時計+人形

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Dancing Dash

Dancing Dash
疲れても 足を止めるなんて 勿体無くて出来ない

   

耳に刺しこんたイヤホンからは、今流行りのアーティストによるハイテンポの曲が流れ続けている。そのリズムに合わせて両足を動かしてジョギングを続けるのが、神尾の常識になっていた。
そんなに好きでは無かった走り込みを放課後も最近熱心に続けているのは、体力の強化を図るため。先日の地区予選で、粘り負けをした為だった。
(次は、ぜってー負けねぇ)
あの時の高揚感が胸に再び沸き起こってきて、足取りが更に速くなった。
  

君に初めて逢った時 その瞳に射貫かれたよ
心臓が下手なダンスを踊る 一体何を喋ればいい?
   


タッタッタッタと早い足音を立てて、アスファルトを駈けてゆく。と、反対側からタッ、タッ、とややスローテンポなランニングをしているらしい影が近づいて来た。
(おっ、お仲間か)
そう思ったが、何をするでもなく自然に擦れ違―――――
「!!!?」
おうとした瞬間、相手の顔が目に入り、キキキキッ!! と思いきり神尾は急ブレーキをかけた。
あれは。忘れもしない視線の強さは。
   

どんなに想っても 僕の声は届かない
どんなに叫んでも 君の耳は―――

 

ブツッ、と乱暴にイヤホンを取り外し、夕闇に消えようとしていた人影の背中に叫ぶ。
「…オイ!! 待てよっ、お前!!」
タッ、タッ、タッ…
完全無視かい!!
「コラァ! 聞けって…マムシッ!!!」
ぴたっ。
人通りの少ない路地に、その声はやけに響き。
「…………あぁ?」
ギロリ、と据わった目を向けられた。並の中学生だったら萎縮して逃げ出してもおかしくない眼光の鋭さだったが、神尾は臆する様子も無くそちらに走り寄った。
「よっ、マムシ。久しぶりだな♪」
「喧嘩売ってんのか、リズム野郎」
「んだよ、覚えてたんなら声ぐらいかけろよな〜」
ぐいぐいと肘を押し付けてくる馴れ馴れしさに、ふざけるなと言う意味を込めてまた睨むのだが、効かない。乱暴にその肘を払おうとすると、あの試合前のいざこざのようにスッと逃げられた。
「たく、可愛くねぇなー」
「殺すぞ、キサマ」
捨て台詞のように言い放って、もう関わるのは御免だと言うように踵を返す。
「あぁ、こら! 待てっての!!」
慌てて後を追う。全力のスピードだけだったら、海堂に神尾が負けるわけがない。飛ぶような足取りの三歩で追いつき、持っていたイヤホンを思いきり相手の耳に挿しこんだ。
 

Dancing Dash
歩けなくても Beat刻むこと忘れないで
Dancing Dash
疲れても 足を止めるなんて 勿体無くて出来ない



「っっ!!!」
いきなり耳を襲った音量に、海堂の背筋が引き攣る。咄嗟に肘を振り回して狼藉者を振り払った。
「何しやがんだキサマ!!」
「お前が逃げるからだろうが! って何でそんなに驚いてんだよ」
「そんなでかい音いきなり聞かされたら当たり前だ!!」
「でかい? これぐらい、イヤホン聞くときなら普通だろ?」
片方自分の耳の前に翳し、音量を確かめて神尾が答える。実際、それほど大きな音では無いのだが。
「お前、聞くときどれぐらいで聞いてんだよ?」
外だったらこれぐらいじゃないと聞こえないだろ? と首を傾げる神尾に、海堂は僅かにばつが悪そうに眉を顰めた。   
始めて見る顔に、神尾の方が少し驚く。
「………んなもん、普段から聞かねぇよ」
「へ?」
ぼそっと呟かれた言葉に、神尾の目が点になる。しばし黙考し……
「…マムシ。お前MDとか持ってねぇの?」
悪いか、とでも言うように思いきり睨まれた。……マジで!?
「…持ってなきゃいけねぇモンかよ、それが」
「いや、そんなんじゃないけどさ…」
自分にとっては当たり前の機器だったので、少々驚いただけだ。
実際、海堂は滅多に音楽を聞くことが無かった。家にはラジカセぐらいしか無いし、親の物なので使わない。音楽自体にそんなに興味が湧かなかったのもある。
「あーそっか…そうか…ん、じゃコレ」
顎に指を当てて何やら考えていた神尾は、コードを手際良く纏めたMDプレイヤーを海堂に差し出した。
「?」
何だ? と思う間も無く手の中に押しつけられる。
「貸す。返すの今度会った時でいいから」
それだけ言って、踵を返して走り出した。
「オ、オイ!?」
珍しく動揺を滲ませた声で呼び止めると、足踏みしたままで振り返り。
「俺その曲気にいってんだ! それでリズムに乗ると、練習楽しいぜー♪」
そう叫んで手を大きく振ると、その得意のスピードであっという間に駈けて行ってしまった。
「………誰がするか。キサマじゃあるまいし」
手の平でその触り慣れない機械を弄りながら、憮然として呟く。電源が入ったままの機械からは、イヤホンから僅かに音楽がまだ漏れ聞こえてくる。
  

どんなに想っても 僕の声は届かない
どんなに叫んでも 君の耳は塞がれていて
 

でも諦めたくはない この声が続く限り
この足が動く限り 歩みを止めないと誓うよ
 
   
僕の進むこの道が 僕の動かすこの足が
間違ってはいないと 君の声で聞きたい

   
Dancing Dash
歩けなくても Beat刻むこと忘れないで
Dancing Dash
疲れても 足を止めるなんて 勿体無くて出来ない
Dancing Dash
踊り続けよう 夜明けまで
Dancing Dash
走ろう 夜明けまで Dancing Dash

   



「…下らねぇ」
それだけ言って、やっぱりボリュームが大きすぎると思って、音量を下げた。
音が聞こえなくなったので、小さなイヤホンを自分の耳にそっと入れた。