時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

犬の生活

19XX年7の月、そいつはやってきた。
「メェリィ〜、クリスマース!!」
ばたむ。
「ってチャァリィイイ! ツッコミもせんとドア閉めんでくれー!」
「やかましい! 七月の夜の夜中にんな暑苦しい格好で来るんじゃねぇ!!」
それでも耐えられなくなったのかドアを細めに開けてチャーリーが突っ込む。無理やりドアを抉じ開けようとするのは勿論氷冴。
期末テストとやらがひたひたと足音立ててやってくる某日、聖ニコラウスのお召し物をきっちり着込み、尚且つトレードマークの白くでかい袋を担ぎつけ髭までばっちり決めている男…確かに暑苦しい以外の何物でもない。
「テスト勉強でお疲れのお前に、潤いを与えてやろう思たんやないか〜」
「思いっきり心が乾いたわっ!!」
「暑いー。死むー」
「死ね!」
がちゃがちゃぎゃわぎゃわ。
「うるせぇぞ、今何時だと思ってやがる!!」
隣人が怒鳴り声と共に顔を出し…真っ赤なコスチュームの泥棒に動きと思考を止める。
「お…お騒がせしましたァッッ!」
慌てて騒ぎの元凶を部屋に引きずり込み、鍵をかけた。


「はー、涼し―…」
帽子と髭をひとまず取り、人工の風に髪を遊ばせている氷冴の横でぐたりと横たわる。
「なしたんチャーリー。夏バテか?」
「黙れ元凶」
「あ、嫌やなー、その言い方」
「…てめぇ以外の原因が何処にある! あぁ!?」
「ぎゅー! 苦しい! ギブギブ!」
ばむばむと畳を叩いて降参を示す氷冴に、首を絞めていた指を緩めてやる。
「げほげほ。あ、せやチャーリー、着替え貸してくれ」
「あ?」
「あっついと思て、この下裸やねん」
「…ボケに命かける奴だなお前…知ってたけど」
「そんなに誉めたら照れるわ〜」
「誉めてねぇって」
本人認めたくないだろうが、間違いなく漫才コンビである。




「おぉ、ぴったりやん」
そう言って借り物のTシャツに通した腕を動かした。自分にとっては少々サイズが大きいのでお蔵入りにされていたものなので、妙に悔しい。
「おらどけ」
腹いせもこめてドゲシ、と広い背中を蹴る。さすがに下は合う物がなく、パジャマの下を貸したのだが、つんつるてんになっているのがこれまた悔しい。
「あいた。何すんねん」
そう効いた様子もなく態勢を元に戻す氷冴の前に、氷入り麦茶をダン! と乱暴に置いてやる。
「おおきに〜」
「で? 何しに来やがった?」
「? さっき言ったやん」
「本ッ当にそれだけか?」
「ん」
たれ目をぱちくりさせて頷く氷冴に、頭を抱える。
「…俺何でお前とダチやってんだろな…」
ぴくりと、その言葉に氷冴の肩が反応する。
「ええやんか〜、親御さんに迷惑かけたらアカン思て、夜勤の日選んで来たんやから。…なぁ…」
俯いている自分の顔を覗きこむ様に見てくる。
「そないに迷惑やった?」
「……………………」
あぁチクショウ、と思った。普段人の迷惑省みず懐いてくるくせに、拒絶しすぎると捨てられた犬みたいな目ェしやがって。
「ったりめーだろ馬鹿。眠気覚めちまったから、しばらく付き合えよ」
最初の言葉に泣きそうになった顔が、見る見るうちに笑みを形作る。こういう時の顔は、実はそんなに嫌いじゃあない。
…本当に嫌なのは、誰にでも見せている作り笑顔。
「…チャ〜リ〜イイイ! おおきに―――!!」
「どわあああっ! 馬鹿やろ、どけ暑い!」
自分より20cm以上高い身体にタックルされて、耐えられるわけもなく床に倒される。
(あ)
唐突に思った。
(コイツって、犬だなー。ちびの頃から買主に懐きすぎて、でかくなった後も体格考えずに飛びついてくる馬鹿犬)
あまりにもイメージぴったりなので、吹き出しそうになる。
(…ってぇことは俺が買主かい)
嫌な結末に帰結してしまい、眉を顰めたが。
「あ、せやせや! 土産あんねん土産」
「あん?」
身体を離すと部屋の隅に衣装と一緒に置かれていた袋の方に膝でいざって、ごそごそと何かを取り出す。
「じゃーん」
取り出したのは、半分溶けた氷と一緒にビニール袋に入っていた缶ビール。
「お、気ィ効くじゃねーか!」
「へへー。呑も」




