時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

陰飲.

闇の中に、白いものが蠢いている。
まるで不気味な化け物がその身をのた打ち回らせるかのように。
しかし目を凝らして見ると、それはひとつの頭とふたつの乳房、くびれた腰と肥大した尻、2本の腕と2本の足を持ったれっきとした人間の体であった。何故それを化け物などと見間違えたのかというと、それが今在る状況のせいだった。
闇―――正確には、どろりとした赤黒い粘液が、その体を包み込むようにずるずると這いずり絡みつく。只の物体にしか見えないそれは、どう見ても明確な意思を持って白い肌に纏わりついている。それが動かぬ体を無理やり蠢かし、何か別の生き物のようにみせていたのだ。
ずぶり、と粘液が沈む。
「……うぐぅ、げほっ! あっ、ぅえぇっ!!」
と、赤黒い膿の中から久しぶりに解放されたのか、浮かび上がった顔が苦悶の表情で咳き込み、口の中から大量の粘液を吐き出す。女だ。苦しさから目に涙を浮かべ、口の周りを涎と粘液で汚すその姿は、哀れを誘うと同時に卑猥に見えた。それは女の顔が並よりかなり馬身を置いて抜きん出ているせいでもあるし、潜在的な色気を厚ぼったい唇から零しているせいでもあった。
「んううう…ぁあ、も、やめてぇ…ひいいいっ!」
その唇から、悲鳴なのか嬌声なのか判らない声が上がる。静止を求めた声は不意に跳ね上がり、同時に彼女は体を膿の上でのた打ち回らせる。その下半身は、いつの間にか全体が粘液で覆われ、尚且つそれはひっきりなしに移動して、彼女の肌と内膜を苛んでいた。
「いやぁ、ああっ、んはっ、んあああああーッ!!」
…彼女はほんの数日前まで、普通の学校に勤める普通の教師だった。何の前触れも無く、唐突に、こんな悪夢の中に叩き込まれるなんて予想していなかった。
否、前触れはあったのかもしれない。只、気づかなかっただけのこと。恐らく、彼女を始め殆どの人々は、昨日と同じ今日が来ることを欠片も疑っていない筈だ。
しかし世界は確実に変わっていた。昨日までこの学校に通っていた生徒が二人、死んだ。
「やめてぇ…おねがい、やめさせてぇ…中島、くぅん…!!」
彼女が必死に顔を上げ懇願する、膿の外から冷たい視線を彼女に降ろしている―――一人の青年の行為に拠って。
青年は女性に負けないぐらい美麗な顔立ちをしていた。しかし、見るものに思わず劣情を催させる彼女に対し、青年は酷く怜悧な、迂闊に近づけばずたずたに引き裂かれそうな空気を持って周りのものをすべて拒絶していた。瞳に宿るのは、憎悪と孤独と嫌悪。目の前で嬌態を晒す女性に、侮蔑の感情しか向けていなかった。
「何言ってるんですか、小原先生。まだ儀式は始まったばかりですよ。もっとそのいやらしい体の中で生気を練って、そいつにプレゼントして上げてください」
そいつ、と言いながら中島と呼ばれた青年は、意思を持たないような粘液の塊を確かに指差した。するとまるでその呼び声に呼応するかのように、その粘塊の動きは活性化し、まるで小原と呼ばれた女性を包み込むかのようにその身を動かした。
「いやああやめてえええ!!! いっんっんんっやあああ!!」
魂消るような悲鳴が跳ね上がった。粘塊が確かな方向性を持って、彼女の体を玩びだしたのだ。背中からゆっくりと豊満な体を包み込み、揉み絞るように乳房に重なる。更に先を捻り上げるように身を伸ばし、苦痛と快楽を同時に与える。
「だめ、胸が、むねがあああっ! あああ―――んんっ…!!」
粘塊は容赦せず、尻の谷間を通って後ろの狭い門、更にそこから這い上がり一番大切な核の部分を摘み上げ吸い出すように嬲った。明確に快楽を与えようとする動きだった。
「あっ、ヒィ、やはああああんんっ! ゆる、し、てもおおおおっ!!」
恐怖とそれを上回る快楽に意識を分解されて、小原は叫んだ。限界を超えてしまった理性が、誰にともなく助けを求める。この不気味な際限の無い快楽の沼地から解放してくれるのなら、もう何でも構わなかった。
「あひぃ、いく、いっちゃうううう! ひィいいいい――――…ッ!!!」
容赦ない責めによる絶頂。その瞬間、闇が仄暗く輝き、その光に照らされた中島の顔が確かな歓喜を帯びる。
「やった―――成功だ」
その言葉に応えるかのように、粘塊が蠢く。ずるずると床にだらしなく広がるだけだったそれが、盛り上がり、寄せ集まり、形を成していく―――――!
