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のんべんだらりんごった煮サイト

いばらの涙

満月の夜は、頭の中に声が響く。
情愛ではない、自分の一部がかけ離れてしまったことを伝え続ける声。
聞くたびに、焦燥が胸を焼いて、眠れない。
…逆に、新月の夜は良く眠れる。
夢を、見るから。






愛しい人
愛しい人
愛しい人





夢と現の狭間で、男と女はまた犯され合う。
体中に無数の蛇が這い回るような、残虐な愛撫。
巻き付かれて、砕かれ、蕩かされてしまうような、快楽。
普通の男ならば、夢見心地のまま後悔などせずに昇天してしまうだろう、夢魔の誘惑。
「…何度抱けば気が済む?」
それなのに、彼の唇から浮かぶのは冷たき声。
「愛しているわ」
夢の中だからこそ言える彼女の本当の声。
「もう、無駄なんだ」
「愛しているわ」
「こんなことをしても」
「愛しているわ」
「もう絶対に」
「愛しているわ」
「俺はアナタのモノにはならない」
「愛しているわ」
噛み合わない会話は続く。
「俺に必要なのは愛じゃない」
「貴方も愛して」
「アナタの愛情じゃない」
「愛して」
「出来損ないの俺ニンゲンの半身が必要なんだ」
「愛して」
「俺にはアナタは必要ない」
「愛して」
「アナタを愛せない」
「愛して」
「アナタを好きなのに」
「愛して」
「誰よりも好きなのに」
「愛して」




彼が選んだのは人としての道。
彼女が待っているのは力の道。
二人の道は既にもう分かたれた。
絶対に交わる事はない。




「愛しているよ」
「愛して」




届かないコエ。
届かないコタエ。




「愛してる」
「愛してる」




同じ筈の音はもう重ならない。





「愛していたよ」
「愛していたわ」





もう。













鱗に覆われた皮膚に剣を突き立てた時、女は抵抗しなかった。
笑っていたかもしれない。
永遠に、彼の心に癒えぬ傷を刻みつけたと。
自分の手で、愛する男を殺さずに済んだと。
倒れ伏した身体は、抱き寄せると意外に軽かった。
それも、見る見るうちに灰となり、崩れて消えていった。
地面に両腕をつけ、その残骸を握り締め、男は泣いた。
もう一人の娘が、それを支えるようにぎゅっと後ろから抱き締めた。
ようやく一人の人間になれた男は、ただ、愛する人の死を悲しんでいた。

涙は全て、灰の中に吸い込まれていった。