時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

会いたくて

こつん、と窓ガラスを叩く音がした。
…………?
ここは2階なのに?
不思議に思って、豊はカーテンを引き開けた。
街灯に照らされた、ひんやりとしたアスファルトの上に、見慣れた人影が立っているのを見て、叫び声をあげかけた。
外からそれを見ていた三村は、慌てて自分の唇の上に人差し指を何度も当てるジェスチャーをした。それを見て、豊も慌てて自分の両手を重ねて口を覆う。
ほっと息を吐き、右手を軽く上げて人差し指を自分側に曲げ『出て来れる』と口だけで言った。首を一つ傾げ、『か?』と言葉を結ぶ。
目を真ん丸に見開いてそれを見ていた豊は、ぶんぶんと首を縦に振り、カーテンを揺らして姿を消した。安堵と同時に自己嫌悪が三村を襲ってきた。
―――ここに来た理由言ったら、怒るかな。
いつも通り、学校で会って一緒にいて馬鹿やって……それで満足していたはずなのに、つい最近、それが変わった。
『豊、』
自分から、その関係を突き崩した。
『俺、お前の事好きなんだ』
…そのつもりだったのに。
『うん。俺もシンジのこと好きだよ』
………0.5秒で返して下さりやがった。しかも笑顔付きで。
夕暮れの校舎裏というシチュエーションもものともせず、あっさりとこの上なく。
…落ち込んだぞあん時は。はっきり言って。
しかしだ。それから少しだけ、俺達の間はぎこちなくなった。
豊が、俺と目を合わさなくなった。さりげなく合わせようとすると、顔を赤くして目を逸らされる。
……これは、少しは期待して良いってことじゃないだろうか?
そして俺は、今の宙ぶらりんな関係から逸脱するために、今ここに立っている。
豊が戻りたいって言うんなら、それでもいい。俺はずっと、あいつのトモダチでいる。……いや、無理かもしれない。今まで通りに笑うことなんて、出来そうにない。
そこまで考えて、弱気すぎる自分に自嘲の舌打ちをした。
―――情けねぇ。ザ・サードマンと呼ばれるこの俺がだぜ?
「…シンジー」
名前を呼ばれて我に返る。僅かに頬を赤らめた豊がそこにいた。可愛いと思ってしまう自分と、それを異常だと断じてしまう自分がいる。
「…親御さん、平気だったか?」
自分から呼び出したくせに、いけしゃあしゃあと聞いてやる。
「ん。大丈夫」
こくりと頷く豊に、自分の利き手を伸ばす。
「少し、歩こうぜ」
おずおずと伸ばされた相手の手を、しっかりと握り締めた。



沈黙のままに、てくてくと歩く。
何か話さなければ。普段は豊の方から話しかけてくるので、自分がそんなことを考える必要はなかった。しかし今、頼りの相手は俯いて黙りこくったまま。しかもその原因が恐らく自分だろうから始末が悪い。
「……豊」
びくり、と繋がれた手から緊張が伝わってくる。立ち止まって振り向くと、泣きそうな顔をしていた。ちくりと、胸が痛んだ。
「…そんなに警戒すんなよ…。傷つくぜ」
「! ちが……ごめん」
謝るなよ。悪いのは俺なのに。
「い、言わなきゃって思ってたんだけど、…あのさ」
心臓がひっくり返るんじゃないか、と言うぐらい強く鳴り出した。情けない。しっかりしろ俺。
「俺、でいいの?」
……何?
思考が停止した三村を無視して、豊は独白を続ける。
「お、俺、女の子じゃないし、シンジに甘えてばっかりだし…それに、その、す…好きって言われた時すごく嬉しかったけど、でも俺の好きとシンジの好きって違うのかなとか色んなこと考えたり」
ぎゅっと目を瞑ったまま、泣きそうな声で豊は続ける。
「で、でも、俺はシンジのことが一番好きだし、シンジがああ言ってくれてすごく嬉しかったし、…うまく言えないんだけど、だから、俺―――」
豊の言葉が止まった。顔を三村の胸に彼の腕で押し付けられたからだ。
「シ」
「もういい……」
三村の声が震えていることに気付き、豊は名前を呼ぶ声を止めた。
「ごめん。悩ませた」
本当に自分が情けない。
きっと、豊の感情は友情とそんなに変わらないんだろう。それでも、自分が一番だと言ってくれたことが三村を舞い上がらせた。
「………キスして、いいか?」
「えっ……」
耳元で囁くと、ぱっと顔に朱が散った。どぎまぎしていたようだったが、唾を一つ飲み込むと、こくんと頷いた。
「恐かったら目ぇ、閉じてろ」
ぎゅっと目を瞑って、それでも顔を自分のほうに向けてくれる仕草が、嬉しくて。
衝動を必死に抑えて、触れるだけのキスをした。
「豊…俺は、もっと先もしたい。嫌なら嫌って、はっきり言ってくれ。本当に嫌なら、もう、二度としない」
相手の唇に乗せられるぐらい近くで、言葉を呟いた。豊の顔はますます赤くなった、が。
返事の代わりの様に、きつくきつく抱きついてきた。
「……いいのか?」
もう後戻りできないぞ?
言外に含ませた言葉を読めたのかは解らないが、三村の胸の上でこくりと頷いた。