「ぁ………あ………?」
肌に触れる感触が変わった事に気づき、ゆるゆると小原は目を開ける。腰に巻きついていたモノが、確かな形を持つ腕に変わっていた。
青黒い肌のそれはざらざらとまるで鱗が生えているかのような肌触りだったが、少なくとも今までのモノよりは拠り所に出来そうだったそれに、小原は歓喜した。
同時に彼女を包み込んでいたものすべてが、しっかりと骨と肉を持った男の体に変わっていく。
涙に濡れた瞳の向こうに―――銀の髪を靡かせ、赤い瞳を煌かせた悪魔が、いた。
「ぁあ…はぁあ……っ」
並みの神経を持つ人間ならば、恐怖のあまり気を失ってしまうかのような表情だった。しかし今まで不定形の化け物に嬲られ続け、意識も理性も焼き切られた彼女にとっては、なにものにも代えがたい拠り所、だった。そう思ってしまった。
必死に気だるい両手を伸ばし、力の入らぬ両足を絡め、その体にしがみつこうとする。その仕草をどう見たのか、悪魔は―――笑った。
そこに慈悲など有りはしない。あるのは哀れな自分の持ち物=奴隷に対する、所有欲と侮蔑だった。
『愛い奴だ』
ずんと腹に響くような声が、小原の耳朶を打った。それは紛れもなく、彼女に与えられた賛辞だった。例え単なる自分の愛玩物に対する愛情だとしても―――多分それに気づく余裕など無かったけれど―――彼女は本当に嬉しそうに、笑った。
「ぁ…あ、おねがい…もっとしてぇ…」
浅ましく腰を振り上げ、唐突に刺激を無くして疼いていた秘所を相手の腰に擦り付ける。恐怖が、完全に快楽に飲み込まれた瞬間だった。
にぃ、と乱杭歯の並んだ唇が歪む。異形の美を湛えたその男は、躊躇い無く腰を振り上げて怒張した象徴を潤んで融けた中心に叩き込んだ。
「ヒィイッ!! あぁ、アッ、大きいィイっ…!!」
ぶるぶると震え収縮する内側に、悪魔は自らを差込み続ける。お互いの快楽は着実に膨れ上がり、満たされていく。
「んは、ぁぁあん、ぁ、だめぇ…! イイ、のっ、きもち、いっ、出して、中にしてぇえ〜〜ッ!!」
『―――光栄に思え―――』
「きっ…ぁああああああんんっ!!」
どぐん、と自分の内側で何かが弾けたのが解った。びく、びくん、と痙攣するそれは、熱い液体を思う様内部に注ぎ込む。
『女―――俺の子を孕むが良い』
耳元で囁かれた傲慢な命令に、小原はうっとりと笑って頷いた。
かの悪魔の正体は、嘗て遠い北欧の地にて神と一線を画し、数多くの女神や女魔に自分の子を産ませて自らの忠実な手駒とした魔王・ロキ。
彼にとっては人間の女一人、孕ますなど造作も無いことだった。
小原は最早何も喋らず、ただうっとりと愛しい男に対するように悪魔の首筋に顔を擦り付ける。もうこの世界で自分が頼れるのはこのモノしかいないとでも言うように。
只一人、狂乱の世界から下がりその闇を見つめ続けていた中島は、はっきりと侮蔑の表情を小原に向け、徐に立ち上がる。
「…完全に実体化出来たのか?」
『―――まだだ。たかが人間数匹足らずのマグネタイトでは俺は満たせん』
未だ硬さを失わない象徴を女の中に入れたまま、平然とロキは応える。自分をこの世界に呼び出した、召喚者に。
「まだ食うつもりか? 今度は誰を」
『もう目はつけてある。アレは――――――』
会話は自然に闇の中に沈んでいった。






