時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

ハミング。

貴方の声が 大好きです。


「ねぇねぇ豪くん」
「あ?」
今にも傾きかけそうな、というかもう傾き始めているというか、のプロダクションRedShouesのビルの中、あっちこっちに破け目のあるソファに並んで座る青年二人。心なしか甘さが増しているテノールといつもの荒々しい無骨さが剥がれ落ちたバリトン。
「何か歌ってよー」
ソファの上に膝を抱えて、体を横向きにすると隣の男の肩に背中を預ける俊生。子供が甘えるようなその仕草に、豪と呼ばれた青年の顔が綻ぶ。
「んでだよ」
「だって豪くん、よくぼくには歌わせるでしょ? たまには豪くんが歌ってくれてもいいじゃない」
「面倒くせぇ」
「あ、ひどー」
むぅ、と唇を尖らせると、間髪入れずそこをむにっと抓まれた。
「むぎゅ」
「何で俺が歌わなきゃなんねぇんだよ」
別に、歌うことが嫌いなわけでは無論ない。そんなの二人とも同じだ、歌うことが好きじゃなかったらこんな世界に入っていない。
「ぼくが聞きたいの。ぼくだけ歌ってばっかりなのはズルいよ」
ただ、そうただ、自分一人で歌うより隣の人の声を良く聞きたいから。だから今は口と目を閉じて、耳だけを澄ませて、貴方の声を聞いていたい。
「だめ?」
笑顔を止めて、ちょっと眉をハの字にして豪の方を見上げる俊生。その仕草に、あっさりと抵抗を放棄して、豪はぐいっと俊生の細い肩を引き寄せて自分の膝の上に落とした。俗に言う、膝枕というやつだ。
「わ、ちょ、ちょっと…」
その格好の恥ずかしさに顔を赤らめ、ここ事務所だよと言いながら持ち上げられようとする身体を腕一本で押さえる。
「特等席で聞いとけよ」
それだけ言って返事を待たず、軋むソファの背凭れに身体を預けると、小さく音の羅列を自らのバリトンで紡ぎ出した。

――♪……♪…―――…
 
「あ、コレ……」
3フレーズで俊生は気付き、うっとりと閉じていた目を開けた。それを遮るかのように、豪はその大きな手で丸い目を覆う。
「黙って聞いとけ」
「ん……」
10人聞けば5、6人は「あぁ、アレ?」と答えられるような、それなりに売れた陳腐なラヴソング。でもメロディーラインがわりと凝っていて綺麗だったので、俊生はこの曲を気に入っていた。
無意識のうちに胸の上に置いた指先で、自分の好きなフレーズを追うように見えない鍵盤を叩いている。それに合わせるように、豪もまた歌を続ける。

♪―――♪……

やがて、バリトンだけだったリサイタルに、ごく自然にテノールが混ざった。自分達のものではない曲でも、いくらでも声を重ねられる。それは、もうこの二人にとっては当たり前のことで。
我慢が出来なかった。
ひとりで歌うのは、それなりに楽しい。
好きな人の歌を聞くのは、もっと楽しい。
でも。
二人で歌う心地良さは、そんなものと比べ物にならないくらいで。

…♪―――…

何より、貴方が愛しいという気持ちを込めて。
貴方と、歌を紡ぐ。
それが、何より、幸せ。