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月花の焦燥と衝動

 魔界にも月は在る。人間界とは比べ物に成らないほどの、巨大な月が。
 満ち欠けにより悪魔達に様々な影響を与えるその天体は、今、天の中心に巨大な真円を描いていた。人間界では一日で終わるその輝きを、魔界のそれは七晩は保つ。
 その月を、荒野に立ち、嘗ての人のモノと、猛禽の瞳、合わせて四つで見上げる影がひとつ。
 影の周りには、既に事切れている悪魔と、今まさに命の灯火を消そうとしている悪魔しか存在しなかった。
「……如何した、この程度か。たかがこれだけの戦力で、我が国を侵せるとでも思ったか?」
 嘗てエジプトの地を支配した神の名を冠する魔人は、軽蔑しか含まない冷徹な瞳で狼藉者達を睥睨している。しかしその四肢には脈々と力が満ち、今にも破裂しそうな魔力に溢れていた。満月が彼の精神を高揚させ、破壊の衝動を煽っているのだ。
 そんな魔人の姿を少し離れた場所で、見守っている影が二つ。鰐頭の聖獣と猿顔の魔神だ。
「荒れてやがんなァ、アモンの奴」
「うむ。満月のこともあろうが……やはり原因は奥方様か」
 魔人の耳に届かないよう、大きな口を出来る限り開かずに囁くセベクに対し、重々しく頷くトート。魔界における砂漠の国に、満月の力を借りて侵攻してきた敵国を迎撃に出向いた彼らだったが、実質戦っていたのはアモン一体だけだった。その結果がこの地獄絵図であり、本来己の悪魔としての衝動をあまり快く思っていない彼にとっては、いつになく乱雑な戦いだったことも配下の2人は理解している。勿論、その理由も。
「……ずっとハトホルの部屋に立て籠もったまんまなんだろ? あの嬢ちゃんにしちゃ珍しいにも程があるなァ」
「体調が優れぬ訳でも無さそうなのだが……ここぞとばかりに、ハトホルが独占しているのも腹立たしいのであろう」
 そう、彼らの王が人間界より娶ったのは、彼らの主人でもある小さな体の悪魔召喚士。紛れもなく人間であり、無邪気な幼さをいつまでも失わない少女である彼女が、此度の満月が始まった折、何故か小さな反乱を起こしたのだ。
 時間の許す限りかの王に寄り添い、膝に乗り、寝台を共にしてきた少女が、急にそれを拒み、親しい仲魔である女神の部屋に引き篭ってしまった。その事実だけで、王にとっては晴天の霹靂だっただろう。それだけ彼女は真っ直ぐで、躊躇いの無い最大限の愛情を王に注いできたのは、誰にでも解っていたから。
「別に満月のアモンにビビってるわけでもないだろうしな」
「あの方が今更そのような怖気を見せるわけもなし。寧ろ今までは、何時にも増して傍に侍っておられたではないか」
 確かに、かの王が人間の体と悪魔の魂をそれぞれに得てより、彼の傍にずっといた少女は、例え魔の衝動に彼がその身を任せてしまっても、恐れず、怯まず、ただ彼が傷つかないようにと寄り添い続けてきた。だから、猶更――理由が解らない。
「こりゃあ、あれかね。前にちょいと無体をされて、嬢ちゃんが警戒したかハトホルが焚き付けたか」
「下世話な事を言うでない。何にせよ、このままあの方が黙っていられるとも思わぬが――」
 語り続けていた二体の悪魔は、声が聞こえているのかいないのか、ぎろりと猛禽の瞳で睨まれて慌てて口を噤んだ。不機嫌なことこの上ない魔人は、それでもある程度力の発散によって苛立ちを抑えたのか、踵を返そうとして――
「ぐ……この、人間混じりの半端者め! 愚かな、我等は只の尖兵に過ぎず、本隊は貴様らの城へ向かっているわ! 貴様が後生大事に守っている人間の女とやらも、我らが血祭りに――」