その日、白鷺弓子はいつも通り、定時に家に帰るつもりだった。
しかしその途中であいにく担任教師に捕まってしまい、教材室に資料を仕舞う為寄り道をする羽目になる。
「ついてないなぁ」
ぽそりと思わず呟いた言葉がやけに廊下に響き、思わず弓子は辺りを見回した。
窓の外はもうすっかり暗くなっている。春とはいえまだまだ日は短い。何となく気味悪さを感じ、弓子は足早に廊下を歩いていく。
「――――、?」
「…えっ?」
ふと、通り過ぎたPC室の中から話し声が聞こえたような気がして、弓子は立ち止まる。別にこの時間まで残っている生徒がいることはおかしくないので、気にせず通り過ぎてしまうことも出来た。なのに弓子がそれをしなかったのは、聞こえた声が自分のクラスメートのものとよく似ていたからだ。
「…中島くん?」
数週間前この学校に転校してきて以来、同じクラスの中島朱美は弓子にとって非常に「気になる」存在であった。決して親しくしていたりされていたりしたわけではない、寧ろ酷く邪険にされている。それでも、彼女は中島のことを嫌いにはなれなかった。はっきりしないその感情は、まだ恋や愛などという明確なモノではない。ただ、気にかかるし相手のことを知りたいと望んでいた。
だからこそ彼女は、好奇心を抑えきれずにドアに近づき、こつこつとノックをしてしまった。
「中島くん、そこにいるの? あ、私白鷺だけど―――」
最後まで言葉は出せなかった。


―――ダァンッ!!


「っ、きゃああ!!?」
凄まじい衝撃音と共に、教室のドアが吹っ飛んだと思ったら、そこから無数の赤黒い触手が飛び出してきて弓子の体を絡め取った。驚くべきことに、その触手が彼女を教室内に引きずり込んだ瞬間、まるでビデオの巻き戻しを見ているように倒れたドアが立ち上がって元の通り収まった。
後は、静寂。
校内には、何の物音も、声すらも響くことは無かった。




「なに、これ…ッ! い、いやっ、やめてぇ!!」
体に絡みついた触手は、液体化と半固体化を繰り返しながら、遠慮なく弓子の体にまとわりつき締め上げた。
「ひぁっ、いやっ、やだぁあ…!」
体のあちこちに擦り付いてくるその動きに、弓子は顔を青褪めさせて仰け反る。その仕草に却って煽られたように、触手の動きは激しくなっていく。
『は、ははは!! これはいい。欲しいモノがそちらからやってくるとは!』
「えっ、き、ぃやああああっ!!」
不意に低い笑い声が間近で弾け、驚いて弓子は目を見開く。目の前に立っているのは、青黒い肌をした銀髪の美丈夫。しかしその瞳は赤くぎらつき、耳元まで裂けた口からは牙が覗いている。始めて見る異形に、弓子は悲鳴を上げることしか出来なかった。
「いや、助けて…中島くん! 中島くん、助けてぇえっ!!」
涙を流しながら懇願する弓子と相対し、中島もその美麗な顔に僅かな動揺を浮かび上がらせていた。
「ロキ。その子は―――」
『そうだ。俺に相応しい生贄はこの女しかおらぬ。ヒトにしては類稀なる美味なマグネタイトの持ち主だ。たっぷりと味あわせて貰うぞ…!』
「ぃや、ん、うぅンンッ!!」
「―――――!」
必死に捩る身を容易く押さえつけ、ロキは無遠慮に弓子の唇を奪う。曲がりなりにも気になる男の前で、別の相手に口付けをされる羞恥と嫌悪に、弓子は瞳から涙を溢れさせることしか出来ない。中島は不意にずっと座っていた椅子から立ち上がり、ロキを静止しようとする。