結局、家に連れてきてしまった。
豊は、初めて来るわけでもない部屋の中を、ベッドの上に腰掛けて落ちつきなくきょろきょろと見渡している。
その姿がどうにも小猿を連想させて、笑いが滲み出てしまう。
そんな相手にこれからすることを考えると、自己嫌悪に再び陥りそうになるが。
隣に座ってやると、可哀想になるぐらいびくんと身体を震わせた。
恐がらせないように、細心の注意を払って顔の輪郭に手を伸ばす。
傷つけたくない。大事にしたい。それと同時に、どうしても欲しい。
本当に、どうしてお前なんだろうな。
友達のままでいられたら、その方が楽だったのに。
「……んっ…!?」
軽く口付けて、緊張をほぐす様に舌で唇をなぞってやると、ほんの少しだけ門が緩んだ。そこに舌を差し入れると、腕の中の身体がびくっと強張った。
「優しくするから…」
唇を離して、耳元で囁いてやるが、身体の力は抜けない。
「ひゃっ…」
軽く耳朶を噛んでやると、悲鳴とも嬌声ともつかない声が漏れた。それに気を良くして、そこをしつこく攻め立ててやる。
「あ…やだ、シンジぃっ…」
「ここ、気持ち良くないか…?」
「わ…わかんない…変な感じ…」
だんだんと豊の力が抜けて、ベッドの上に倒れていく。それをちゃんと支えながら、同時に唇を首筋の方へ、それからさらに下へ動かしていく。
「あっ!?」
いつのまにか捲り上げられたシャツの下にあった突起を触れられて、豊の息が跳ね上がる。
「気持ちイイ?」
「…あ……た、多分…」
少し笑って聞いてやる。ますます顔を赤らめたが、ちゃんと返って来る返事に、堪らなく興奮した。
「ご、ごめんね、変な声だして…」
見当違いの詫びをする豊に、とんでもないと首を振ってやる。
「なんで謝るんだ? お前が感じてる証拠だろ?」
これで良くなかったら俺は自信喪失しちまうよ。
気を良くした三村は、ますます調子に乗って子供のような木目細かい肌の上を指と舌で蹂躙する。
「あ…あっ!? ちょ、シンジ待ってっ…あぅっ!」
中心を捕まれて、静止の声が跳ねあがってしまう。それを無視して、先端を咥えてやる。
「ひゃ…はぅっ、あ、ああァ……!」
汗で滑り落ちてきた三村の前髪を、力の入らない指でくしゃりと掴む。ひくひくと痙攣するそれとその仕草に、三村の方が我慢が効かなくなる。
脈打ち始めたそれを解放し、自分の口で指を湿らせると、最奥の部分に指を伸ばした。
「あ…!? い、痛っ…痛いよぉシンジぃっ!」
「ごめん…俺ももう、限界ッ……」
じわりと目の端に滲んだ涙をそっと舌で掬ってやると、ゆっくりと指を動かす。
「ひっ…痛ぁ……やだ、もぉ……」
ぽろぽろと流れ落ちる涙に、罪悪感が疼く。
「思いっきり慣らすから…も少し我慢、な?」
「う…ふっく……」
宥めすかしながら、本当にゆっくりと慣らしていく。徐々に、痛みを訴えるだけだった声が少しずつ浮き上がってきて。
「あ……シンジ……」
無意識のうちなのか、僅かに揺らめいた腰を見届けて、その狭い門に痛いほど張り詰めた自分のそれを押し当てた。
指を引きぬき、ゆっくりとそこに埋めていく。
「いっ……うあああ………!!」
「好きだ……豊好きだ……」
指とは比べものにならないほどの圧迫感に、どうしても拒絶が先に立つ豊の耳元で、まるでそれが免罪符になるかのようにその言葉を繰り返す。
「好きだ、好きだ、好きだ好きだ好きだ豊ァッ……!」
口付けの合間に、何度も何度も。
この思いの何十分の一でも、届くようにと。




「豊。…豊?」
自分の腕の中で、気を失った様に眠り続ける豊を、すまなそうにそっと抱き寄せる。
「ごめんな……」
道を踏み外させたのは、自分。
愛しくて愛しくて、だから罪を犯させた。
もう、彼がいない自分など、考えられないから。
「豊」
まだ残っている涙の後を、そっと拭ってやって。
「好きだ……」
届くはずのない言葉を、ずっと囁いていた。