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のんべんだらりんごった煮サイト

ネイキッド独占

ぺた、ぺた、とどこかたどたどしい小さな足音が、砂の宮殿の廊下に響いている。
相変わらず人の気配の少ない暗い回廊に、いつにもまして不似合いな小さな子供が一人。
猫っ毛の黒い髪は産毛のようで、短いがほわほわとしている。腰に簡素な布を巻いただけの幼児にしか見えないが、きょろきょろと何の怯えも無く暗闇を見ている瞳は、やや青みがかった灰という不思議な色をしていた。
子供は裸足のまま、ぺた、ぺた、とまた無防備に歩き出し―――
「――つーかまえたっ!」
「う」
突然柱の後ろから出てきたみかるに抱えあげられ、呻きとも驚きともつかない声を喉の奥であげた。
「おう、捕まっちまったか坊主」
「みかる様はカルマ様を探す天才ですわ」
高らかなみかるの宣言を聞きつけたのか、回廊の奥から鰐頭の聖獣・セベクと牛角を頂いた女神・ハトホルが現れた。カルマ、とあまり響きの良くない名前で呼ばれたのは、勿論今みかるの腕の中でじっとしている子供である。
信じられないかもしれないが、正真正銘、まっさらな人間であるみかると、この国の王であり元・人間でもある男―――魔人アキラとの間に生まれた一粒種である。
その妊娠も出産も、人間にとっては常軌を逸したものであったが―――何せ腹の中にいたのはたったの半年、産む時もソーマの泉の中だ―――無事に産む事が出来た。ちなみに名付け親は占いによって厳選し決めたと胸を張った猿の神獣トートであり、父親は難色を示したが母親が「音がかわいい!」と気に入ってしまったので訂正されなかった。
「もー、だめだよぅ勝手に部屋出てきたらー。心配したんだよ?」
「ん」
めっ、と子供が子供を叱っているような光景に辺りの空気がほのぼのとなるが、本人達は至って真剣である。赤子はこく、と頷くが、どうもきちんと理解してはいないようだ。単に怒られたと感じたから頭を下げただけなのだろう。
生まれてからまだ一ヶ月。それでも既に自分の足で歩ける程度には体が出来上がっているのは流石悪魔の子と言うべきだろうが、それに反比例してまだ言語機能や情緒は年相応のようだ。
「さ、カルマ様も見つかった事ですし、お茶に致しましょうみかる様」
微笑ましい親子の光景に顔を綻ばせていたハトホルが、軽く背を押して自分の主を促す。膝を折るべき自分の「王」は魔人アモン=アキラに相違ないが、彼女はそれと同等、もしかしたらそれ以上に崇め従う存在なのだ。これはハトホルだけでなく、他の仲魔全てに言える事だが。
「アキラくんも来るのっ?」
「あー、そいつぁ無理だな。旦那はまだ、トートの奴と篭りっきりだ」
ぱっと輝いたみかるの顔が、気まずそうなセベクの声にすぐぷしゅるぅと萎む。ここ一ヶ月近く、即ちカルマが生まれてすぐから、アキラはやっと形になってきた内政を纏める為宰相であるトートと意見を戦わせ続けている。その間食事や睡眠は取らない、悪魔流の会議だ。みかるは心配して何度も会いに行こうとしたが、その度にハトホルとセベクに見つかり止められていた。
会議が大変だが大事であることは勿論皆理解している。しかし女神と聖獣にとっては、普段王に独占されっぱなし(なにせ時間が許す限り一緒にいるのだあの二人は!)の自分達の主とともに過ごせる数少ない機会を逃したくない、のもまた本音らしく。
「まぁまぁ、我慢してくれよ嬢ちゃん。俺の分の果物もやるからさ」
「うー…」
「みかる様、本日のお茶請けはみかる様のお好きなライチですよ。さぁ参りましょう」
「…行く」
果実の誘惑に負けたのか、不満げながらもみかるがこくんと頷く。
と、歩き出そうとした瞬間、腕の中の子供が身を捩って床に飛び降りた。
「カルマ?」
びっくりした母の声に構わず、危なげなく四つん這いで床に着地したカルマは、そのまますっくと立ち上がり、全力疾走で―――勿論足音はぺたぺたと頼りなかったが―――進行方向と逆、宮殿の奥に向かって走り出した。
「カルマ! だめだったらーもー…あ!!」
慌ててその後を追うみかるが思わず声を上げる。石畳に足を引っ掛けたのか、或いはバランスが取れなくなったのか、兎に角無心に走り続けていた小さな体が不意によろけた。転ぶ、と間に合わないまでもみかるが手を伸ばしたその時――――ひょい、とカルマの身体は抱き上げられていた。
「あ〜」
「…もう走れるか。大したもんだな、カルマ。ほったらかしにして、悪かった」
抱き上げられて、カルマは珍しく嬉しさを滲み出させてまだ言葉にならない声をあげる。彼にとってこの世で一番、母と順序を決められないぐらいに大好きな、父の腕に抱え上げられたからだ。
「っ…………アキラくうううううんんっ!!!」
だだだだだだっ! どしーん!!