中島自身は、今まで弓子のことなどどうとも思っていなかった。その容姿と成績から言い寄る異性に事欠かなかった中島にとって、自分に親しげに話しかけてくる転校生も他のクラスメートの女子と何ら変わらない存在だった。事実近づいてくるその姿を疎ましく思っていた。その筈なのに今、彼は彼女をロキに嬲られて動揺している。怒っている、と言ってもいいほどに。
いつに無く焦りを浮かばせたまま、悪魔を止めようと命令を出そうとした瞬間――――
『グルルルルゥッ!!!』
「!? ―――ぐあ!!?」
今まで自分の足元で、自分を守るために鎮座していた巨大な猟犬―――ケルベロスが、唐突に後ろから襲い掛かってきた。ざくりと肩を鋭い爪で裂かれ、たまらず床に倒れ伏す。そのまま圧し掛かられて、抵抗も出来ずに中島は呆然としていた。
彼の算出した理論が正しければ、自分の召喚した悪魔はすべて自分にとって忠実な筈だった。それを裏づけ出来るのが、初めて呼び出してからずっと自分の意思に従っているこのケルベロスの行動だった。事実今の今まで、ケルベロスは中島の命令に従いこそすれ拒否をすることなど一度も無く、まさしく彼の忠実な僕と成り果てていた。それなのに今、躊躇い無く自分の皮膚を切り裂き押さえ込んでしまった魔獣に対し、中島は現実を信じることが出来なかった。
『ふははは! そんなに驚いたか、ニンゲンよ。最早貴様に従う理由も無い、ここまで力を得ればお前の力などいらんわ。それ故そこの獣には、少し手伝って貰ったまで』
「なん、だって…?」
嘲りしかないロキの言葉に、中島はただ呆然として呟いた。ありえない、そんなことあるわけがない――という言い訳がぐるぐると回転だけは速く脳味噌の中で回りながら、一瞬前まで僕であった獣の足で押さえつけられている。
ケルベロスの背後から、何本もの触手が這い出している。既にある程度実体化出来るほどの力を備えていたロキは、中島に気取られぬよう自分のマグネタイトで作られた触手をこっそりと伸ばし、地獄の番犬を自らの思うがままに操ったのだ。勿論中島はそんなことに気づく余裕が無くて、自分の失敗を認めずただ俯いていただけだったのだけれど。
「中島くんっ、しっかりして! 大丈夫!?」
無理やりロキの口付けを振りほどいた弓子が叫んだ。涙に濡れた瞳にはそれでも、自分よりも中島に対する心配に満ちていて―――ロキは心底面白そうに、はっと笑った。
『成る程…この女、お前のモノであったか。だがコレはニンゲンにとっては少々勿体無いな。貴様らには解らんだろうが―――この女は器だ。嘗ての神すら飲み込める、な』
弓子と触れ合ったことで、ロキは既に理解していた。彼女が類稀なるマグネタイトを保有していた理由。嘗てこの国に舞い降りた大いなる女神の器であることを。
『ゆっくりと味あわせて貰おう…そ奴を引きずり出すまでな』
その言葉に合わせて、ロキの片腕が変化する。硬質な肌がずるりと粘塊に変わり、それが細く枝分かれして触手と化す。淫靡な形をしたそれは、鎌首を擡げ我先にと弓子の身体に殺到した。
「きゃあああっんぐ!! うぅ!! んうぅ―――ッ!!」
悲鳴が口の中に飛び込んだ触手で封じられた。喉の奥まで入り込まれた息苦しさとえぐみのある苦さに、弓子の形の良い眉が顰められる。他の触手はまるで戯れるように蠢き、簡単に弓子の衣服を引き破いて白い肌を蹂躙する。