時間にして小一時間程度。
二人にしては結構速いピッチで飲んでいる。
それなりにほろ酔い気分の、一番良い気分である。
何本目かの缶を開けた時、チャーリーはふと伸ばした膝に重みが加わったことに気付いた。
下を見ると、茶色い頭がぽふりと乗っている。
「…んだよ。寝ちまったのか?」
シラフなら「何気持ち悪いことしてやがる馬鹿野郎」と蹴り落としているところだが、それをしないところを見るとチャーリーもかなり酔っている。
「んー…起きとる……」
もぞもぞと動いて、足にしがみつくような格好になる。
「オイ、離せよ」
「嫌や。………離れんといて…」
声に何時にない切実な響きを感じ取って、引き剥がそうとしていた手を止める。
「みんな離れてまう…嫌やァ……」
声が震えている。膝の上に冷たい感触があった。……泣いている!?
「おい、氷冴」
「ええやろ…笑ってたら、ええやろ…? …も、ひとりになんの嫌やあッ……」
言葉が支離滅裂だ。
それでもほんの少しだけ、コイツの歪みが見えたような気がして。
震えている頭を、ぐりぐりと撫でてやった。
「…甘ったれてんじゃねーよ、馬ぁ鹿」
氷冴が顔を上げる。思った通り、目が潤みまくっていた。
「ちゃありい〜」
えぐえぐ言いながら、首にかじりついてくる。どうにもでかい子供を扱っている様で、調子が狂う。
「ったく…今だけだぞ」
ぽふぽふと後頭部を叩いてやると、ほんの少しだけ腕の力を緩められた。
「?」
不思議に思って相手を見返すと、その顔が妙にでかく見えて……
「……!? ッ………!!!」
思考が停止した。
目を思いきり見開いているが、前が目に入っていない。
(もしかしなくても…これって…キスってヤツか……!?)
アルコールで鈍くなった脳細胞では考えがまとまらない。リアルなのは唇の感触だけで…
つん、と閉じられた唇を舌でノックされた。
? と思った瞬間口が緩んでしまい、自分の歯列を氷冴の舌が軽く舐めた。
(ちょ…ちょっと待て!!)
慌てて相手の身体を押し返そうとするが、力が入らない上に敵わない。じたじたしているうちに、氷冴の指がタンクトップの中に―――
「…っだああっ!! それはマズイだろーが!!!」
どんがっ!!
本格的に危機感を感じて、胸板を思いきり蹴り飛ばした。
「むぎゅ!」
吹っ飛ばされた氷冴がべちょ、と床に落ちる。
「はー、はー…」
口元を乱暴に拭い、着衣の乱れを直す。顔が火照っているのは酒のせいだと思いたい。
「なッ……に考えてんだこの…馬鹿野郎!!!」
「…ゴメン。ただ…チャーリーも俺ンとこから離れてまうのかと思たら…つい」
「ついですますなっ! 俺にはそんな趣味はねェ!」
「俺かてないわい! しゃあないやんっ、そんな気ィになってしもたんやから!!」
半逆ギレされてしまった。パジャマのズボンの上から、中身が半勃ちになってるのが判って嫌になる。男の性欲は正直だ。
自分の方もそう変わりない状況に陥っていることを理解し、自己嫌悪してしまう。
うーうーとごねていた氷冴の目がちょっと見開かれる。恐らくこちらの反応に気付いたんだろう。逃げたい。
「…チャーリー?」
おずおずと、氷冴の長い腕が自分の頬に伸ばされる。
自分は酔っ払いだ。
相手も酔っ払いだ。
たとえ何があっても、酔っ払いの戯言と戯事で済ませてしまおう。腹をくくった。
俯いたまま、相手の掌を取った。


「う………っ」
首筋に舌の感触を感じて、鳥肌が立った。
「のヤロッ…んでそんなに慣れてんだッ…」
「んー…キャパの差?」
「テメェ…」
腹立ちを思いきり指先に込めて髪を引っ張ってやる。せめてもの報復だ。
「痛いイタイ…」
「うるせ、黙ってヤれ」
「ハイ…」
話しかけて来たのそっちやん、とぶつぶつ言いながら、顔を下に下げる。タンクトップの下にヒヤリとした指が滑りこんできて、背中が張り詰める。
「チャーリーって体温高いなぁ」
「テメェが低過ぎんだろーよ」
「そっかなぁ…」
ごそり、と音がして、下着に手を入れられた。
「ばっ、ちょっと待て!」
「何で? だいじょぶやで、気持ち良ォしたるし」
しれっと言う氷冴を殴りたくなって、それを実行に移した。
「ぎゃふ! …痛いて〜。そら、俺一人やったら早く終わらせられるけど、ゴーカンみたいなって嫌やん」
「当たり前だ馬鹿野郎!!」
「せやから、な? 二人で気持ち良ォなろ?」
「ば、待て、心の準備が……!」
自分と相手の中心を擦り上げられて、ヒクッと息が止まった。
「堪忍…そんなもたへんかも…ッ!」
「は…止せッ、そんな、動かすなッアッ……!」
軽い放出感とともに、意識が飛んだ。




外から日の光が差してくる。
雀の鳴き声が、心地良いBGMで。
うとうととしたまどろみから…………がばぁっ!! と跳ね起きた。
頭痛溢れる脳細胞から、一気に昨日の記憶が戻ってくる。夢だと思いたかった。出来ることなら。一気に血の気が引く。
「んむー…」
うにゃうにゃ、と意味不明の寝言を残して、となりの男が寝返りを打つ。そのあまりの気楽さにブチリといって、拳を固める。
がづん。
「あごふ! な、何すんねんなチャ―…」
起きあがってまくし立てようとして、こっちも夕べの記憶が思い出されたらしい。すー…っと顔が青くなる。多分さっきの自分も同じような顔をしてたんだろう。
「………あ…あのな、チャーリー……」
開いた口を閉じさせる勢いで、わしぃっ! と氷冴の肩を掴む。
「氷冴? 俺たちは昨日酔ってたよな?」
危機迫るチャーリーの声音に、氷冴はぶんぶんと首を縦に振る。
「あれは酒による気の迷いだ。だよな??」
また音が出そうなほど首を振る。
「そうだよな? 俺たちは何にもしてないよなっ!?」
殆ど涙目になっているチャーリーに、もう一度深く頷いた。
「あ、あ、当たり前やん! 俺らは友達やんなっ!?」
「お、お、おぅ!!」
しばらく見詰め合って……ほー…っと同時に息を吐いた。
気の迷いだと思わなければ、やっていけない。…もうあまり考えたくない。
しかし問題は、あれだけのことをしておいてすんなり友達に戻れる自分たちではないだろうか。
そんなことにも気付かず、二人はもう一度同時に溜息をついた。