「っ、と! 馬鹿野郎、危ねぇ」
そこまで確認して、みかるは突進した。勿論、廊下の奥からやってきた、やややつれた顔をした最愛のひとに向かって。僅かによろけたものの、アキラは危なげなく自分に抱きついてきたもう一人の子供をもう片方の腕で支えた。
「アキラくんだアキラくんだアキラくんだ〜〜! うわ〜ん!!」
元々別離には嫌な思い出しかないみかるである。久しぶりに会えた事で完全に箍が外れたらしい――――その箍は結構緩いものであるがまあそこはそれ―――猫のようにすりすりごろごろと厚い胸板と強い毛足に懐き倒している。
「カルマ、気付いてたんだね! ありがとう〜!」
「ん、」
父に抱き上げられたまま母にぐりぐりと頭を撫でられて、息子も上機嫌のようだ。こくんと頷いて、されるがままになっている。
「アモン様、お帰りなさいませ」
「もうちょっとゆっくりしてても良かったんだがなぁ」
漸く追いついてきた、やや気まずそうなハトホルと不満げなのを隠しもしないセベクにちょっとアキラの眉間に皺が寄る。
「貴様等、こいつが会議場に来るのを止めていただろう」
「迂闊にいっつも嬢ちゃんを通してたら、アンタ仕事も何もないだろうが」
「黙れセベク」
頭の固い老猿の賢者と、意見の戦いを不眠不休で一ヶ月も続けていたのだ。当然アキラの機嫌は悪く、猛禽の瞳で容赦なく睨まれて流石のセベクも軽口を止めた。
「…会議場にまだトートが残っている。半分魂が抜けてたからな、後は任せたぞ」
「あいつの魂なんざ、皺だらけで食えたもんじゃねぇって感じなんですが」
「誰が食えといった。介抱しろと言ってる」
「うへぇ」
アキラよりは体力に自信の無い神獣は、ノンストップの会議に力が尽き掛けているのだろう。あまり反りの合わない文官の相手をする気の重さに、大きな口をぱっくり開けてセベクは溜息を吐いた。
「それと、ハトホル」
「は、はい」
「任せた」
神妙に声を上げた女神の腕の中に、片手で掴み上げた自分の息子をぽふっと押し付ける。きょとんとしているハトホルに対し、カルマは全て理解しているかのように大人しくそこに落ち着いた。
「みかる。…いい加減離せ」
「やだ」
ぎゅう、と腰に回ったままの手に更に力が込められる。アキラは小さく溜息を吐き、その腕を無理矢理解き―――泣きそうになった彼女の顔を見る前に、その身体を抱え上げた。俗に言う、俵抱えという方法で。
「え? え?」
「行くぞ」
状況についていけないうちに、アキラは凄い早歩きでその場を立ち去った。呆然とする悪魔達の中で、只一人カルマだけが落ち着いて、片手をばいばいと左右に振っていた。





どすん、とやや乱暴に寝台の上に下ろされた。
衝撃に思わず身を固くする間もなく、抱き締められる。
僅かな痺れを感じてぎゅっと目を閉じるが、そのまま相手の動きが無い事に気付きはたと目を開ける。
上半身だけ起こした格好のみかるの薄い胸に、アキラが顔を埋めたままその身体を抱き寄せている。否、どちらかというとしがみ付いている。まるで子供が母親に甘えているかのようで、そのギャップにみかるは目をぱちくりさせる。
「…アキラくん?」
「五月蝿ぇ。…久しぶりなんだ、補充させろ」
不機嫌そうだが、その実照れているのだという事にその声音で気付き、みかるはふんわりと笑って、黒髪の頭を抱き寄せる。
「おつかれさま、アキラくん。がんばったねぇ」
よしよし、とまるで子供相手のように頭を撫でる手が、腹が立つと同時にどうにも心地よい。我ながら馬鹿だ、と思いながらもアキラは暫くその手を黙って受けていた。
相手の温もりを存分に感じ、皮膚が満たされたと思うと同時に、アキラは身を起こした。え、という顔をしているみかるを逃さずに、覆い被さるように口付けた。
「ん、ぅ…………む、ん、」
ゆっくりと舌を絡ませてお互いを貪りあう。何せ久しぶりなもので、暴走しそうになる身体を必死に抑える。傷つけるのは趣味じゃない―――例え心の奥底でそれを望んでいたとしてもだ。
「…腹が減った」
