時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

VOICE

試合終了のブザーがなるギリギリの瞬間、シュパッ、と言う音が豊の耳に届いた。
紛れもなく、長い左腕から放られたボールが、敵陣のゴールに吸いこまれた音だった。
…ワアアアア――――!
一瞬の沈黙。その後の歓声が体育館を揺るがす。
69VS72。一点差をひっくり返したスリーポイントシュート。それを放った男は、チームメイトにもみくちゃにされている。
「オーケイ!」
ワイルドセブンこと七原秋也と手を打ち合い、ガッツポーズを作る。その一連の仕草も、洗練されていてとてもカッコイイと豊は思った。
勝利の興奮に酔い、自分が観客の一人であることを忘れ、コートに飛び降りてその男の名を呼ぶ。
「シンジ―――!」
ぶんぶんと手を振ると、その男―――三村"ザ・サードマン"信史はそれに気づき、ニヤリと笑みを浮かべ親指を立てて見せた。






汗臭いユニフォームから制服に着替えて更衣室を出ると、思った通りちまい人影が待っていた。
「豊」
声をかけてやると、こちらに気付いてぴょこんと立ちあがり、たかたかと駆けて来る。小猿、と言う単語が頭に浮かんで笑いがこみ上げた。
「シンジ、どうしたの?」
「いや、別に」
吹き出しながらの返事になってしまったので、めげずに何、何と話しかけてくる相手を軽くいなす。
「何でもないって。…帰るか」
「うんっ」
少し癖のかかった茶色い頭にぽふぽふと手を乗せてやる。この感触が実はかなりお気に入りだったりする。
勿論、口に出しては言わないが。
「やめてよシンジー」
静止の声が出るが、顔は笑っているので、かまわずに頭をもっと掻き回してやる。








シンジは、いつでもすごい。
背が高くて、足が長くて、頭も良くてスポーツも上手くて…とにかくカッコイイ。
今日だって、シンジとシューヤのコンビプレイはすごくカッコ良かった。
だから、シンジは俺の自慢の友達なんだ。
「ねぇ、シンジ」



この声が好きだ。
三村、でも信史、でもなくシンジ。
友人は少なくないけど、
自分のことをこの発音で呼ぶのは彼だけ。
「うん?」




この声が好き。
優しくて、低いけど掠れてない。
俺の声に返事する時だけ、
こんな音になると思うのって俺の勘違いかな。
「今日の試合、すごかったね! 俺今日寝らんないかも」
それでもいいや。
俺はシンジの声が好きなんだから。




「おいおい、これ以上誉めたって何も出ないぜ」
別に、それに自惚れるわけがないけど。
それでもいい、この声が俺は好きだ。





軽く甲が触れ合った手を、握り締めた。
「…シンジ?」
不思議そうだが不快そうではない声に、少し安心して、手を離さない。
「なんか、ガキみたいだよ」
「いいんじゃねぇ? まだガキでも」
「…うん」
「………」
豊は、少しだけ開き直った様に、繋いだ手をぶらぶら前後に揺らしている。
三村も別に不快ではないので、されるがままにさせていた。
夕日が照らす帰り道。







お前はきっと気付かない。
俺がどれだけ、お前の存在に救われているか。
どんなにお前の事が大切なのか。
気付かなくてもいい。
ただ、其処にいてくれれば、それでいい。