時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

届いた呟き 届かぬ叫び

強くなりたかった。
彼女やあの人を護れるだけ、強くなりたかった。





「弘樹!」
振り向くと、そこに千草貴子が立っていた。俺とは幼馴染で、子供の頃はよく一緒に遊んでいた。今でも、学校では七原達と同じ位
よく喋っている。
「貴子」
「次、決勝だって? 頑張りなよ、応援してあげるからさ」
頷くと、満足そうに髪を掻きあげた。俺よりずっと色が白くて細い指に、重そうな銀細工のアクセサリーをじゃらじゃら付けている。
あれ?
「新しいの買ったの?」
「え? ああ、これ? よく気付いたね。いいでしょ」
昨日まで見たことが無かった、細い針金を捻って巻いたような細工の腕輪の事を指摘すると、貴子の顔が嬉しそうに綻んだ。俺には
良く解らないけれど、やっぱり女子はそういうことに気を使うのが好きなんだろう。と、道場の中から声がかけられた。
「それじゃ、俺行くから」
「うん。頑張ってね!」
踵を返した俺の背中に貴子の声が飛んだので。
振り向かないまま拳を軽く上げた。





子供の頃は、俺が貴子に守られていた。
近所の悪ガキにいじめられて泣くのは俺の役目。
そんな俺に呆れながら、それでも彼女は俺の手を離さなかった。
だから、今度は俺が彼女を守る番だと思った。
武術を習い始めて、身長もいつのまにか彼女を越していた。
口さがないクラスメートの声や、男が女に与える理不尽な暴力。
そんなものから、彼女を護ってやりたかった。
護ってやりたかった、のに。






反吐が出そうな殺し合いゲームに巻き込まれた中で、俺は必死に貴子と琴弾を探していた。幸い、自分が持つ「武器」は首輪の探知機。
誰なのかは解らないが誰かが居るのは解る。
暗い森の中、手元に浮かぶ光点を頼りに走り抜ける。
身体が重い。
息が苦しい。
当然だ、殆ど休み無しでこの島をうろついているのだから。
それでも、足を止めることなど出来ない。
「間に合ってくれ」
それだけを必死に祈って。
やがて、何度目かの反応を頼りに、俺は、貴子を、見つけた。
彼女のセーラー服は、血でべっとりと濡れていた……





「貴子!!」
抱き上げた身体は、重かった。重くて、冷たかった。
最悪の事態が胸を過ぎり、後悔が重い泥になって身体を重くした。
それでも、抱え上げて木の蔭まで連れていった。
僅かに、貴子の瞼が動いたような気がした。まだ生きている!!
「貴子! 貴子!」
視界が霞む。何だ、どうして見えないんだ? 
ゆっくりと開かれた貴子の瞳を見たとき、頬が冷たくなった。何やってるの、とでも言いたそうに貴子が苦笑する。あぁ、俺は泣いてい
たのか?
流れていく血が、少しずつ冷えていく。唐突に理解した。貴子はもうすぐ、死ぬ。
「…誰に、やられた?」
何か言わなければと思うのに、出せたのはこんな問いだけ。
「光子よ。気をつけて」
「あぁ」





こんな時にまで、お前は俺の心配をするのか?
俺はお前を護れなかったのに。






「あんた、好きなこいるの?」
苦しい息の下から、貴子が声を出す。ちょっと戸惑ったが、脳裏に琴弾の顔が浮かんだ。
「いるよ」
「まさか、あたしじゃないわね」
確信を含んだ貴子の声。
「違う」
「そう、それじゃ……」
ゆっくり、貴子が目を閉じる。静止しようとした俺の声は、しがみついて来た貴子の腕で止められた。
「せめてちょっとだけ、抱き締めてて。すぐ……終わるから」





何が出来る?
俺は今お前に、何が出来る!?






手を傷口に触れない様に廻して、しっかりと抱き締める。
俺の熱がお前に移ればいい。これ以上冷たくならないでくれ、頼むから。
「生き残るのよ、弘樹」
耳もとの声に、頷く。こんなに俺の口は役立たずだったか?
「あんた、すごいいい男になったよ」
「お前も。俺の知ってる中で一番いい女だ」
唇を無理やり動かす。届け、届いてくれ。
ゆっくりと、身体が離される。貴子の唇が動いたが、声は聞こえなかった。
彼女の目は開いたままだった。





護りたかった。
強くなりたかった。
護れるだけの強さが欲しかった。
それなのに。





俺の腕の中で貴子は死んだ。
護れなかった。もっと何か、方法は山ほどあったのに。
護れなかった。最初から目を離さずにいれば、こんなことにはならなかったのに。
護れなかった。





護れなかった!!






身体が冷たい。
撃たれた傷口だけがすごく熱い。そのほかの場所はもう冷え切っている様だ。
七原や川田に誘われたが、俺に助かる権利があると思えない。
俺はもう殆ど死んでいる。
だけど、琴弾は、琴弾だけは、なんとか助けたい。
護りたい。
琴弾だけは―――――





がさがさっ






―――――!





音がした。
誰か居る!
視界の端に、揺れるセーラー服を捉えた。





「琴弾!!」





今度は、護り抜く。
絶対に、助ける!!