時計+人形

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あいにいこう

「イルカ先生、お誕生日おめでとうございます」
年を取った人間なら殆どそうだと思うのだが。
誕生日当日、そうだと気づいたのは朝、同僚にそう言われてからだった。
その後教室に出向けば木の葉丸を初めとする教え子達に「せんせーおめでとー!」とつたないながらも精一杯の祝いを受け、更に放課後には自分が受け持った中で一番の問題児・ナルトに「今日はオレがラーメン奢ってやるってばよー!」との言葉を貰い、お前が食いたいだけだろうと言いつつもこっそり感動の涙を拭ったことは内緒だ。
自分が生まれた日、ただそれだけである筈なのに、祝ってくれる人間が多いのは恥ずかしくも嬉しい事で。いつもの一楽のラーメンがいつも以上に美味しく感じ、イルカは満足な心持で家まで帰って来た。
と―――家の前に蹲る影が一つ。
相手の気配を感じなかった事に気づき、はっと緊張するイルカに対し、その影はすくりと立ち上がって、いつも通りに目だけで笑顔を見せてきた。
「こんばんは、イルカ先生」
「カカシ先生!? 何でここに…」
慌てて駆け寄ったイルカは、単に意外な人物に出会ったせいで驚いたわけではない。本来なら彼はここに居る筈がないという事実を知っていたからだ。
先程一楽でナルトが「カカシ先生は任務で霧の国に行ったってばよ。オレたちだってもっとすんげー任務してーのに!」とぎゃあぎゃあ騒いでいた。生意気言うな、と頭を一つ小突いてやりながらそうなのかと納得していた為、非常に驚いた。
「あ、酷いなぁ。オレがイルカ先生ん家に来ちゃいけないんですか?」
「そ、そういう意味じゃなくて! 任務じゃなかったんですか!」
慌てて否定しつつも詰め寄ってくるイルカの行動にどうしようもない人の良さを感じ、カカシの覆面の下の口元が綻ぶ。
「イルカ先生。誕生日、おめでとうございます」
「………は…?」
出鼻をくじかれて、完全にぽかーんとイルカが口を開ける。いよいよ笑いを堪えながらも、カカシはいつも通り飄々とした声で言葉を紡いだ。
「いや〜この前ナルトに誕生日のこと聞きまして。本当は何か用意したかったんですけど、生憎仕事入っちゃいましてね〜。せめてお祝いだけでもしようと思って、頑張って終わらせてきました」
えへん、と心無しか胸を張ってみせるカカシに対し、さっとイルカの顔色が変わる。赤ではなくどちらかというと青に。
「頑張って、って…無茶したんじゃないでしょうね! 怪我とかありませんか!? 見せてください!」
「は? は?」
肩を掴んで揺さぶられ、カカシが眠たげな目を白黒させる。イルカは必死だ。自分のせいで変に無茶をしたのではないかと、必死になって問うてくる。その瞳には心配しかない。彼にとっては、上忍・コピー忍者のカカシですらも生徒と同等なのではなかろうか。
――――その事実に、情けなくも腹立たしくもなく、どこか嬉しいと思ってしまう自分がいることもまた事実で。
「…イルカ先生って、つくづく先生ですねぇ」
「何言ってるんですか…っ」
「大丈夫ですよ、だって」
素直な賞賛の台詞を揶揄ととったのか、食って掛かろうとするイルカをどうにかいなし、降参とばかりにカカシは両手を上げ。
ボゥンッ!!
盛大な音と煙と共に、一匹の犬に変化してみせた。
「…え」
「わん」
イルカには見覚えがあった。カカシが使う忍犬の中の一匹で、写し身の術を使える犬。足の速さにも定評がある。―――つまり。
「……何て手の込んだ事を…」
取り乱した自分が情けなく、ずるずるずるとイルカはその場にしゃがみこんで沈没した。犬は不思議そうにく?と首を傾げるだけで何も言わない。
即ち、恐らくカカシはまだ任務中なのだろう。当然だ、どんなに仕事が早く終わっても遠い外つ国、そう簡単に帰って来られるわけがない。
…それなのに、わざわざ忍犬を遣わして自分に祝いの言葉をくれた。忙しいときに何をやっているのか、という呆れと共に―――嬉しいと思ってしまう自分がいるのも事実で。
「くぅ…」
頭を抱えているイルカを心配してか、忍犬が鼻を摺り寄せてくる。額に触れる冷たい鼻先に苦笑しながら、イルカは立ち上がると。
「大丈夫だよ。…君のご主人に、『ありがとうございます』と伝えてくれ」
優しくそう囁き、犬の頭を撫でてやった。
忍犬はくすぐったそうに身を捩ってから、踵を返して駆け出す。屋根を越えていくその姿は流石と言わざるを得ない。
「…ふぅ」
軽く伸びをして息を吐いてから、イルカは笑った。今日は本当に良い日だ、と改めて思い、時計を見ると既に12時近いことに気づき、頭を掻きながら家の中に入っていった。




軽やかに屋根を飛び越え、適当な里の外れまで来てから―――ボゥン! と音を立て、カカシは変化を解いた。そう、先程使った術は写し身でなく変化の術。自分の忍犬に化ける事でわざわざ目くらましをしたのだ。あのまま行くと、本当に仕事を速攻で終わらせて、祝いのために急いできた事を咎められそうで。
「…参ったなぁ」
電柱の上にしゃがみこんだまま、途方に暮れた声と共にカカシは天を仰ぐ。その顔は、覆面で大部分隠されてはいたが、僅かに赤い。
撫でられた頭の上が非常にくすぐったい。あんな風にあからさまに愛情を向けられると、どう反応して良いのか困る。
あの人の前にいると、自分がただの子供になってしまう。無論それを心地良いと思ってしまうからこそ、また傍に行ってしまうのだろうが。
軽く頭を振って、カカシは立ち上がる。まだ自分は帰ってきていないことになっているのだから、明日の朝一番に改めて祝いの言葉を贈りに行こう。きっと、笑顔で迎えてくれるに違いない。
満足げに頷いて、カカシは風に吹かれるようにふっとその姿を消した。