「むぅぅうーッ!!」
瞳から涙を零して、唯一意思表示の出来る首を必死に横に振る。勿論そんな静止で陵辱が止まる筈はない。半液体化したマグネタイトの触手は自在にその形を変える。あるものは太くなり脇や胸、足の間を擦っていき、同時にあるものは細くなり耳や乳腺、陰核に粘液をなすり付けて捻りあげた。
「うぅンッ! んんっ! ぐぅウン――ッ!!」
「…………ぁ…」
やがて弓子に訪れた明確な変化に、未だ床に倒れ伏したままだった中島は思わず喉の奥から声を絞り出した。白い肌がじんわりと桃色に焦げ、少しずつ吐息が熱に彩られていく。明確に快楽を求めて細い腰が揺らめいた時、中島は思わずごくりと出てもいない唾を飲んだ。
『楽しそうだな、召喚者』
「ッ…!」
いつの間にか側にロキが立っていた。自分の体を半壊させてまで女を甚振るその姿に戦慄しながらも、中島は必死に堪えて悪魔を睨みつける。どうしても瞳に浮かぶ怯えまでは消す事はかなわなかったけれど。
『抱かせてはやれんが、自分で慰める程度なら許してやるぞ?』
「っ誰、が」
咄嗟に返す中島に鼻で笑い、ロキは嬌態を晒す少女に向き直る。
ずるり、と触手の動きが一層激しくなり、まるで隙間を埋めるように彼女の体に殺到した。
「くふぅ! んぁっ、はぁあ…んん!!」
ぬぽり、と口から一本の触手が引きずり出てきた瞬間、明確な喘ぎが喉の奥から噴出した。
白い肌の上を滑っていく粘液まみれの触手は、僅かに彼女の体が緊張したところを逃さず、その部分を執拗に攻める。急くことはなく、只ひたすらに快楽のみを穿り返され、今まで経験を持たない弓子の理性を着実に蕩かしていった。
「あぁ…ぁっぁっあ…も、ぉ…いやっ…」
粘塊の膿の中でのた打ち回りながら、うつろな声で弓子は哀願する。誰も到達したことのないはずの脚の間の秘所は、既に半透明の蜜を大量に吐き出して痙攣していた。
『そろそろ欲しいか?』
「ぃ…ぁ―――――…っ」
乱杭歯の覗く唇を笑いの形に歪め、爪の伸びた手で裸体を抱き寄せた魔王を、僅かに残っていた意識で弓子は必死に拒否する。しかし当然それは、何の役にも立たなかった。
『遠慮はするな。出て来い、――――』
「いっ、いやぁ! あぁっ! あぅあァ―――――――――ッ!!!」
人間には聞き取れない音で何かを囁かれた、と思った瞬間―――体が引き裂かれた。そう思えるだけの痛みが、自分を貫いた。
『悪くない隘路だ―――お前も味わうが良い!』
「ひっ…いや、いやああああっ!!」
髪を振り乱して抵抗する頭を捕まれ、結合部分を無理やり見せ付けられた。自分の中心から紛れもない破瓜の血が流れ落ち、尚且つそこを蹂躙するグロテスクな肉塊を見た瞬間、ぶつん、と弓子の頭の中で何かが飛んだ。
「止めよ…ッ、この、痴れ者がぁっ…! あああっ!!」
『―――出たか!』
次の瞬間、確かに弓子の唇から別の声が飛び出した。組み敷く体を押さえ込みながら、待ちわびたというようにロキは笑った。
『この国の女神か。死の国の支配者―――悪くはない。美しいぞ』
ぐったりと意識を失った弓子の体を放り捨て、そこからまるで水面に浮かぶように現れ出でた女の腕を掴み、ロキは満足げに頷く。その腕に囚われた女性は、確かに弓子と良く似ていたが、その体は成熟した女性のそれであったし、凛とした気迫は一介の女子高生ではとても捻り出せない程のものだった。