 死にかけた者の最期の矜持か負け惜しみのような台詞を、一体の悪魔がどうにか身を持ち上げて叫ぶ。少しでも魔人の気を逸らせれば御の字かと思ったようだが、彼の言葉は愚か過ぎた。
 セベクはあちゃあ、と言いたげに口をぱかりと開け、トートは呆れたように天を仰ぎ――直にその場から退避する。その行動に生き残りの悪魔が戸惑う間もなく、彼の頭上に青白く光り輝く、滅びの炎が具現化された。
「――滅爆炎megid-raon!!」
 そして言ってはいけない言葉を吐いた悪魔は、魔人の叫んだ力ある言葉と共に、灰すら残さずこの地から消滅した。




 外から大きな爆音と悲鳴が聞こえるのを確かめて、寝台の上に座り込んでいたみかるは心配そうに眉尻を下げた。
「アキラくん、大丈夫かなぁ。わたしも外に出た方がいい?」
 その手には確りと、悪魔召喚用のCOMPと炎剣を呼び出す石が握られている。そんな臨戦態勢を怠らない主を、ハトホルは誇らしげに見ながらも緩く首を横に振った。
「みかる様のお手を煩わせるものでは御座いませんわ。既にアモン様達により尖兵は片付けられたでしょうし、この城に向かってきた本隊も、仲魔達が抑えております。御心配には及びません」
「うん……ハトホル、ごめんね。ありがとう」
 女神に対して謝る少女はしかし、彼女にしては本来あり得ない行動を取っていた。
 普段の彼女ならば、戦いが起こっているのなら自分も役に立てる筈、とすぐさま最前線に出向くだろうし、何より戦いに向かうアキラについていっただろう。仲魔達だけを戦場に出し、自分だけ安全圏にいるということもまずあるまい。
 そんならしくない行動を、彼女が取らざるを得なかった理由を、この女神は知っていた。
「ご気分の方は、まだ落ち着きませんか?」
「ん……」
 困ったように、寂しそうに、少女は僅かに頷いて答える。ぎゅっと己の体を抱きしめるように縮こまる少女の瞳は、まるで膜がかかったようにゆらゆらと潤んでいる。
 初めて味わう「衝動」に、体が煽られている証拠だった。御労しい、と言いたげにその頬を白い手でそっと撫で、ハトホルは己の主を慰める。
「私の部屋ならば、これでもかなり月の影響を抑えることが出来るのですが……お慣れにならないと、まだお辛いでしょう」
「んん、だいじょうぶ。……アキラくんたちはずっと、こんな風になってたんだね」
 そう。彼女が今味わっているどうしようもない衝動は、満月に照らされた全ての悪魔が味わう代物。己の欲求が増幅し、興奮状態が収まらなくなっていたのだ。
 勿論、彼女は人間であり、今までそのような症状を得たことは無かった。しかし、嘗て偽りの魔界で守護悪魔を宿し、そして今人間界を捨て魔界の瘴気にも慣れた。何より――何度も魔人と体を重ねるごとに、時の流れから外れたその体と魂は、少しずつ悪魔に近づいていったのだろう。ついに、自分では抑えられないほどの、満月に対する反応が現れてしまったのだ。
 それに気づいてから、みかるは大層慌ててハトホルに助けを求めた。ここでアキラに全てを告白してしまえばややこしく無くなったかもしれないが、とにかくみかる自身がアキラにだけは知られたくなかったのだ。それ以来彼女はハトホルの、この城で一番奥まった場所にある玄室に匿われており、一歩も外に出ていない。
「……まだ、月が欠けるまで時間かかるよね?」
「あと数日の御辛抱ですわ」
「本当ごめんねハトホル、迷惑かけて」
「まあ、迷惑だなどと思ったことは一度もございませんわ。いつもアモン様に独占されているのですもの、たまには私とお過ごしくださいませ」
