時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

Give me chocolate!!

1.Sweet?

「…………お腹空いた…」
ぺしょ、という擬音が似合いそうな仕草でみかるは座りこんだ。
無理もない、この幽閉の塔と言う名の異世界に飲みこまれてから、まともな食事をしていない。
時間の感覚がはっきり掴めないので何とも言えないが、かなり経っている事だけは間違いない。
「我慢しろ」
味も素っ気もない口調ですっぱり切り落としたのはその隣に立つ異形の男―――嘗て彼が居た世界では宮本明、と呼ばれていた青年である。何の因果か魂の存在だけになった古き国の神と融合し、姿形は変わってしまったが、根本的な性格は変わっていないらしい。
「何か無いかな―…」
冷たい口調をものともせずに、ブレザーやスカートのポケットの中を探している。うざったそうに眉を顰めて、爪の伸びた指で頭を掻く。
「置いてく「あった―――!!」」
言葉が途中で遮られた。しかも大声で。咄嗟に辺りに気を配る。堅牢な石造りの迷宮は声をわんわんと反響させたが、幸運なことに悪魔達は寄っては来なかった。
「この…馬鹿!! 気づかれたらどうすんだ!」
「あぅ、ゴメン! でもあったよー!」
諌める言葉も十分大きい。それにめげずににこにこと満面の笑みを浮かべて、彼女が取り出したのは、一枚の板チョコレート。
「えへー。一緒に食べよう!」
「……ガキ」
どうしようもなく脱力して、みかるの側に腰を降ろした。
「こういうの、備えあれば嬉しいなって言うんだよね」
「…憂いなし、だ馬鹿」
意外に博学な元ヤン。
「明くん、ウレイって何?」
「…さあな」
でもないか。
「アモン、先程の声は一体…?」
「嬢ちゃんに何かあったのか?」
先まで偵察に行っていたハトホル達が戻ってきた。
「この馬鹿が叫んだだけだ」
眉間に皺を寄せたまま親指でみかるを指す。その彼女の手元で、ぺりぺりと言う音の後ぱきん、ぱきんと音が4回。
「あ、ちょうど分けられるね」
「みかる様? それは何ですか?」
「ハトホル達にもあげるー! おいしいよ?」
銀紙に包まれたまま割られた菓子を手渡され、女神が目を白黒させる。
これが…食物なのですか?」
「うん!」
器用に細い指で銀紙を剥がし、ぱくんと口に入れて笑う。
邪気の無い笑顔に後押しされ、恐る恐ると言う風に仕草を真似て紙を剥がしそっと端を齧る。
「おいし?」
くるんと瞳を回して問う。
「甘い…ですね」
今まで経験したことのないカルチャーショックな甘さだったらしい。
セベクはうっかり銀紙ごと口に放りこんで咳きこんでいるし、トートは両手にとってためつすがめつ観察している。
余りにも暢気な状況に、明は頭を抱えるしかなかった。苛立たしげに銀紙を口で破って、一口齧る。
辟易するほどの甘さが口に広がり眉を顰める。元々甘いものは得意じゃない上に、この身体になってから味覚が変わったのかもしれない。煙草も昔より美味く感じることはなくなったが、無性に吸いたくなった。
「明くん、おいし?」
「………まぁな」
しかし久し振りに腹にモノを入れたのは確かなので、憮然として頷いた。
そしてもう一度、どうしようもなく甘い塊を口に入れて噛み砕いた。



2.Milk?

