時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

RING

夢を、見た。
夢を、見た。












鈴の音が聞こえる、夢を見た。
貴方がいない、夢を見た。











小さく、鳴り続けるそれは、決して耳障りでは無くて、
何も変らない日常、何も変らない毎日、




凄く、心地良かった。
ただ、貴方だけがいなかった。









もっと良く聞きたくて、耳を澄ました。
信じられなかった。信じたくなかった。








そして、その音が、鈴の音などではなく、
そして、貴方の名前を呼び続け、街を捜し回り、



密やかな声だったと気がつく。
それでもどこにも貴方がいなくて、








――――密やかな、泣き声だった。
――――涙が、溢れた。








暗闇の中、俯いて涙を流していたお前は、
私にとって、素敵なモノ、尊いモノ、全てが貴方の中にあるのに、



手を伸ばし、爪を立て、捕まえた瞬間、
だから、私の居場所は貴方の側だと思っていたのに、







砂が零れる様に、指の隙間から流れ落ち、消えてしまった。
貴方はこの世界に存在していなくて。















―――――目が、覚めた。







脂汗をかいていた自分に気付き、舌打ちする。
夢を払拭したくて、髪を乱暴に掻き回した。
はっと気付き、隣に眠っている温もりを確かめて、安堵の溜息を吐く。
―――ここに、いる。コイツは、ここにいる。
向こうを向いて寝息を立てている身体を、そっとこちらに向かせる。
安心したような、規則正しい寝息を感じられるところまで、顔を近づける。
もう離れたくない。
もう離したくない。
一生消えない証を、その身体に残したい。
無意識のうちに、近づけ、開いていたあぎとが、白い首筋に突き立ちそうになった瞬間、我に返る。
―――俺は今、何をしようとした?
コイツを、喰らおう、と―――――
「………!!!」
時たま、自分の中から黒い溶岩の様に湧き出してくる感情。
どんなことがあっても、最後には置いていかれる自分を思い。
その前に、彼女を自分のものにしてしまおう、と―――――
馬鹿げてる。
そんなことをしても、只の自己満足だ。
自分の欲望を叩きつけて、それで満足して。
本当に望んでいるのは、そんなことでは無いのに。
その浅ましさを抑えつける様に、口付けた。






とっさに、寝たふりをすることにした。
これ以上、余計な心配をかけたくなかったから。
向こうを向いて、一生懸命呼吸を規則正しくするけど、気付かれていないだろうか。
無理矢理逢いに来て、無理矢理側にいて、呆れられているかもしれないけど。
相手が自分の顔を覗き込んでいるのに気がついて、必死に動揺を殺す。
――――気付かないで。気付かないで、お願い。
吐息を顔のすぐ側に感じて、首を僅かに竦めたが、気付かれただろうか。
暖かい。暖かい。彼が、ここにいる。
引き離されてから、渇望していたモノが、今ここにあるから。
だから、大丈夫。安心して、眠れる。
唇に、冷たいモノが触れた。





「…あきらくん」
「………起こしたか?」
「…んーん。起きた」
お互い、動揺を隠して、目と鼻の先で挨拶をした。
まだ夜の闇の中だったが、硝子を嵌めこまれていない窓から差し込む月は、充分な輝きをもって石造りの部屋を照らしていた。
「もう少し寝てろ…まだ夜だ」
まるで子供をあやすように、髪を梳いてやる。気持ち良さそうに目を閉じるその仕草が愛しくて、つい何度もしてしまう。
うっとりとしながらも、みかるは嘗て二人きりで過ごした時は、必ず見張りをして、自分を先に寝かせてくれたことを思い出した。
「ありがとぉ」
「んだよ、急に?」
「いーの、言いたくなったの」
「………」
不審げにこちらを見てくる視線から逃れるように、薄布の下に潜りこんだ。
「何なんだよ、言えコラ」
「やだーっ」
ばたばたと寝台の上でじゃれている二人には、自分の地位や立場など気にならなかっただろう。
あの時、閉じられた学校の中で逢ってから。
ずっと二人でいて、離れた後も忘れられなくて。
親友とか、恋人とか、そんな言葉では言い表せない存在――――
「…観念しやがれ」
「むーっ」
漸く掴まえた、と言うか組み伏せた、という格好で、二人の動きが止まった。
必死に手を伸ばし続け、やっと手に入れたものが、ここにある。
どちらからともなく、また唇を重ねた。


唇と唇。手と手。身体と身体。
触れ合うのが幸せなのは、貴方だけだから。
涙が、出ました。


「………おい?」
頬に触れた手に冷たい水が落ち、アキラは目を見開いた。
月に照らされて、輝きながら流れ落ちていく雫。
「……もぅ、やだよ」
「…みか」
掠れた声で拒否され、離そうとした身体にしがみつかれた。
「やだ。もう、離れるの、やだよぉ」
首に廻された細い腕は、それに不似合いな力でアキラを縛りつけているはずなのに、細かく震えていた。
「お願い、お願いだから、もう離れないでよ。あたしの持ってるものも、あたしも、全部、全部あげる、だから、」
小さな身体を抱き上げて起き上がり、膝の上に座らせてやる。腕が緩んで、視線が絡み合った。
「全部あげるから! あきらくんのことちょうだいっ……!」
ぎゅうっと抱きついている身体は、凄く細くて小さくて、
―――――どれだけ、無理をさせていたのだろうと、思い知らされた。
少しも臆せず、剣を振るって悪魔をなぎ倒すような奴だった。
すぐ泣いたけど、その後すぐ笑っていたから。
どんなことになっても明るいその笑顔に、自分はずっと救われて来たから。
こんなに弱い存在だと、気付いていなかった。
「もぅ、絶対わがまま、言わないからっ! これが、最後…っ」
自分の膝の上で泣きじゃくる少女を、ただ抱きしめることしか出来ない自分の無力さを呪う。
「…くれてやる。全部テメェにくれてやるッ……俺なんざ、とっくの昔に全部テメェのモンだ……好きなだけ持ってけ!」
二人とも、遠回りしすぎた。
欲しかったものはただ一つだけだったのに、お互い相手の事を考えすぎて相手を苦しめた。
馬鹿馬鹿しすぎる遠回りの二人の道が、漸く交わった。
たとえそれが許されない想いでも、後悔だけは絶対にしないと誓えるから。
ただ、口付けを交した。




―――願いは、一つだけ。
貴方の側にいさせてください。