「愚かな外つ国の魔王よ。我が夫ですらその醜さに慄き逃げ出したこの私を、美しいと申すか」
『貴様の旦那は随分と女を見る目が無かったと見える。死神の娘を持つ俺が、死の穢れを恐れると思ったか?』
きゅっと結ばれた唇を顎を掴んで無理やり仰のかせ、口付ける。相手の歯はどうにか蹂躙してくる舌を食い千切ろうと必死だったが、ロキは巧みにそれを抑えつけ、逆に無理やり快楽を引き出してやる。
「んっ…く…」
『ふ』
僅かに紅潮した白磁の頬に、ロキはにやりと笑い、無遠慮にその体に手指を伸ばした。
「おのれ…離さぬか、下郎ッ…」
『そう言うな。自分を捨てた夫にまだ操を立てているのか?』
「誰がっ…!」
言葉は否定だったが、今まで凛としていた気配があからさまに動揺した。何故なら彼女はずっと捜し求めていたのだから――――一度自分を捨てた男と、今生こそは共に生きられるかと、何度も何度も繰り返して。それは愚かだが酷く純粋な愛の形であり、だからこそ魔王はそれを嘲笑った。並みの悪魔より見えぬものを見通せるその魔王は、凶悪な笑みを浮かべて恐るべき真実を放った。
『まぁ、感謝せねばならぬかな? 貴様が漸く見つけたそいつのお陰で、俺はこの世界に顕現できたのだから』
「な、に―――――」
大きな瞳がはっと見開かれる。慌てて辺りを見回し、人影を探す。
そうだ、自分の依り代となっていた少女が意識を合わせて求めたのは、他ならぬ彼の――――
「――――あ――――ぁ」
やがて探していたものを見つけ、ひくりと女神の喉が震えた。
嘗て自分が愛した男の面影を残した青年は。
魔王に操られた嘗ての僕に、喉笛を食い千切られて倒れ伏していた。
「ぃ……………や、ああああああああああああああああっ!!!」
絶望の、絶叫。それと同時に、魔王の脈打つ象徴が女神の女陰を穿ち、ものの数刻も経たないうちにその内部を白濁で染めた。







ぴちゃりぴちゃりと、水音がする。
それが自分の足の間から聞こえていることに気づきながら、弓子は動けない。ただ煮蕩けた瞳で、自分の体にむしゃぶりついている魔獣を眺めるだけだ。
彼女の傍には散々嬲られた後の小原が居る。全裸のまま体を清めもせず、それでも満足げな笑みを浮かべて気を失っている。その腹は、ぽっこりと丸く膨れ上がっていた――子供が居るのだ。他ならぬ、北欧の魔王の。
少し離れた場所に、茫然自失のまま座っている女神―――イザナミが居る。一番辛い方法で自らの矜持を打ち砕かれた彼女の瞳はもう光を映さず、やはり赤子が居るであろう腹をそっとさすり続けている。
ロキはここにはいない。イザナミの力を半ば吸い取り完全な実体化を果たした彼は、この世界を掌握するために動き回っている。世界が混沌と化していくのに合わせて、数々の悪魔がこちらに現れはじめ、恐怖とパニックは日に日に膨れ上がっているようだ。
勿論、そんなことは最早弓子には関係なかった。命以外の全てを失った彼女に与えられるのは、最早快楽以外に無いのだ。
低い唸り声を上げてのしかかってきた魔獣が、身の内で達してももう彼女は眉一つ動かさない。
きっと彼女の腹の中にも―――既に、悪魔の仔が息づいているのだろうから。