 からかうような女神の言葉に、みかるはほんの少し安心したように微笑んで見せる。それでも、その瞳の中に耐えず揺蕩うのは、たったひとりに対する思慕だけで。
 全く、アモン様は果報者ですわ、とハトホルは心の中だけで呟く。
 みかる自身もそうだが、何よりかの魔人がこれ以上我慢できるとは思えない。互いの存在が唯一無二であることこそが、この少女とかの魔人の不文律。月の衝動に狂っているのは、寧ろ彼の方が上だろう。
 最初にみかるがこの部屋に避難してきた時は、どうにか「みかる様自身の意志で此処に居ります」という事実を提示することによって退けることが出来たが、戦によって更に昂ぶってしまったとしたら――
 どごん! と鈍い破砕音が響き、びくーんとみかるが寝台の上で飛び跳ねる。やはり限界でしたわね、とハトホルが呟いているうちに、荒い足音がどんどん近づいてきて。
「みかる様、申し訳ありませんが……御覚悟を」
「えっえっえっ」
 おたおたとみかるが視線を彷徨わせているうちに、凄まじい衝撃音と共に――部屋の壁が砕けた。



「ひゃう……!!?」
 盛大に悲鳴をあげそうになったのをどうにか堪えたのは、破壊と噴煙による驚きではなく、その中から一歩を踏み出した、苛立ちに満ちた魔人の姿を見てしまったからだった。
 二対四つの瞳は、真っ直ぐみかるの方を見据えている。苛立ちもあり、怒りもあるが、それより何より――己だけを、欲している、その瞳。
 ぶわ、と体中の体温が上昇し、汗が噴き出す感触がする。もう、動けない。
「アモン様、どうぞ穏便に――」
「黙れ」
 懸命な女神の言葉を一言で切り捨て、固まってしまったみかるの腕をぐいと引く。心臓が飛び跳ねて、咄嗟に振りほどこうとして――出来なかった。
 もう無理だ。無理だと解った。だって、今まで我慢できただけで自分の中では奇跡に近い。
 ずっと傍にいると約束して、でも一度離れてしまって、漸くもう一度巡り会うことが出来たのに。
 また、ぶわっと衝動が襲ってくる。胸だけでなく体中が苦しくて、指一本動かすのも億劫で。
 それでも――ずっと、求めていた相手が傍に来てくれたのだから。
「――みかる?」
 震える手で、如何にか彼の腕にそっと触れると、僅かに鬼気の抜けた彼の声が自分の名前を呼んでくれた。
 本当に嬉しいのに、苦しい。まん丸の月を見てから、この思いに頭から足の先まで支配されている。いつものように泣いて抱き付くことすら、出来ないのだ。
 だから。
「……あきら、くん……たすけ、て……!」
 やっとそれだけ、喉の奥から絞り出した瞬間、意識が白く飛んだ。



 小さな細い体を抱き上げたまま、アキラは歩く。
 先刻、まるで熱に浮かされたような顔のまま気を失ってしまった彼女の姿に、全ての衝動を一瞬忘れて固まってしまったが。その隙を逃さず、簡単にではあるがハトホルの説明を受け止めることが出来たのは行幸だっただろう。
 つまり――月が真円を描いた時、例え地の底に居ても感じる落ち着かない衝動が、彼女の身をも苛んでいるという事実に、漸く思い至ることが出来た。
 考えてみれば。人間界から離れてもうかなりの年月が過ぎ去った筈だ。既に彼女の身体は人の理から外れかけていて――それならば月の影響を多分に受けることも、当然だ。その事実に今まで気づかなかった――気づこうとしなかった己が何より腹立たしかった。
 彼女だけは、変わらないのだと、何の根拠も無く信じていたから。否、何の根拠が無かろうとも、信じていたかったからだ。
 結局、一度の別離の時も、今も。己は彼女に、我慢ばかりさせている。それが如何にも、情けなく、口惜しい。
