時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

届かない

朝飯の時、ダイニングのテーブルに牛乳が置いてあった。
それに直結してある部活の先輩を思い出し、不機嫌になった。



「今日機嫌悪いな。どうかした?」
いつもと変わらず気楽に声をかけてくるこの先輩が、少し羨ましくて、また腹が立つ。
「…いえ、別に」
それが別にって顔かい、と口の中だけで呟いて、まだバンダナで纏められていなかった髪をぐしゃぐしゃと掻き回してやる。 
「ちょ、やめてくださいよっ!」
「そんな目つきしてて別になわけないだろ?」
ん? と促してくるレンズの下からの視線に、これは生まれつきだと返してやる。
視線の高さが、違う。少なくとも頭一つ分以上。
そのことにまた、目線がきつくなる。
「…どうした?」
理不尽すぎると解っている。それでも。
「…何で、」
恨み言の一つでも言ってやりたくなる。


「何で1年の時より、差開くんだよ…」


自分が入った時、それこそ見上げるぐらい背の高かった先輩は。
いつか追い越してやると言った自分に、「毎日牛乳飲めよ」とのたまった。
その通りにして、1年経ったのに。
乾は自分にかけられた理不尽な叱責を、しばし吟味して。
「…くっ……」
小さな音が、薄い唇から漏れた。
「は…ははは! そうかそうか、それで…」
「………!」
かあっと、一気に頬が赤くなる。思いきり腕を振るって相手の手を払い除けると、部屋を出ようと駆け出――――
「あ、待て」
―――そうとして、慌てて腕を掴まれて、
「! なっ……」
抱き締められた。
「よしよし」
「ふざ…けんなっ!」
まるで子供にする様に頭を撫でられて必死に抵抗するが、がっちり固められて動けない。
「海堂は可愛いなぁ」
「馬鹿にすんじゃねぇ!」
「してないって。本気」
尚タチが悪い!
一応ここは部室で、いつ誰が来るかわからない場所。こんな無様な格好を見られたら、憤死するかもしれない。
顔中赤くして抵抗にならない抵抗を繰り返す海堂が、可愛くて仕方がない。
「大丈夫、もう1年もすれば伸びるさ。今までだってかなり伸びただろ?」
「それじゃ間に合わねぇだろうが!」
夢中で言ってしまった台詞に気がつき、口を押さえるが時既に遅し。
「…間に合わないって…」
―――後1年経てば、先輩はここからいなくなる。
追い付きたい、追い越したい、なのにどんどん先に行ってしまうから。
怒っているのか、泣きそうなのか、苦しそうに顔を歪める海堂が愛しくて、もう一度抱き締めた。
下手な慰めなど言えない。言えばきっとコイツは憤慨するだろうから。
だから。
「…追いついて見せろよ? 俺がここにいるうちに」
挑発的な口調でわざと耳元で言ってやると、びくりと肩を動かしてこちらを睨んできた。
―――そう、それでいい。
甘やかすのは簡単だけど、甘えに溺れたらそれは海堂じゃなくなるから。
よし、ともう一度頭を軽く叩く。何となく居心地が悪そうにそこに手をやる海堂に、
―――背が追いつかれたらこういうことも出来なくなるかな。
そう考えて少しだけ前言を訂正しようかと思った。