ぼそり、とそう呟いただけだったが、相手には通じたようだ。
「うん。いいよ、食べて」
顔を紅くしながらも、少女は笑ってそう頷いた。
意識が飛びそうになり、一番柔らかそうな首筋に顔を埋めるだけで堪えた。深く口付け、熱い舌を押し当てる。
「ん…ぁ」
小さな背中が反り返り、きゅっと内腿が痙攣するのを見逃さない。そのまま僅かに牙を剥いて、そこにぷつりと立てた。
「つっ…やぁ、ん」
じわり、と湧き上がってくる命の証である紅い水を、舌で舐め取る。
「痛い…か?」
「ちょっと、ん、でも…へーき」
血液と同時に、相手の生命力を少しずつ吸い取る。餓えに任せて思いきり吸い上げたくなるのを堪える。
「ふゅ…ふぁ、ん、ぁ…っ」
喉から細い声を洩らし、みかるは苦しさと快楽を堪える。このひとを癒せるのも満たせるのも自分だけだ、と思うと痛みも喜びに変わる。
大切なものはたくさんある。今側にいるひと達も、もう二度と会えないだろうひとも。その思いに優劣なんてつけられるわけがない、だけど。
「アキラ、くんっ、アキラっく…!」
このひと、だけは。
このひと、だから。
多分どんな秤にかけられても、絶対に傾けてしまう。
絶対に離れない―――離れたく、ない。
みかるは甘い痺れを堪えて、身を起こす。アキラが訝しげに制止するより先に、もぞもぞと身体を相手の足の間に頭から潜りこませる。
「みかるっ?」
ぎょっとしたアキラの声は静止にならず、みかるは目的の場所まで辿り着いた。すう、はあ、と一回深呼吸をしてから、おずおずと既にそそり立っている場所に指を伸ばした。
「よせ、馬鹿…!」
慌てて身を起こし少女の暴挙を止めようとするが、中心に走る刺激に声が詰まる。その隙にみかるは小さな口をそっと開け、熱い先端を―――咥えた。
「いっ、つ…!」
「ふぇっ? あ、ごめ…!」
気合が空回りして勢いがついたのか、結構強く歯が食いこんだ。思わず苦鳴を上げたアキラに、慌ててみかるが口を離す。
「…この、馬鹿が。何考えてやがる」
「うぅー…だって」
呆れと焦りと羞恥で丁度三分割された器用な表情でアキラが詰る。しょぼん、ともし頭の上に耳が有ったら間違い無く限界まで垂れ下がっているだろう顔で、少女は言い訳を始めた。
「ごほうび、なのっ」
「は?」
「アキラくんがんばったから、ごほうびなのっ!」
意味が解らずぽかんとした―――魔人のこんな間抜け面を拝めるのは恐らくこの少女だけだ―――アキラを尻目に、みかるは顔を真っ赤にしたまま更に言い募る。
「あたしばっかり気持ち良くてもやだもん…アキラくんも気持ち良くなんなきゃ、だめだよっ」
「…待て。落ちつけ」
矢継ぎ早に紡がれるあまりにもな言葉に、眩暈を堪えながらアキラが制止する。
「…誰に教わった?」
「セベクが、『こうすれば旦那の奴大喜びだぜ』っていってた…」
「あいつか…!」
ギリリ、とアキラの眉間に怒りの皺が寄る。次に会った時にメギドラオンをかまされるのは間違い無いと見ていいだろう。
餓鬼に何吹きこんでやがると真剣に考えている。もう既に生まれた時から出会った時までの時間は軽く数回乗り越えたのに。
「ね、アキラくん…やだった?」
「…………」
不意に不安そうな声で問われて、アキラははたと我に返る。
「も、一回やっちゃだめ? 今度は上手く出来ると思う…から。たぶん」
惜しげ無く細い身体を曝し、身を乗り出してくる少女の瞳はあくまで真剣で。
「…無理すんな」
そっと爪の先で髪を撫でて促すと、大丈夫だというようにぶんぶんと首を振られる。今までの問答で既に追い詰められていたアキラにとっては最後の後押しに充分のリアクションだった。
「じゃ…するか?」
ともすれば緩みそうになる頬を堪えて、アキラはゆっくりと寝台の縁に背中を預けて両足を開いた。みかるは子供のように顔を輝かせて、嬉々としてその間に体を滑り込ませる。
「歯ぁ立てんなよ」
「ん、うん」
