、相原はしっかり理解している。感情に流されそうになる皆を押し留め、常に最上の選択を探して対処する。今までもこれからも、そうやってきたしそうやっていく。それは自分にとって当たり前の事だった。
誘拐犯の大体のあたりをつけ、取り合えず解散となった。
相原は一人、歩いて家路についた。





皆と離れて暫くすると、自分の中身が妙に空虚な事に気付いた。
菊地のことをふと思うと、そこに不安も心配も浮かんでこない。それは決して、盲目的な信頼などではなく。
「――――菊地」
名前を呼ぶと、またぽかりと穴が開くような気がした。



考えられない。あいつが自分の傍から離れるなんて。



中学の時から、いつも一緒だった。喜びも悲しみも怒りも辛さも幸福も、殆ど全部分かち合ってきたと自負出来る。この世で一番信頼のおける相手。それは、間違いない。
だから今。もしかしたらという仮定すら出来ない。



信じられない。あいつがいなくなるなんて。



知らず知らずのうちに足を止め、空を仰いだ。
あまりにも唐突過ぎる離別に、心がついていかない。それだけ彼は、自分と心が重なり合っていたから。
自分の半身がごっそりと無くなって、何も考えられなくなる。
きっと考えようとしたら、自分は壊れてしまう。いつもならば自分で抑えることの出来る、恐怖と怒りと悲しみに押し潰されて。
「――ああ…そうか」
唐突に気がついた。
菊地が中学の時からひとみに懸想していたのに対し、自分はそんな感情が上手く理解出来なかった。
ルミのことは、可愛いと思う。大切だし、これ以上傷ついて欲しくないと思う。しかしそれはあくまで、やはり「妹のような」の域を出ていない。
ひかるのことは、菊地は勘違いしているようだが、そんな気持ちはお互い無いと思う。彼女と自分は凄く似通っているコインの表裏だ。似すぎていて反発するし、常に真逆を向いている。
そして、いつも菊地をすげなくあしらうひとみに対する感情と、先刻の彼女の涙。それに対していつも心のそこで蟠っていた不可解な感情が、漸く理解出来た。
「俺――、お前のことが好きだったんだ…」
空っぽだった筈の胸の内が、つくんと痛んだ。
初めて声に出した告白は誰にも聞かれることは無く、夜の空気に溶けていく。
無性に、菊地に会いたかった。
「無事でいてくれ…!」
懇願が、喉の奥から自然に沸いた。声は酷く掠れていて、自分の声ではないように聞こえた。