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ダイアリィ

(以下の分は、14歳の若さで事故の為命を落したある少女が書き始めた日記である。途中の欠損が激しく、彼女以外の人間も書き込んでいる事を了承の上読み進んで欲しい)




4月1日、晴れ。

今日、始業式があった。
アキコとなっちと同じクラスになれたから、滑り出しはオッケー。
クラスで、不思議な子に会った。
名前は、都 十影。
自己紹介の時も黙ったままで、先生の方が諦めて「もういい、座れ」って言ってた。
周りの子がそれを見てくすくす笑うと、突然立って教室の外に出ていった。
何となく気になって、後を追いかけた。
屋上で見つけた。
黙ったまま、ずーっと床に座って膝を抱えてたのを見たら、なんだか凄く頭を撫でてあげたくなった。
でも流石にそれは出来ないから、タイル5個ぶん離れた床に座って、同じ方向を見てた。
やっぱり何も言われなかった。
明日は声をかけてみよう。




4月2日、晴れ。

朝から都くんは学校に来なかった。
お昼過ぎにやっと来たけど、授業が始まる前にまた出ていった。
やっぱり屋上にいた。
今日は、タイル3個ぶん離れた場所に座って、声をかけてみた。
肩がちょっと動いたけど、返事はしてくれなかった。
怒っちゃったかな。
明日も話しかけてみよう。




4月3日、薄曇り。

教室で、思いきって都くんに話しかけた。
やっぱり逃げられたから、追いかけた。
屋上に行く前の階段で、ぴたっと立ち止まった都くんは、何度も口をぱくぱくさせた後、「もう近づくな!」って怒鳴った。
吃驚して動けなかったけど。
もしかしたら、都くんは喋るのが苦手なのかなって思った。




4月4日、曇り。

学校に行かないと退屈。
またお父さんとお母さんが喧嘩してた。




4月5日、また晴れ。

都くんに、一昨日疑問に思ったことを聞いてみた。
都くんはやっぱり、ほんのちょっとだけ眉間の間に皺を作って、何度も口をぱくぱくさせていたから、
「慌てなくていいよ」って言ってあげた。
都くんは凄く驚いたみたいで、また逃げてしまった。
残念。


(これ以降、書き損じたのか何者かに破かれたのか、ページが飛ぶ)


5月8日、天気は雨。

久しぶりに日記を書いた。お母さんと一緒に色々なところをぐるぐる回ったから疲れた。
学校に行くと、皆顔の怪我を心配してくれた。まだちょっと痛いけど、大したものじゃない。
それより、十影くんが目をいつもより少しだけ開いて驚いてくれたのが、凄く嬉しかった。



5月10日、晴れ。

十影くんは相変わらず喋らない。
でも別に喋りたくないわけじゃないだろうから、この日記を渡すことにした。
書くだけだったら、簡単でしょ?
別に無理しなくていいから、少しずつ書いてきてね。
よろしく!




五月十一日 曇りのち晴れ

別に、明日から持ってこなくていいから。




5月12日、風強し。

やっぱり喋りたくないの? だったら悪いことしちゃったなぁ。
でも、私は十影くんの声が聞きたいよ。
音じゃなくて、あなたの魂から出てくる声が聞きたい。
贅沢かな?




五月十三日 曇り時々雨

魂なんて信じてるの?




5月14日、久しぶりの快晴。

魂っていうのは、ヒトダマとかそういうんじゃなくて、
自分の意識とか、感情とか、記憶とか、目に見えないものをひっくるめたものだと私は思ってる。
それがきっと、人間の一番根本でしょ?




五月十五日 晴れ

(文字無し、妙にけったいな落書きあり)




5月16日、晴れ。

昨日結局書いてもらえなかったから落書きしちゃった。似てる?
Rの土方せんせいの似顔絵だよー。




五月十七日 曇り

似てる。




5月18日、晴れ。

自信作だもん。これなんてどう?(横にデフォルメされた先生達のミニ似顔絵沢山)





五月十九日 晴れ

面白かった。





五月二十日 曇りのち雨

学校に来てないから渡せない。
今日も仕方ないから書く。





五月二十三日 雨

まだ、学校に来ない。





五月二十六日 雨

今日、これを読んだら早く寝て風邪を治して下さい。





5月27日、夜だから天気はわかんない。

十影くん、お見舞本当にありがとう! 嬉しかったよ。
風邪で休んでるかと思ったら、怪我でびっくりしたでしょ。見苦しくてごめんね。
いまこっそり、お母さんの目を盗んでベッドの中で書いてます。
本当、良くあることだから気にしないでね。
明日には学校行きます。それでわ。





五月二十八日 晴れ

どうして君はそんなに笑えるの?




5月29日、晴れ。

泣いているよりは笑ってる方が楽しいじゃない。
空元気も元気の仲間だよ?