がつん、がつんと断続的に岩を削っていく音。それに混じるのはぴしりっと鳴る鞭の音。
「何とまぁ…よくやるわよね」
それを傍目で見ながら、白川由美は溜息を吐いた。
「何考えてるんだかね狭間ってヤツは」
「望んでいるのは、服従ではありません。贖罪、です」
「贖罪ィ?」
冷徹とも取れる声で呟いた眼鏡の少女の声を聞き、胡乱げに見返す。
「じゃあ何さ? アイツが学校の人間の罪を裁くって言うの?」
「…そのつもり、なんでしょう。彼は、本気です」
俯いて呟く玲子の声は、かすかに震えていた。それに気づいているのかいないのか、由美はアホらし、と毒づいて鼻を鳴らした。
「冗談じゃないっての。罪のない人間なんざいるわけないけど、それを裁く権利だってアイツにない じゃないさ!」
苛立った声音を抑えるように、静かな視線を向ける。
「『神』に…なったつもりなんでしょうね…」
独白とも取れる呟かれた台詞を聞いて、由美は何故か皮肉げな笑みを浮かべた。
「ふ、ん。随分とチャチな神様ですことっ。放課後にちょっと残ってる人間だけに贖罪求めるなんてね」
その台詞を聞いて、玲子は驚いた様に目を見開いた。
彼が手にいれた力ならば、学校を丸ごと掌握することだって―――否、東京を滅ぼすことさえ出来るのではないかと漠然と思っていたが、考えてみると確かにおかしい。
彼ほどの頭の良さだったら、綿密に計画を練ってどんな恐ろしいことでも着実に遂行しようとするだろう。
否、ずっと考えていたことなのかもしれないけれど、始まりが余りにも唐突だった。
―――何か、何か彼の引き金を引いた事象があったのではないだろうか? 張り詰めた糸を切ってしまった人間が、いたのでは?
そこまで考えて、玲子は悔恨に唇を噛んだ。
もっと気後れすることなく、もっと彼の側に居れば―――それを止める事が出来たかもしれない。
ただ自分は見ていただけだ。彼の、闇の部分を知りながら。
ばきんっ。
思考の海に飲みこまれそうになった玲子を引き戻したのは、何かを折ったような音だった。音源は、由美が自分の手の中で真っ二つに折ったチョコレート・バー。
「……先輩、何してるんですかこんな時に!」
苛立ちが声を荒げさせる。
「煩いわね、あたしは腹が立つと腹が減るのよッ!」
もっと大きい声で返されて、手に半分に折られたそれを押し付けられた。
「アンタも食べときなさい。腹が減っては戦は出来ないでしょ」
そう言って一口頬張り、咀嚼する。いささか面食らいながらも、玲子も一口齧る。
思った以上に美味しく感じた。全然意識していなかったが、どうやら空腹だったらしい。
「ま、こんなもんしか持ってないけどさ」
「…いえ。美味しい、です」
照れ臭そうに笑う由美に答えを返すと、驚いたように目を見開き…もう一度笑ってくれた。



3.Bitter?

ポケットの中から小さな駄菓子を一つ取りだし、口に放りこむ。噛むと広がるじわりとした甘さを嚥下した。
「あー、何食べてんの? ずるいわーお前だけ」
均整の取れた身体を銃器に預けて休憩していた氷冴が不満げな声を上げる。
「うるせ。欲しかったらそうだな、三べんまわってワンって」
ぐるるるるん。
「わんっ」
「…お前、食いもんでプライド捨てるタチだな」
三回転半捻りまで入れられて鳴いた大型犬に脱力する。
「くれ」
「へーへ―…」
また一個ポケットから取り出し、包紙を剥いてすっと目の前に差し出してやる。口元からすーっと横に移動させてやると、顔も同様にすーっと動く。逆向きに動かすとまたすーっ。すーっ。
(面白れー…)
笑いを堪えつつ暫く遊んでやったが、いい加減肩より上にあげた腕が疲れたので、ぴんと指でチョコを弾く。空中に放り出された菓子はくるくると回って、しっかり氷冴の口中に収まった。
「ん〜、おーきに」
幸せそうーにもきゅもきゅと口を動かす氷冴を見ていると、どうにもペットを餌付けしているような気がしてならない。
「もっと食うか?」
「ん♪」
たれ目をにんまり山形にして笑う氷冴に、悪戯心が沸いた。
二つ目のチョコを目の前に差し出し、彼が口を動かそうとした瞬間逆に弾いて自分の口に放りこんだ。
「あ゛――!! …いけずやーチャーリィ〜」
「鈍いテメェが悪ィんだよ、バーカ」
鬱陶しく睨んでくる相手を無視して、鼻歌混じりにもう一個取り出す。
がしっ。
「あ?」
が、放りこもうとした手を氷冴の腕で掴まれる。何しやがるこの馬鹿力、と言うより先に、
がじ。
「…っ痛ェえ―――!!」
齧られた。指ごと。
お目当てのものをしっかり口の中に入れ、にまりと笑う。
「ごっさん♪」
ぴきり、とチャーリーの額に青筋が走る。
「この…馬鹿タレッ!!!」
ゴキャッ!
「はぐふ!!」
顎にアッパーが決まり、でかい図体が壁まで吹っ飛んだ。お見事。
「ちょっとしたお茶目やんか〜! 本気で殴った〜!」
「煩ぇテメェもう寝てろ!!」
躾はしっかりしないといけません。



4.……?

三組三様のブレイクタイムを眺めつつ、額に青筋立ててるのがここにも一人。
「…君達…ここが魔界で私の世界だと言うことを忘れているね……?」
どんなに取り繕おうとしても、羨ましげな視線を隠すことができていない。
まぁ、いくら魔神皇だからといってアンリ・マンユや大月先生とお菓子交換するのは嫌だろう。
「…ふ、ふん。ぼく、負けないもん…」
彼の目に涙がきらりと光っていたのは見間違いではないだろう。
がんば。