時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

SAD PAIN

「都はどうした?」
校庭で休憩を取っていた面々の中で、唐突に南条が言った。
「んだぁ? その辺にいねーのか?」
眉を顰める稲葉。隣にいる城戸は無言のままだ。
「さっきまでそこにいたわよ? ………あ、あそこ!」
かなり離れた門に近いところに、見慣れた痩躯の身体が見えた。
「あの馬鹿者が、個人行動は避けろと言っているだろうが!」
ご立腹の様子で、立ちあがって足早にそちらに向かう。
「オメェに言われたくねぇとよ」
思わず突っ込んだ稲葉に、園村がくすくす笑う。
僅かに、甘い匂いが風に乗って飛んでくる。
向こうの世界では秋だったのに、こちらはまるで常春のように花が咲いて暖かい。
異世界であることを嫌でも認識して、その心地良い風に南条は眉間の皺を深くした。





「都!」
呼ばれた人影は、一瞬遅れてふとそちらを見遣る。
「いつ悪魔が出て来るか解らんところを一人でうろつくな!」
ぴしゃりと言って腕をぐいっと引っ張る。
戸惑った様にこちらに目を向け、逡巡する様に唇を開け、また閉じる。
この優柔不断さは、南条の癇に障る一つになっていた。
「何だ。何か理由があるならはっきり言え」
不機嫌なまま促す。ここに園村でもいれば吃音の十影のフォローに廻ってくれるのだろうが、残念ながら今は遥か彼方だ。
苛々とする南条を余所に、十影はゆっくりと口を開き…
「は…春。だから」
「何?」
「はる、き……春樹のこと、お…思い出して…」
「春樹?」
誰のことだと目線で促す南条に、ぽつ、ぽつと言葉が続けられる。





春。
甘い。
暖かい。
優しい。
その言葉全てに似合う、そんな少女だった。


春樹。
男のようなその名前を、彼女はすごく気に入っていた。
何度も、何度も、人に裏切られて、ずたずたにされていった自分の心臓に、
良く効く薬を辛抱強く、何回も塗ってくれた少女。


「幸せになりたかったら、100回裏切られても、101回信じなさい。
傷つくことを怖がってたら、いつまで経っても前に進めないわよ」


そう言っていた君は、僕の前から突然いなくなった。

信じたくない。
信じたくない。

あの腐った海の水を吐き出し続ける車の中に、
君が乗っていたなんて。





「…………!?」
切れ切れに続けられる言葉を(彼にしては)辛抱強く待った結果、驚くべき台詞が紡がれた。
「…く、車の、ドア…開いてた」
目を地面に落としたまま、搾り出すような独白は続く。
「春樹、の、両親っ…見つかったけど、春樹…いなかった!」
声に嗚咽が混じる。
「きっと、きっと、海、逃げ出…して、帰って…くるって! ずぶ濡れになって、怪我、してても、絶対、帰って来るって! ぜたい、ぜった、あ…」
「もういい、やめろ! ………済まん」
自分でも驚くぐらい、詫びの言葉が簡単に出た。
少し前の自分なら、甘いことをと断じていたかもしれない。
そうではなくなったのは、きっと。
同じ痛みを、自分も味わったから。
しかも、最後通知を出されないまま、ずっと放っておかれたのだろう。
希望を捨てることも、信じることも出来ない。
そのことを考えると、自分の心臓も軋む。
「…結局のところ、お前はどうしたいんだ?」
悩んだ末、出たのはそんな問い。
「………?」
涙に濡れた瞳をこちらに向けたまま、首を傾げる。
「只、思い出し泣きをして昔に馳せるだけか? それで本当に満足か?」
ずきずきと、胸に言葉が突き刺さってくる。
傷口を広げるその刃を、しかし逃げずに受け止めた。
「……! ちが、う」
ぶんぶんと首を振り、言葉を搾り出す。
「もう、一回! もう一回、信じるっ! しん、じる、からぁ……」
「…………よし」
息を吐き、肩に手を置く。
「その心意気があるなら、心配あるまい。…戻るぞ」
踵を返すその姿勢の良い背中が、すごく広く見えた。
「…………りが、とう」
その言葉は、只でさえ途切れ途切れで、しかも風に攫われて、相手の耳には届かなかっただろう。