 久しぶりの己の部屋の寝台に、彼女を抱き寄せたまま、上半身を枕に預けて寝そべると、そこでゆるゆると少女は瞼を開いた。
「みかる。まだ、苦しいか?」
「……ん、ぅ」
 瞼の下の両目は、今にも涙を零しそうに潤んでいたけれど、彼女はほんの僅かに顎を引いて頷いた。満月の衝動にはどうしても抗いがたいのを、アキラ自身良く知っている。
「無理に、抑え込むな。お前の好きにしろ」
「ぅー……」
 彼女を苦しませないように、そっと頭を撫でてやり、額や瞼に唇を落とす。ぴくん、と触れるたびに小さな体は揺れているのに、少女は首を横に振る。本当にこいつは変なところで頑固だ、とこんな時にも構わず笑ってしまった。
「じゃあ――俺が好きにして良いんだな?」
 揶揄すら交えて、耳元で囁いてやると、耐え切れないように首を竦めるのに。
 そっと伸ばした指が、アキラの頬に触れる。それが精いっぱいなのだと言いたげに、みかるはぎゅっと目を瞑ったままだ。
 ……満月が煽る衝動とは、決して破壊欲求だけではない。
 食欲、性欲、とかく誰もが欲する欲を、何倍にも増やして煽る。それが悪魔の場合、血で血を洗う闘争を望むものが多い故に、攻撃的な者達が増えるだけだ。
 そして。目の前にいるこの少女が、何を一番欲しているのかと、言えば。
「……も、やだ……あきらくんと、ずっといっしょにいるぅ……!」
 そんなたった一つの想いに、狂ってしまえるほどに、アキラを求めているのだと。
 生半可な触れ合いではとても間に合わないのだと解って、アキラはただ、深い口付けで答えた。
「んく! んっんっん……ぅうう!!」
 牙で相手の歯を噛み潰さんばかりに深く吸い込み、舌で喉奥まで蹂躙してやる。思うままに吸い上げてやると、喉の奥から悲鳴が漏れて、何度も少女の体が痙攣した。
「は……マジかよ。これだけでイッたのか?」
「ぁ――……わ、かんぁ……」
 答えるだけの理性すらも、もう彼女には残っていないようだった。舌足らずの言葉を紡ぎながら、表情は完全に蕩けているのに、まるで子供のように両手を伸ばして、アキラに縋りつこうとしてくる。
 いくら先刻、戦場で発散してきたとはいえ、アキラとて満月の衝動に身を任せてしまいそうになるが、如何にか堪える。今の状態で、身も世も無く彼女を犯したら――恐らく己は、彼女の喉笛を食い千切るまで治まるまい。
 一度大きく息を吸い、態勢を整えようとするが、それよりもみかるの方に限界が来てしまった。
「あきら、く……!」
 どうにか体を持ち上げて、体重をかけて来たので、逆らわずに押し倒されてやる。するとまるで猫のように体の上に侍った少女は、喉の渇きを癒すように、ぺろぺろと唇を舐めてきた。
「っ……」
 どれだけ体を繋げても、促されるまで積極的な行為は口付けひとつしてこない少女が、今すっかり月に晦まされている。白絹一枚に包まれただけの体をアキラに擦り付け、くん、と小さく喉を鳴らした。
「……動けるか?」
 どうにか問うと、泣きそうな顔のままそれでも頷き、胸や腰を押し付けるように体を揺らめかせている。僅かに固くなった突起がアキラの固い表皮や柔らかな羽毛に触れるたび、泣き声のような小さい悲鳴を上げるが、その動きはもどかしげにも激しくなる。
「ふ、ぅ、ぅ――……っ」
 もう嫌だ、と言いたげに、みかるは何度も首を振る。この手の行為に未だ免疫のない彼女にとって、恥ずかしいのだが止められないのだろう。太腿に僅かに開いた足の間を擦り付けられた時、耐え切れずにアキラも身を動かした。ぐいと腰を持ち上げ、足を彼女の秘所に思い切り押し付けてやる。
