時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

かぜのたどりつくところ

ブルックリンには今日も風が吹く。



×××



ディーノは、炎を見るのが好きだ。
蝋燭、コンロ、暖炉と何でも良いが、とにかく炎の揺らめきを見るのが好きだった。
不思議な話、物凄く落ち着くのだ。
ただ揺らめきを見ているだけで良い。或いは手を翳し、その熱を感じるだけで良い。
勿論、分別の無い子供のように無闇に手を伸ばして火傷を負ったりはしない。



「火を見たら――――…、火の用心だ」



炎の危険も、恐ろしさも、ちゃんと解っている。
その上で、その暖かさと力強さに憧れる。
ぼんやりとしていると、随分時間が経ってしまったらしい。
「ディーノ! 今日は野球の試合があるんじゃないのかい?」
つい最近家に戻ってきてくれた母の声に我に返り、慌てて身支度を始めた。



×××



マックは、ハンバーガーと同じくらい公園が好きだ。
正確に言えば、ハンバーガーを食べながら公園の芝生に寝転がるのが好きだ。
天気は上々、風は安らかで、大地は柔らかく暖かい。
気持ちよさに、マックは遠慮なく体を伸ばして目を閉じた。



「――――きみは良い子だ」



まるで、母の腕に抱かれているような―――否、それよりももっと大きく、柔らかく優しいものに身体を包まれているように思う。
何の心配もせず、何を恐れることもなく、優しい眠りを約束してくれる。
そのままうとうととずっとまどろんでいたかったけれど、残念ながら時間だった。
「…応援にいかなきゃ、なんだな」
うーん、と大きく伸びをして、マックはやはり笑顔のまま、大好きな友達の応援に出かけた。



×××



メグは、噴水の縁に腰掛けていた。
戯れに細い手を伸ばし、水を弾いて遊ぶ。冷たさと光を乱反射する輝きが心地良い。
いつから自分が、こんな風に水に慣れ親しむようになったのか、実は良く覚えていない。
ただ、水の傍にいると安心する。



「だいじょうぶ。ボクたちがきえたら、ぜんぶわすれられるから」



ぽちょん、と水面に噴水とは別の雫が落ちて、慌てて拭った。
不思議なことに、こうしていると安心する筈なのに何故か、いつも理由も無く涙が出てしまうのだ。
辛いのではない。悲しいのかもしれないけれど、嬉しくないわけでもない。
「ああんもう、何なのかしら」
口調だけ聞けば苛立っているようだけれど、メグの顔は笑っていた。目尻に残っていた雫をきゅっと拭い、立ち上がる。
丁度目線の先に、一緒に行こうと手を振ってくる友達の姿を捉えたからだ。



×××



風は吹く。ただ、風は吹き続ける。
世界を進めるかのように。
世界を包み込むかのように。
世界を――――見守るかのように。

そしてまた、風に導かれた一つの星が落ちてきた。



×××



「いや〜あ! 諸君、惜しかったッスねぇ! いや残念残念、フゴッ!」
「負けたのはアンタのせいでしょうがああ!!」
元気に張り上げられるシュウの脳天気な口上が、切れの良いメグのツッコミチョップに遮られるのもいつものこと。
「ったくもう…応援に来て損したっ」
「シュウ、カッコイイんだな」
今日も思い切り大敗を喫した少年野球チーム・リキリキリッキーズにて、こんなやりとりが交わされるのもいつものこと。相手チームのメンバーも呆れ顔で見ている。
「ナンだよ暗いなぁ気にすんなよ〜。ほら言うっしょ、明日は明日の風が吹くーってね!」
一発や二発のツッコミではめげないシュウに、メグが再び攻撃を入れようとしたその時。
「チチチ」と小さい鳴き声がシュウの帽子の中からした。
「え?」
「ん? おお、コイツ?」
ぱっと帽子を取ると、そこには毛色の青い妙なネズミが一匹、小首を傾げていた。
「ああっ、その子!」
「この前、メグが秘密基地で見つけた子なんだな〜」
「なーんか人懐っこいんだよなーコイツ。父さんと母さんにもオッケー貰ったからもうオレのモノー」
「シュウが飼うの? 大丈夫? ちゃんと世話出来る?」
「あーうるさいなー、いーんだよコイツは! いてもいいの!」
「それはシュウが決めることじゃないでしょうが! も〜、心配だなぁ…」
相変わらず自分論理を繰り広げるシュウに、メグは不安の色が隠せないが、マックはそれが良いとでも言うようにニコニコ笑っている。
「あの…君達?」
「あん?」
「え?」
「なんだな?」
気付くといつの間にか、相手チームのピッチャーが来ていた。ちょっと困ったように首を傾げながら、話しかけてくる。
「その子…ネズミ? ちょっと見せて欲しいんだけど」
「え、ええ、いいけど…?」
「なんだか…ちょっと懐かしい感じがして」
「んんー? ナンだよ見せるけどやらねーぞ、オレのだし!」
「ちょっとシュウ、失礼でしょ!」
「そんな浅ましい真似する気はないよ。ただ見せて欲しいだけだっ」
「んだとー? 同い年のクセにカッコつけんなよぅ、このキザ夫が」
「キザ…ボクはディーノだ! ディーノ・スパークス!」
「へへーんだ、お前なんかキザ山キザ夫で充分だっつーの!」
「も〜、もう試合は終わったんだからケンカしないでよー!!」
「みんななかよし、なんだな」
試合で散々やり込められた腹いせか、ケンカ腰のシュウにディーノの方が乗ってきた。メグは焦り半分呆れ半分で音をあげ、マックはやはりニコニコ笑っている。
と、不意にマックはふと顔をあげた。
「あ」