五月三十日 曇り

僕には絶対に出来ない。
笑うことも泣くことも出来ない。





5月31日、薄暗い。

別に無理に笑ったり、泣いたりする必要なんて無いんだよ。
本当に自分が泣きたい時だけ大声で泣いて、
笑いたい時だけ大声で笑ってるだけ。
その比率はきっと一人一人違うだろうから、大丈夫。





六月一日 晴れ

どう言う時が泣きたい時なのか解らない。





6月2日。

気づいてなかった?
貴方はいつでも、泣きたそうな顔をしているよ。



(これ以後、暫くページが破られている)


僕には涙なんてない




(次のページに)

じゃあ私が代りに泣いてあげる。



(ここから暫く、ページがごわごわしていて文字が書かれていない)



僕には何も信じられない
だから僕は何も信じない
何度も何度も裏切られたから、もう信じたくない
君の事も、信じられない




どうしてそんな風にいうの?





僕はいらない子だ
貴方はいらない子なんかじゃない!





貴方という存在が、私は好きなの。



嘘だ






人を信じたいなら、100回裏切られても101回信じなさい。
じゃなきゃいつまでたったって前に進めないわよ?








どうやったら、信じられる?










とりあえず、私から信じてみて。






(これ以降のページは全て破かれている。判読は不可能)







「とりあえず、私から信じてみて」

その言葉が書かれているページまで辿りついて、十影はそれを破く手を止めた。
壊したかったのに、壊せなかった。
今までのページはぼろぼろになって、部屋のあちこちに散乱している。
それを見ても、十影は涙を流せなかった。



自分の世界から、彼女が消えた。
血を流し続ける自分の傷口に、ずっとずっと薬を塗り続けてきてくれた彼女は、ある日唐突に自分の前から姿を消した。
自分の家のポストに投函された、汚れやらつけたしやらで分厚くなったノートにも何も書かれていなかった。
そうして、今までこのノートに苦しみを、愚痴を、吐き出していたのは自分だけだったと言うことに気がついた。
無理心中だと、聞いた。
父親が作った借金が膨れ上がり、のっぴきならないところまで来た井上家は、車に乗ったまま崖から海に飛び降りた。
腐った水を吐き出し続ける車が引き上げられても、十影は何も言えなかった。
後部座席のドアは開いていて、彼女の身体だけは見つからなかった。



「逃げ、た、んだ、きっとっ」
引き攣る喉が、言葉を吐き出した。
「春、樹がっ、そ、そんな、簡単っにっ、あきら、あきらめ、る、はずっ…」
いつだって、すぐ俯いてしまう自分の顔を持ち上げて、前を向かせてくれた彼女が。
自分だったらとても耐えられない程のぎすぎすした暴力にさえ、屈せず笑ってくれた彼女が。
死ぬわけが、ない。
『もう絶望的です』
「っ、がう」
『死体は海に流されたのでしょう』
「ちが、うぅ」
『これ以上の調査は無意味だと―――』
「ちがう、ちがぅ! ちがぁあ…」
嗚咽に似た声が出ても、やはり涙は流れなかった。
「はるきっ…は、るきぃい…!」
自分を何度も追いかけてきてくれるのが好きだった。
目が合うと、ふんわりと笑ってくれる顔が好きだった。
自分を褒めて、慰めて、叱ってくれるのが好きだった。
好きで、好きで、愛しかった。


――――でももうここに君はいない!


しわしわになったノートが、十影の手の中でぐしゃりと潰された。
想い出なんて、あっても苦しいだけだった。
全部始末したかったけれど、どうしても出来なくて。
「―――!! ッ………!!」
涙の出ぬ号泣は、止める術など無かった。


溶けかけた氷は、また凍りついてしまった。










数年後。

意識と無意識の狭間にある青い部屋は、久しぶりに客を招いていた。
「お久しぶりでございます、都殿」
この部屋の主、イゴールが椅子に座ったまま、痩躯のシルエットに礼をする。影もぎごちなく礼を返し、何も言わずに手に持っていたモノをイゴールに手渡した。
「『破れた日記』ですな。これにより、FOOL:ミトコンドリア・イヴが作成できますが宜しいですかな?」
また、影が頷く。
「…もし―――、この…世界が。無意識の、世界で、繋がって…いるとすれば、」
紡がれた言葉は、あの時よりも各段に滑らかで。
「あの子と…一番強く、繋がってるのは…僕、だ」
そう言える。自分には、そう言える。
嘗ていとおしい者と分け合ったはずのリングピアスは、両方とも十影の耳につけられている。
ようやっと、答えが出たのだ。
先日―――春樹の遺体が見つかった。
海の底から漸く引き上げられたそれは、半ば白骨化していて見る影も無かった。
それでも、まるで自分であると十影に教えるかのように、ピアスは残っていたのだ。
それを見て。十影は生まれて始めて、声を出して泣いた。大粒の涙を零して、泣いた。
十影に温もりと叱咤を与え続けていた彼女が、最後に彼に与えたのは、涙と言う自分の浄化方法。
全ての澱を捨て、生まれ変わるための儀式。
それは、十影も解っていた。だから、もう、怖がらない。
イゴールは全て解っている、と言う風に頷き、イヴィルホンをかけ始めた。
べラドンナの歌にナナシのピアノが重なり、緞帳がするすると降りて来る。
やがて、部屋にスパークが迸り、

ゴオオウ! カッ!!
「――――――――ッ!!」


一瞬の静寂の後。
ゆるゆると目を開けた十影の側に。



「良かった…笑えるように、なったね。とかげ」




変わらぬ、笑顔があった。