改めて明るいところで見ると流石にインパクトがあったらしく、まじまじとその部分を見つめる視線が痛くて、アキラは僅かに顔を逸らせて促す。うなずく気配がして、ゆっくりとその場所が温い粘膜に包まれる感触がした。
「っ…」
僅かに息を呑み、目を閉じたまま懸命に奉仕をしてくる少女の頭をそっと撫でる。褒められたと感じたのか、みかるの動きはどんどん大胆になる。飴をしゃぶるように舌を懸命に動かし、唾液と一緒に先端を吸う。
「ふ……っ」
上がってきた息を喉の奥で呑み込む。正直、ここまで視覚に対して強烈だとは思わなかった。
始めて会った頃の子供っぽさを未だ失っていない少女が、無心に自分の象徴を愛撫している。そのアンバランスさに刺激され達しそうになって、アキラは腕を伸ばしてその小さな頭を引き剥がす。
「ぷぁ? …気持ちよく、なかった?」
てろ、と口の端からやや白く濁った粘液を零しながら、申し訳なさそうに首を傾げるさまが堪らなくて、その身体を抱き寄せて口付ける。
「んぅっ? ふぅ…むむ…」
「ふっ…………畜生…入れてぇ」
乱暴な口付けの合間、熱に浮かされたように呟くと、はっとしたように目を開き、やはり顔を赤くしたままこく、と頷く。
「…いい、よ? あたしも、ほしっ…あ! んっ、んんっ…!」
おずおずと自分の内股に手を伸ばし、そこを広げる様に見せた幼い媚態に、理性の鋼線が焼き切れた。乱暴に寝台の上へ押し倒し、痛いほどに立ち上がったそれを潤みを湛えた小さな入り口に押し当て、無理矢理進んだ。やはり痛みを堪えきれず、みかるがくぐもった悲鳴をあげる。
「手加減、しねぇぞ」
「う…うん、へぇ、きっ…! ひぁ! ひゃんっ! あっあア…!」
細い腰を両手で掴まれ、好きな方向に揺さ振られ続ける。やはり感じる痛みと、それと同時に下腹部に走る痺れに、みかるの意識は細切れにされる。
それでも離れたくなくて、夢中で腕を伸ばして相手の首を引き寄せる。
欲しかったのは自分も同じだと言う風に、必死になってしがみ付く。
その思いを感じたのか、アキラもみかるの背中を抱き寄せて、隙間が出来ないようにぴったりと抱き締めあう。そのまま揺すりあげるように腰を動かし、絶頂へ向かって意識を推し進めた。
「んはっ! きゃふ! うゥンッ!! ふゃうっ、あ、あ、あ―――…ッ!!」
「っ、か、は………!!」
同時に達し、意識が飛び去っても、お互いの腕を離すことは無かった。









「…おーおー、頑張ったねぇ。もう良いみたいだぜ、ハトホル」
「そうですか? それでは…」
分厚い扉の向こう側から漏れ聞こえる声が無くなった事により、その前に座りこんでいたセベクが隣に腰かけていた女神を促す。ハトホルは恐る恐るというように、膝の上に抱き抱えていたカルマの両耳を塞いでいた手をそっと外した。
「よぅし坊主、お前ならアモンの旦那も無下にはしねぇ。中に入って好きなだけお袋さんに甘えてこい」
今まで何をされていたのかいまいち解っていない子供は、ちょいちょいと手を翳して片手をドアのノブにかけているセベクにふるふる、と首を振り、床の上にぺたんと腰を降ろして自分は動かない意志表示を示した。
「お前なぁ、餓鬼の癖に聞き分け良すぎるぞー…」
「流石、アモンとみかる様のお子ですわ」
「阿呆、褒めるなハトホル。このままだとまた2巡り近くは嬢ちゃんがつきっきりだぞ。下手すりゃ二人目が出来ちまう」
「下品な事を言うのではありません。まぁ今はトートも休んでいるし、もう少しお休み頂いても―――」
滞る稟議に対する不安と悋気混じりの二人の漫談に、カルマは構う様子も見せずただじっとドアを見上げている。
きっと彼はもう知っている。自分の父と母が自分をとても愛してくれている事も、父と母がお互いをとても愛している事も。
だから待っていればいつか、また自分を抱き締めに出てきてくれることを解っているから、今は大人しく待っている。
齢一ヶ月にして奇特な敏い息子に守られて、遠い世界からやってきた魔人と少女は。
再び来るであろう暫しの別れを惜しみ、まどろみながらもお互いの手を離そうとはしていなかった。