「ひゃうん! や、ゃ――……ぁ……」
 びくびく、とまた体を痙攣させ、ぱたりとアキラの胸元に突っ伏すが、少し経つとまたもどかしげに腰をくねらせている。とんでもない媚態にアキラの方もそろそろ限界で、ぐいと身を起こして小さな体を寝台の上に放り投げた。
「やあっ……!」
 何よりも、彼女と己の体が離れてしまったことにみかるは悲鳴を上げるが、生憎アキラもそこまで慮る理性はもう無い。寧ろこれだけ良く持った方だと我ながら思う。
 すでに中心は十分すぎる熱を湛えていて、寝台に両手両足で体をどうにか持ち上げようとする少女の、自然と高く掲げられた腰を後ろから掴む。
「ひぅ! あきらく、あきぁくんっ」
 もう相手の名前すら上手く呼べなくなっている少女の、白く反った背に唇を落とす。ぶるっと震えて完全に突っ伏したところで、まるで獣の交尾のように、彼女の首に噛みついて抑え込み、そのまま腰を押し付けた。
「んんううぅ……!」
 悲鳴に、痛みは混じっていなかった。既に彼女の蜜壷は十分すぎるくらい潤いを湛えており、入れただけで溢れ出した。隘路はまるで彼の中心に噛みつくかのように、絞って縋りついてくる。
 後はもう、衝動の赴くままに腰を振り立てるだけで、少女は泣き叫んだ。
「あっや、ぅっくっんっんんん!! も、っひ、ゃ、ぁ……!」
 口からはもう意味のない音しか出てこないが、それでも何かを訴えようとしているのか、嫌々と首を左右に振っている。顎を振り解かれ、更に凶悪な衝動が沸き起こる前に、みかるの方から首を振り仰ぎ訴えてきた。
「あきぁ、くんっ! ちゅぅ、きすしたぃっ……してぇ、ぎゅってして……!!」
「――ハ、」
 真っ赤な顔で、限界だと言いたげに、それでもやっと望みの言葉を吐いた少女に答える為に。
 アキラは最後の理性を総動員して、両腕で彼女の体を思い切り抱き締めると。振り向いた唇に噛みついて、彼女が最後に気をやってしまうまで、離してやらなかった。




 魔界に太陽は無い。常に月は煌々と中天で輝いている。
 しかし、その端は僅かに欠けていた。満月は、過ぎ去ったのだ。
 漸く凶悪な衝動が収まったアキラは、無性に煙草が吸いたくなっていた。人間であった頃は手放せなかったそれが、感傷という意味でなく妙に欲しい。
 ……今現在、寝台の上でシーツに丸く包まったまま出てこない少女に対し、間が持たないという理由もあるにはあったが。
「……おい」
 がりがりと頭を掻き、動かない相手に声をかける。眠っているのかとも思ったが、ぴく、と僅かに饅頭は揺れたので、目は覚めているようだ。
「体、きついか」
 結局言えたのはそんな言葉で、我ながら語彙の少なさに呆れる。アモンの意識が強いと詩的な台詞も平気の平左で言えるのだが、彼女相手だと、無理だ。
 丸いシーツは動かない。僅かに溜息を吐き、ハトホルを呼んだ方が良いかと寝台から立ち上――
「ゃ……」
 ――がろうとした瞬間、小さな拒否の言葉と共にシーツの端から細い腕が出てきた。目測は出来なかったらしく、慌てたように手が寝台の上を彷徨っている。
 全くこいつは。初めて会った時から、共に過ごして、そして未だに繰り返してしまう言葉を胸の内だけで呟く。絶対に、口に出しては言ってやらないけれど。
 無言のままその腕を掴むと、またびくんと震えるが、その後はおずおずと手を握り締めてくる。そう、衝動が過ぎ去った後も、彼女の想いはずっと変わらないままなのだろう。
 だから、いつも通り飛びついてきて良いのだと、やはり言葉では言えなかったので。
 アキラは思い切りその腕を引き、小さな悲鳴を上げる体を力いっぱい抱き寄せてやった。