ひゅるるるるるるる、という風切音とともに、何かが落ちてきた。


その物体は過たず―――――


べしょす。


「ンガッ」
「チチッ?」
「うどふ!」
シュウの頭の上、正しく脳天に炸裂し、変な悲鳴を漏らした。
直撃を避けたネズミが声をあげ、直撃を食らったシュウは潰れた悲鳴を上げる。何が起こったのか解らず、暫し一同呆然とした。
シュウの脳天に落ちてきたその物体は、ぶるぶると身を振るって立ち上がる。その姿は、若干色が黒ずんでいたけれど、青いネズミに酷似していた。
「ガガ…ンガガガ、ガガ、ガーガーッ!!」
「チッ? チチュ、チ、チュチューッ!」
落ちてきたネズミのようなものは、妙な鳴き声で隣にいたネズミに食って掛かっている。青いネズミもどうやら話は通じるらしく、反撃しているようだった。
「ガガガガ、ガガッ、ガー!」
「チュチュ…ギュ、チュ、ンギ、ンガー!」
「ガッガー! ガガッ!」
「ンガガンガガ、ガガー!!」
「なんか…鳴き声、変わってきてない?」
じたじたじた、ごろごろごろ、と狭い足場の上で争ううち、二匹の鳴き声がなんだか似通ってきた。お互い暴れまわりついに噛みつき合おうとした時―――
「ヒトの頭の上でケンカすんな―――――!!」
「ンガッ!?」
「ガガッ!?」
我慢の限界に達したらしいシュウが、素早く二匹を両手で掴んで引き摺り下ろした。
「あーん? ナンだよ良く似てるなお前らー。えーっとこっちがねずっちょだからー、よし決めた! お前は目つきが悪いから、わるっちょだ!」
「ちょ、ちょっとシュウ、その子の方も飼うつもり?」
「メグ、大丈夫なんだな」
「理由は解らないけど…懐いてるみたいだね」
ディーノの言うとおり、先程あれだけケンカしていた二匹のネズミは、現在シュウの手の中に大人しく納まっている。
―――まるで、目指した場所に漸く辿り付けたと言う様に、目を細めて幸せそうで。
それを祝福するかのように、ざあ、と強い風が吹いた。



「……ただいま。 ………シュウ



風の音に紛れて、一瞬聞こえた声。
「ん? ん? 今のお前か? それともお前か?」
青いネズミを持ち上げて首を傾げ。黒っぽいネズミを持ち上げて首を傾げ。
ネズミたちも同時に同じ方向に首を傾げたので、うん、と一つ頷いて、再び二匹のネズミを頭の上に乗せてシュウは走り出した。
「ま、どっちでも良いや! 行こうぜー!」
「あ、シュウどこ行くのよー!」
「秘密基地に決まってんだろー!」
「メグ、ボクらも行くんだな。キミも良かったら、来て欲しいんだな」
「え? いや、ボクは―――…」
「…そうね。一緒に行きましょ! すごくいい所なのよ!」
「でも、」
「オーイ、メグ! マック! キザ夫! 置いてくぞー!」
「っだから、ボクはディーノだっ!!」
「置いてかれるんだな。急ぐんだなっ」
「シュウー! ついたらまずその子達の写真撮らせなさいよー!」
風に背中を押されるように、子供達は走り出す。
その足取りは、まるで空を飛んでいるように、軽い。



×××



明日もきっと、良い風が吹く。